江戸時代に包丁侍(武士の料理人)として仕えた水野安左衛門と、明治時代に甘味を愛した夏目漱石が織り成す物語。
松山藩主の松平定行はポルトガルからやってきた使者が差し出す「かすていら」をいたく気に入ってしまう。
上意下達のこの時代、部下は殿様のためにとにかく「かすていら」を再現できないか頭を悩ませます。
そこで白羽の矢が立ち声が掛かったのが、市井の菓子屋を実家に持つ包丁侍・水野安左衛門。
幼い頃に一度食べたことがあるだけでレシピも材料も分からない「かすていら」を再現せよ、失敗すれば切腹。
そんな突然降った無理難題に応えようと、安左衛門は奔走するが――というのが江戸時代編。
同時進行で語られる明治時代の夏目漱石の松山滞在記では、彼が地元の銘菓「たると」をいたく気に入る様子が綴られています。
後世でも甘味好きで知られる漱石ですが、彼は松山にいる間に「たると」が如何にしてできたのか、その由来を調べ歩きます。
しかし漱石の調べ物は人々の証言の食い違いや資料の乏しさからなかなか進みません。
とはいえどこかのんびりとした雰囲気が漂うひなびた街。彼自身も焦ることなく、甘味に舌鼓を打ち友達の正岡子規と俳句を詠んでゆるりと暮らします。
ある日漱石は「たると」の原型が「かすていら」だという事実に至るのですが――というのが明治時代編。
二つの時代を行き来する構成は一見難しそうですが、緻密な歴史考証と平易な文章が歴史初心者にも優しい読み味になっています。
ジャンルは歴史小説なのでしょうが、安左衛門と漱石の旅路を辿るひとつの旅行記を読んだような満足感があります。
個人的にはお金にだらしなく漱石に頼りきりの子規と、友人の彼に嫌な顔ひとつせず毎度鰻重を食わせてやる漱石のコンビが大好きで、二人の松山滞在記はずっと読んでいたかったです。
あとは安左衛門の恋模様。あれよあれよと外堀を埋められぐいぐい進められる縁談話に一頻り笑いました。お相手の押しが強い……!
漱石と安左衛門、二人がそれぞれの時代でどんな結末を迎えるのかはぜひ読んでお確かめいただきたい。
読めば、これからの人生で目にする「たると」の背後にある壮大なストーリーに思いを馳せること間違いなし。あなたもぜひ、ご賞味ください。