阿部さん

 

「それで、阿部さんの番ってわけだ」


 久保さんは促しました。四人は、彼女の方に向きかえります。さっと、本から顔を上げると、浦島に、こう質問しました。


「死後の世界があるかどうかについて知りたい」


 死後の世界。死んだ後はどのようになっているのか。それは、永遠の謎でもあります。絶対にやってくるのに、答えは与えられていない。改めて考えてみると、すごい不安定です。

 まず、青木が口を開きました。


「うーん。空白なんじゃないか。真っ白で、なにもない場所。ほら、寝てるとき、何も感じないだろ。あれが永遠に続く感じ」


 というのが、彼の死生観であります。これはおそらく、ほとんどの現代人が抱えている死の感触です。宗教が死に、科学が幅を利かせてから、人は死に対して救いの印象を持つことが、少なくなっているようです。


「えー。そんなのいやだよう。死んだ後は天国で、それから草原があって、青い空で」


 安村さんは、ステレオタイプの、世界観を語り始めました。天国と地獄。多くの宗教に現れるイメージ。


「じゃあ、どういう仕組みで、そんな風になってるんだよ」

「なってるっていったら、なってるの!」


 彼女は、青木を強引に否定しました。


「私は死んだら、現世に魂だけが残り続けると思う。ほら、地縛霊みたいな」


 久保さんはというと、幽霊として、この世に残り続けると信じます。


「そしたら満員電車みたいになっているね」


 久保さんの説に対する、浦島の考察です。歴史上死んでいった人間を集めると、世界は満杯になってしまうのではないか。


「きっと、心霊マンションがあるのよ」


 久保は言いました。


「さて、そんなことはともかく、死後の世界だったね」


 浦島の問いかけに、阿部さんはコクリと頷きます。


「僕は輪廻転生を信じるかな」

「輪廻転生!? そりゃ、どうして」


 青木は、お決まりのように驚いて見せました。


「まず人間が物の集合だとする。物ってのは、ちっちゃい粒粒から出来ていて、その粒粒は小さな紐から出来ている」

「えー、それなのになんで人間は、考えることが出来るんだろう」


 安村さんは、顎に人差し指をあてました。


「それは分からないけど、僕の考えでは人間の思考すらも、物が作り出していると考える。例えば、ニューロンの繋がりとか。人間を単純化して、数字の六、六とする」

「ろく、ろく?」

「そう、ロクロク」


 久保さんは、彼の言わんとすることが、見えてきました。


「つまり、世界の動きがサイコロだとして、ずっと振ってれば、いつかはロクロクの目が出るってこと」

「ご名答。久保さん。その通り。だから、僕たちが物質の集まりである以上、歴史上のどこかで、また再構成されるんだ。偶然ね」

「まってくれよ、浦島」


 青木は待ったを掛けます。


「だとすれば、俺たちは過去に転生することもあり得るのか。となると、俺たちはもうすでに転生済みということになりうる。そんなバカな」

「その通り。でも、僕たちの間隔的には、時間は一つながりに思うだろうね」

「なんだか、不思議な話だなあ」


 彼は、頭を抱えました。


「死後の世界はある」

「まあ、そうかもしれないね」

「待って、阿部さん。どうして、死後の世界なんて聞きたかったの?」


 久保さんが、真剣な口調で尋ねました。


「うまくいかないことが多くて、別の世界に行ってみたい。もっと楽しい世界に」

「もし、そうならば、今までの先祖たちの苦労は何だったの。皆、頑張ってここまでやってきたの、知ってるでしょう。胸に手を当ててみてよ。数十億年の進化が織り込まれているから」


 久保は、胸倉をつかむ勢いで、詰め寄りました。


「だめだよう。そんなの」


 安村さんは、久保の肩を持ちました。そして、こう優しく呼びかけます。


「安倍さん。そんなこというなら、私がこう言ってあげる。貴方が死ぬなら、私が死ぬ。こうすれば、死なないでしょう」


 多世界解釈をうまく利用した体です。


「なあ、死ぬなんて不道徳だぜ。転生しても、結局、そのマイナスは自分に帰ってくるんだ。楽をしても、幸せになれないぜ」


 青木は、カルマの例えを出して、引き留めました。


「阿部さん。実は、今までの話は、仮説にすぎないんだ。だから、本当に死後の世界がどうなってるのは、誰にも分らない。空白も、天国も地獄も、来世も、幽霊も、証明されてない以上は平等に存在しているんだ。もし、天国と地獄だったら、賽の河原だよ」


 最後に、浦島君がそう締めくくりました。


「わかった。ありがとう」


 阿部さんは、本を閉じます。元気が出たようです。


「待ってよ。阿部さん、一緒に帰らない」


 と、久保はカバンを持ち上げます。


「俺達も一緒に帰ろう。な、安村、浦島」


 青木の一押しで、五人は一緒に下校する運びとなりました。

 さて、夕焼けの校庭。空は真っ赤に染まっています。それは、まるで、この世界が暗闇へ変容していくように。しかし、誰も沈みゆく太陽が、怖いとは思いませんでした。いずれ、やってくる暗闇でも、蝋燭さえあれば道に迷いません。

 ここで重要なのは、その明かりが決して、科学の蝋燭である必要はない、ということです。合理的で息が詰まりそうなら、オカルトの蝋燭を手に取ってみてください。新たな、道が見えてくるかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オカルトなんて言わないで 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説