安村さん
「私、凄いドジなの」
安村さんは、前置きをしました。それは、誰もが知っている情報でした。ですから、なんの驚きもなく、受け入れられました。
「わざわざ、言うまでも、ないんじゃないか」
と、青木君は突っ込みます。
「じゃあ、安村さん。ドジなことが、相談内容なのかな」
「ううん、浦島君、最後まで聞いてえ。どうして私は、今の今まで生きているのかなあ、ってふと不思議に思っちゃって。だって、普通なら、死んでるもん。あの時、なんで死んでなかったんだろうなあ、って」
どうして、死なないか、という質問。
「それは、たまたまなんじゃない?」
久保さんは、もっともな意見を述べました。確かに、彼女の今までを知らない久保から、そういう意見が出てくるのは当然です。
「ちょっとまってよお。私だって、根拠なく、こんな突飛なこと言ってるわけじゃないんだから。本当に何度も死にかけたことがあったの。そして、その度に奇跡的に助かってきた」
「それって子供の頃、道路に突っ込んだ話か」
青木は幼いころ、彼女の近所に住んでいたので、その奇跡をいくつか目撃しています。
「それもそう。十字の交差点で、ついうっかり飛び出しちゃって。車が来てて。それでえ、死んだかなってときに凄い音がしたの。そして目を開けたら、その車は横から来たトラックにぶっ飛ばされてたの。居眠り運転だって」
「なるほど。でも、それだけならば偶然だ。でもそう考えないということは、他にもあるんだね」
浦島の問いかけに、安村は目をキラキラさせて答え始めました。
「うん! 他にも、飛行機で旅行に行こうと思ったら、たまたま、その飛行機が故障して、それで乗れなかったの。でも予約していた旅館で火事があって、その日に停まってた人は、全員死んじゃった」
「旅行かあ。お前んち、金持ちだからなあ」
ノッポの彼は、やや場違いな感想を述べました。
「他にも、こけた先に画鋲が落ちていただけど、たまたま、通りかかった人の落とした消しゴムが、その針に刺さって大丈夫だったとかあ」
「画鋲で死ぬの?」
「だって、首だったんだよ。あのままいけば。首って血がすごいでしょう」
安村は、必死に抗議します。その大袈裟な身振り手振りが、久保さんに、こいつうざいな、と思わせるのでした。
「あとは誘拐されたとき、犯人の宝くじが当たったおかげで、解放されたこともあった」
「誘拐されたことがあった!」
ノッポと久保は声をそろえて、叫びました。
「でも、結局、なんもなかったから。それに、あのおじさん、すごい不幸な境遇なの。同情しちゃってえ。人生やり直すために捕まって欲しくなかったの」
「スットクホルム症候群だったかな。人質が、犯人に親近感を覚えることがある。だから、理解できないでもないよ。そんなことはともかく、君がなかなか死なない理由だったね。それは簡単だよ」
四人は、どんな仮説が飛び出すのかと構えました。
「それは、可能性世界を考えれば、不思議はないね」
どひゃー! と青木。スケールがまたもや、急に大きくなりました。浦島は、壮大な問題を、小学生の右隣にて、習え左させてしまう、そんな人間です。
「僕たちは、日々選択をするんだよ。選択をするとき世界は分岐する。そうだった世界と、そうでなかった世界。二つの世界は、そのまま交わることなく平行に続くわけだ」
「へえ。そうなんだあ。じゃあ、私達って、すごい力を持ってるんだね。世界を二つに分けちゃうなんて」
わあ、と安村さんはワクワクした表情で、天井を仰ぎます。
「それで、その可能性世界がどうして、こいつを死から救うんだ」
青木君は、いぶかしむような口調で、尋ねました。
「人間の観測する領域にだけ世界は存在する、という考え方さ。僕たちは、一つの世界線しか見れない。つまり、僕たちがいるから、この世界は存在するんだ。少なくとも僕にとっては」
「どういうことお?」
「ううんとねえ。宇宙飛行士になる可能性はゼロじゃないだろ。だから、そういう世界もあるんだろうけど、ただ、僕たちはそれを見ることは出来ないから、実質的には、存在しないも同然だってこと。僕たちにはこの世界しかないんだよ」
「それで、それがなんなんだ」
青木は、袋とじの中身を早く除きたくて仕方ない様子でした。
「人が死ぬと、その世界の観測は途絶える。だから、それから先の時間は、君の生きている世界しか観測できないってことさ。人が死ぬ世界は時間切れで観測外になり続けるから、結果として、生存する世界しか、僕たちには残されていない、ということ」
「へえ。だから、私は死ななかったんだあ」
「いやいや、そうはならないでしょ。ね、浦島君」
久保は、含みのある笑みを彼に向けました。
「うん。君は確かに何回か死んだ。でも、君が生きてる世界が君の未来を引き継いだだけだよ」
安村は、なんだか、変な気分になりました。それは、とても恐ろしいことのようでした。
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