プロフ見て
飯田太朗
プロフ見て
※プライバシー保護のため、本件報告者は「彼女」と記す。
〈こんちわ よかったらプロフ見て〉
「よくあるスパムじゃないか」
彼女からその話を聞いた時、僕は素直にそう感じたし、そう返した。だが彼女は首を横に振った。
「おかしいんです。とにかくおかしい」
「何がです」
要領を得ない。
話を聞いた場所は僕の職場だった。小説家飯田太朗のオフィス。とあるマンションの最上階角部屋とその隣の部屋の二部屋を買い取って、壁をぶち抜いて作った広々とした事務所。一階はオートロック管理人付き。
以前は郊外の一軒家を買い取ってそこをオフィスにしていたのだが、ストーカー被害に遭ったことがきっかけでここへ引っ越した。オートロックに管理人付きのマンションなら安心して住める……スパイダーマンにでも狙われていない限りは。
「何て言いますか、その」
そう、言い淀んだ彼女に僕は沈黙をもって先を促す。
「Twitterのプロフィールページって、ヘッダーがあるじゃないですか」
「ありますね」
彼女は僕の作家仲間から紹介されてここへ来ていた。作家仲間、というのは陽澄すずめさんという女性作家で、子育ての合間にスマホで執筆している作家根性の塊、僕は心の底から尊敬している人なのだが……その女性作家からの紹介だった。だから無碍にも扱えない。丁寧な対応をすべきだし、そうしたい。だから僕は担当編集の与謝野くんが買ってきた一つ七百円の高級プリンにブルーマウンテンのコーヒーでもてなした。彼女は続けた。
「私、名古屋市内に住んでます」
「それは遠いところから」
「名古屋市内は神社仏閣が多くて、パワースポットも多いんです。私そういうところ巡るのが好きで」
なるほど。
「よく写真なんかも撮るんです。神社とかお寺以外にも、景色のいい山とか海とか、時には洞窟、温泉なんかもよく行くんですが……」
「はぁ」
「その問題のスパムアカウント、ある日応じてみたんです。『こんちわ よかったらプロフ見て』に対して私も『こんにちは よかったら写真見て』って」
なるほどカウンターというわけか。
「で、その流れで本当にそのスパムアカウントのプロフィール欄を見てみたんですが」
「ふむ」
「私が以前行った場所と同じ場所の画像が、ヘッダーに使われていたんです」
「はぁ」
すると彼女はスマホを取り出し、すいすいと画面を操作し始めた。僕はその様子を黙って見つめていた。
やがて彼女が差し出してきたそれを見た。ヘッダー。海面が美しく陽光を反射している海の画像が使われている。
「この海、多分佐賀県N市の海岸なんですが」
「何故そう特定できたんです?」
「陽光が特殊な条件で海面に差し込むことで起こる『ミラーシー』という現象が写されているからです。同じ現象は日本海近海の他エーゲ海のいくつかの地域でしか起こらないのですが、海面に反射された陽光が水色に見える『青のミラーシー』は佐賀県のN市でしか見られません。そしてこの画像は『青のミラーシー』です」
なるほど?
「この海、私も以前行ったことがあるんです。それも先週。そしたら五日前、さっきのスパムアカウントが」
「同じ場所のヘッダーをぶら下げて『プロフ見て』と」
僕は当該スパムアカウントのヘッダーをじっと見た。まぁしかし、有名なパワースポットなら奇跡的な一致というのもあるんじゃなかろうか。
こりゃちょっとノイローゼになった女性の被害妄想だな。そう思って僕は彼女の相談を蹴ろうと思った。言い忘れていたが、僕は仕事の傍ら、いや仕事のために、奇妙な現象や奇妙な体験を聴いて集めているのだが、今回は陽澄すずめさんから「知り合いで変わった経験をしている子がいるから」と勧められて会うことにした。報告者の彼女の方としても、警察にも言いにくい、かと言って無視するには不安すぎる話を聞いてもらえればすっきりするだろう。すずめさんもそう配慮したに違いない。
しかし特にこれといって得られるものがなさそうだ。それに心配のしすぎのようにも見受けられる。
適当に話を切り上げて帰ってもらおう。
僕のそうした思惑を敏感に察知したのか、彼女は急に焦った顔になると、再びTwitterの画面を見せてきた。今度のも如何にもスパムアカウント、品のない女がアイコンに使われたアカウントだったのだが、そのヘッダー画像も……。
「これ、
確かに森の景色だ。
「ここにも先月行きました。この人はその森の画像をヘッダーにしてます。そして、この人も」
再びスパムアカウントらしきものを見せられる。ヘッダー。今度は神社……か。
「
それから続けて十人くらいのスパムアカウントを見せられた。山、寺、旅館、どのアカウントもヘッダーにはいろいろな風景の写真が使われていたがそのいずれも彼女が行ったことのある土地だったらしい。
最初のうちは馬鹿馬鹿しく思いながら聞いていた僕も、こう重なるとだんだん興味が湧いてきた。
「なるほど。アプローチしてくるスパムアカウントが全員自分が行ったことのある場所をヘッダーにぶら下げている」
興味深い。面白い。そう思った。だから、指を三本立てた。そして告げる。
「三日間だけ調査します。全力で。如何なる手段を用いても」
彼女の顔がどういうわけか解けた。
「その期間で分かったことをなるべく早く報告します。僕は本件にそれ以上関与しません。いいですね?」
有無を言わせぬ口調だったからだろう。彼女は神妙な面持ちになって、頷いた。僕も頷く。
「では」
そして彼女は、帰っていった。
*
「そういうわけなんだが」
さて、相談を受けたその二日後に。
僕はとある中国人の元を訪ねていた。中国人といっても日本の永住権を持った人で、普段も日本のIT企業で働いている人間なのだが、僕は大学生の頃彼と知り合って、以来十年近く親交を深めている、そんな仲だった。名を
「つまり、このスパムアカウントの挙動を調べてほしい、いうことですね」
彼は日常会話程度なら流暢に日本語でこなせるのだが、畏まった場面での敬語はやや不自然なところがあった。まぁそんなところにも、彼の真摯さを感じられて僕は好んでいたのだが。
「インターネットセキュリティに詳しい君なら割れると思ってね」
僕は梁と都内にあるカフェに来ていた。彼の前にはパソコン。簡単に作業ができそうなら目の前でやってほしいと、僕が依頼したから持ってきてくれていた。梁は早速パソコンを開くと、僕のスマホにあるスパムアカウントを見つめた。彼女に教えてもらった「こんちわ プロフ見て」のアカウントだ。
「Michiko♡さんですね。調べてみます」
それから彼はパソコンを操作しながら僕に簡単な説明をしてくれた。ざっくり僕が理解したところによると、インターネット回線を利用するにあたってはどんなユーザーも専用のゲートを潜る必要があるらしく、当該スパムアカウントがどのゲートを使ってWebにアクセスしたかまでは簡単に特定できるそうだ。梁はさらに深い技術を持っていて、そのゲートを潜った端末がどんなものなのか、つまりスマホなのかタブレットなのかパソコンなのかを割ることができるそうだが、ものの三十分くらいでMichiko♡というアカウントの所在を割った。それから彼は続けた。
「怪しいアカウント、他にあるですか」
「これだ」
僕は彼女から教えてもらったスパムアカウントを提示した。念のため、と彼女自身のTwitterアカウントも教えておく。フォロワーを見ると、全五百件近いフォロワーの中にちらほらとスパムらしきアカウントを確認できた。こいつらもみんな……と思うと、まったく馬鹿げた気分になる。
梁がカタカタとパソコンを操作する。と、始めてすぐにピタッと手を止めた。ぶつぶつと、何かをつぶやく。
「どうした?」
そう訊くと、彼は首を横に振って「偶然かもですね」とつぶやいてからまた作業を始めた。そしてすぐ、手を止めた。
「……もっと詳しく見てみるです」
それから彼はより真剣な顔になると、静かに作業をした。それから、僕に告げた。
「被害、人、この人?」
よほど気持ちが昂っているのだろう、ハッキリと片言になった梁は僕に彼女のアカウントを示してきた。そうだ、と僕は頷いた。謎のスパムアカウントの被害に遭っているのは、この人だ、と。
「これ、やばいよ」
梁はそうつぶやいた後、僕にパソコンの画面を見せてきた。
*
「◯◯(プライバシー保護のため名を伏せる)さん!」
場所と時間は同じ。カフェの中、同じ席で。
僕は梁にさらに調査をさせておきながら電話をかけていた。カフェの中で電話をするのは正直どうかと思ったが……事態は緊急だった。
「飯田です! 今職場ですか?」
〈はぁ、そうですが……〉
怪訝そうな彼女に、僕は告げる。
「今あなたがいるビルの中です!」
〈な、何がですか?〉
「スパムアカウントの持ち主!」
電話の向こうで、彼女はちょっと慌てた。だが僕は返事を待たずに続けた。
「どのアカウントもそこにいる!」
〈どのアカウントも……?〉
いまいち状況を理解していなさそうな彼女に向かって、僕は強く申告する。
「手の込んだストーカーだ! あなたのTwitterフォロワー五百件足らずのうち、四百五十件のアカウントが同じ端末からログインしている! スパムアカウントだけじゃない! あなたが日頃コミュニケーションをしているアカウント、ににぎさん、&Co.さん、まめちかさん、他、笹場文典@日本一周中なんかも全部、同じ人が同じ端末から操作している! あなたがいつも話しているアカウントも、あなたが不審がったスパムアカウントも、そのいずれも同じ端末から操作されているんだ! あなた、ずっと見られている! 追われている!」
「あっ」
僕の隣で、梁が声を上げた。何事か、と彼の方を見る。目の前で広げられたパソコン。その画面には、Googleマップのような地図が展開されており、その中の一つの点が……動いている!
「逃げる。逃げるよ」
梁がこちらを見てくる。どうする? と言いたげに。
勘付かれたか。向こうもITの知識があるに違いない。追うべきか、とも思ったが、しかし、そうだ、僕らは……。
「に、逃げるなら……」
僕は肩を落とす。
「放って……おくか」
僕らがやってるのは不正アクセスで、とてもじゃないが警察に見せられた行為じゃない。向こうがやってることと大差ないどころか、向こうは正規の手続きを踏んでアカウントを登録しているわけだから下手すれば向こうが「不正アクセスの被害者だ」と開き直れる。まずい。これはまずい。
梁の画面の中の点は、ふらふらと建物の中を彷徨うとそのまま外へと出ていった。位置情報から割られたことに気づいたのか、建物から出るなりマップ上のポイントは消えた。
しばしの、沈黙。まるで釣りかけた魚が逃げていく影を見ているような気持ちになった。
それから僕は一息つくと、電話の向こうの彼女に告げた。
「一旦……危機は去りました。ですが今後が危ぶまれます。Twitterアカウントをすぐに消して。しばらくネット上に姿を現さない方がいいでしょう」
〈……はぁ〉
あまりに急な展開だったからか、電話の向こうの彼女は呆然としているようだった。僕はため息をついた。くそッ、やり方を間違えたな。こうだと分かればもっと正規のルートで特定すべきだった。不正アクセスで特定したんじゃこっちも出るに出られない……。
*
何とも気持ちの悪いまま本件は終わってしまった。
だがここでひとつ、言っておく。
スパムアカウントは放置するな。面倒でも都度報告して即ブロック、自分の周りから消していけ。どこで誰が、どんな手段で君を見ているか分からない。多くのSNSでは、スパム行為は非難の対象だ。面倒でも、不快でも、報告を、するんだ。ブロックを、するんだ。
いいね。これは君の身を守るためでもあるんだ。
プロフ見て 飯田太朗 @taroIda
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