七色砂糖菓子の思い出

みかみ

第1話 もう一度、あなたに会いたい

※本作には死を連想させる文面と、戦争の描写が出てまいります。ご注意ください。


 おや、お兄さん。どうしたんでっか、慌てたご様子で。

 そうですか。私を探してくれてたんですか。それはすいませんでした。看護師さんには一言いうて出てきたんやけど、伝わってなかったんですな。まぁ、そういうこともありますわ。怒ったらあかんよ。


 お詫びといったらなんやけど、これ、食べますか? 甘いもんは気持ちを落ち着けてくれるさかい。

 ええ、金平糖です。今さっき、友人が持ってきてくれましたんや。こう見えて好きですねん。爺のくせして、おかしいでっしゃろ。

――さ、どうぞ。


 ああ、あかんかん。そないにぎょーさん口に入れたりしたら。

 金平糖はな、作るんにえらい手間暇かかるお菓子ですんや。いっぺんに口に放り込んで、バリバリ食べてええもんやありませんねん。一粒か二粒口に入れて、飴舐めるみたいに舌の上で転がしてみ。舌触りはチクチクするけど、控えめでやさしーい甘みが広がりますやろ。それを楽しむんや。ほんで、殆ど溶けた最後のほうでカリッとな。それが美味いんやで。

 

 どや。美味しいですやろ。腹の足しにならんこんまい砂糖菓子やけど、こうやって食べると、結構美味いもんですやろ。

 ああ、そりゃよかった。お兄さんは、なかなか風流の分るお人みたいやな。


 それはそうと、お兄さん、新顔ですな。

 そうですか。先月から、ここに。それはそれはご苦労さんです。老人相手のしんどい仕事やけど、あんじょう宜しく頼みます。

 ほお。サクラバさん、いわはるんですか。私は望月もちづきといいます。どうぞよろしゅう。


 ときにサクラバのお兄さん。私の噂はもう聞いてはるやろ。そやから、こうして慌てて探しに来はったんと違いますか?

 とぼけたてあかんよ。顔にちゃんと書いてありますわ。『鬼使いじじいを探しに来ました。けったいな術使ぅて、また施設を抜け出されたら、えらいこっちゃ』てな。

 もうしませんよ。あの時は、皆さんにえらい迷惑かけてしもたさかい。

 お空に行く前に、最後にもう一回、金平糖屋さんに行きとうてな。この人達も、金平糖が好物ですねん。何十年食べても飽きの来ん味らしいですわ。


 え? ほんまにおりますんやで。私の周りに何匹も、ちっちゃい鬼さんが。ほれ、今もここと、ここに。お兄さんのこと、下から覗きこんどる。――ふふ。『招き猫に似てる』言うてますわ。


 そうですか。見えませんか。見えんのならしゃあないな。中には見える人もいてはるみたいやけど、急に見えたていう人は、二、三日中にあっちいってしまう事が多いさかい、そういう人がおったら、どうか気ぃつけたってください。


 おや、もう無くなってしもたんかいな。もうちょっと食べますか? ええよ、好きなだけおあがり。

 それから、ほれ。いつまでも跪いてやんと、ここ座ったらどないです。しんどい仕事なんやから、爺の相手してるフリして、ちょっと休んでいったらええ。


 はぁ、フリはできませんか。お兄さんは真面目ですなぁ。そしたら、そやなぁ……ほんまに私の昔話を聞いてもらいましょか。そしたら、サボってる事にはなりませんやろ。

 

 お兄さんにはやっぱり、べっぴんさんの話が好ましいやろな。

 ……そうそう。この鬼さんらと仲良くなる方法を教えてくれたお姉さんがおったんや。丁度ええわ。その人の話、しましょか。


 これは、私が尋常小学校に入ってしばらくした頃やったかな。近所に、お爺さんとお孫さんが一人、引っ越して来はったんや。

 ええ。二人です。お孫さんのご両親は居たはらへんかったと思う。はっきりした理由は分かりませんけど、お二人でした。

 東京からやってきはった、てな。御近所で注目の的やった。


 お爺さんは、背の小さい人で長い白髪を束ねた、静かやけどちょっと風変わりなお方でしてな。ほねつぎ整骨院を生業にしてはった。

 なんや、えらい腕がいいらしいて、大人が噂してました。たった五分の治療で、ぎっくり腰がすっかり治ってしもた、て近所のおじさんが嬉しそうに言うてましたわ。


 子供も、その爺さんには世話になりました。流石にぎっくり腰はなかったけど、捻挫くらいはしましたさかいな。

 受付やら雑用は、お孫さんがやってはった。

 ええ。この人が今からお話しする、べっぴんさんです。

 年の頃は多分、十七とか十八やったんちゃうかな。ちゃんとは分らんだけど、お兄さんより若かったのは確かです。結婚は、まだしてはらへんかったよ。


 目鼻立ちのはっきりした娘さんで、いつも粋な着物着たはってなぁ。それがまたよう似合うてた。町中で会うたら、遠目でもすぐあの人やって分るような、華やかな御婦人やったよ。

 その孫娘さん目当てに、町の若い衆はぎょーさん、整骨院に通ったんや。せやけど、そういう輩はすぐに追い出されてしもてな。それも、爺さんにやのうて、孫娘さんにやで。


『色ボケは遊廓にお行き!』


 そうやって若い衆が孫さんに入口から蹴りだされるのを、私らガキンチョは、面白がってよう見てました。


 はい、そらもう。孫娘さんは、気の強いお方やったんです。誰に対しても、訛の無い歯切れのいい言葉で堂々と喋らはる。そういう男勝りなところが若い衆を惹きつけもしたし、気後れもさせたんですな。

 まぁなんにしても、近所の若者には、高嶺の花、ちゅうやつでしたわ。

 そんなお人に、まさか子供の私がお近づきになろうとは、夢にも思っておりませんでした。


 ちょっとだけ、私の話もさせてください。

 物心ついた時から、私には人には見えんもんが見えてました。第六感、いいますんやろか。


 せやけど実際は、そんな簡単な言葉でくくれるもんやあらしません。私のこの目に映ってる世界は、お兄さんが見て感じてるものとは明らかに違うものなんや。

 今はもう慣れましたけど、子供の頃は、そらもう怖かった。

 勿論、恐ろしい体験ばかりと違います。霊やら物の怪に助けられた事もぎょーさんある。せやけど、子供は弱いでっしゃろ。面白がって虐めてくる奴らも、襲ってくる輩もぎょーさんおりましたんや。


 恐ろしかったです。そして何より、寂しかったです。当時の私の周りには、私の恐怖を分ってくる人は、一人もおらんかったのです。

 せやから、学校に行っても次第に友達が少のうなりまして、挙句の果てに気味悪がられたり、嘘つき呼ばわりされました。

 悲しゅうて、寂しゅうて、腹立たしゅうて。あの頃は、毎日泣いてましたなぁ。


 一番厄介なんが、小鬼でしたんや。ええ。そのまんま、小さい鬼ですねん。もっと怖い物の怪にも会いましたけど、一等対処に困ってたのが彼らでした。なにせ数が多いんや。学校でも家でも道端でも、どこにでもいよるし、どこからでも入ってくる。大変でした。


 背丈は、お兄さんの膝より、もう少し小さいかな。今、私の周りにおって生活を助けてくれてるのも、その小鬼ですんやで。


 ――はい。今は助けてくれてますねん。せやけど、子供の頃は、この人らによぉ虐められましたんや。この人らは悪戯感覚でやってたらしいけど、石段から突き落とされたり、石ころ投げられたり、時には噛まれたり。私にとっては恐ろしい存在でした。


 ほねつぎ整骨院の孫娘さん――お姉さんと知り合いになったきっかけも、この小鬼らから逃げてたからやったんや。


 ――はい。石投げながら追っかけてくる小鬼らから必死に逃げてましたんや。前見て走る余裕なんか、あらしませんだ。ゲンコツ大の石を投げてくるんやもん。避けながら逃げんので精いっぱいでした。

 ほんで、角を曲ったところで派手にぶつかりましたんや。お姉さんとな。

 私は後ろにでんぐり返し。お姉さんは尻もちついて、道端に落ちてた硝子の破片で足首怪我しはった。軽い切り傷やったんやけど、噂の別嬪さんに怪我さしてしもて、慌てました。

 そやけど、次にお姉さんがとった行動に、私は度肝を抜かれてしもて、一瞬、怪我の事が頭からふっとびました。


『子供を苛めんじゃないの! ホラ、しっしっ!』


 お姉さんは、立ち上がったと思ったら、なんと、小鬼らを追い払ってくれたんです。

 私にしか見えてないと思ってた鬼が、お姉さんにはちゃんと見えてた。しかも、野良犬を追い払うより簡単に、小鬼らから私を助けてくれました。

 私はその様子を、尻もちついたまんま、信じられん気持ちで呆けるように眺めてました。

 あの時の事は、忘れられません。両掌に感じてた砂地のチクチクした感触まで憶えてます。それから、お姉さんの着物の柄も。

 藍色の生地に天の川みたいな銀の刺繍。そこに鈴なりの赤丸模様。お母はんが言うてた通り、ハイカラなオべべやった。しかもその紅い丸模様が、とろっと優しい光を放っててな。なんや、夜店に並んでるりんご飴みたいで、えらい美味しそうに見えました。


 小鬼らが石を放り出して散り散りに逃げていくのを見届けると、お姉さんは私に手を差し伸べてくれました。

 お姉さんが差し伸べてくれた手を握った途端、私の視界が、お姉さんの足元から一気に襟元までぐいっと上がった。私はまだ脚に力を入れてませんでした。お姉さんの腕の力だけで、引き上げられたんです。しかも片腕で。細いのになんて力強い腕を持ってはるんやと、驚きました。

 ほんで、お姉さんが私に一言訊いてくれたんや。『大丈夫?』と。

 涙がこぼれました。

 恥ずかしかったんと、恐かったんと、安堵。それから、嬉しかったんや。私と同じ世界を見てる人に会えたんや、と。私は、嘘つきでも狂ってもなかったんや、と。

 お姉さんに宥められても、涙はなかなか止まってくれませんでした。


 お姉さんは、小鬼らは低級の妖怪の一種なんやと教えてくれました。そして、彼らからの身の守り方と、仲良うなる方法を、伝授して下さると仰ったんです。


 強くなれ。

 お姉さんは一番初めにこう言いました。

 体を鍛えるだけやない。己を信じ時に見極め、動じず、恐怖に屈しひん心を養えと。勇ましくあり、そして相手の心を読み取る静けさも身につけよと。そうすれば、弱い妖怪は付け込んでこんから、と。


 まるでどっかの道場みたいですやろ。私も、まぁなんと難しい事を言うんやと、閉口いたしました。せやけど、お姉さんの出してくる課題は意外なものやったんです。


 まず最初に、離れて行った学友の輪の中に、『遊ぼう』と入りに行かされました。結局は、またはじき出されてしまいましたけどな。

 畑仕事を率先して手伝いました。反対に、作物を盗まされた事もありました。

 神社やお寺に毎日お参りに行きました。えらいことに、境内の外と中では、全然空気が違う事に気付きました。

 蛇や蜘蛛を掌に乗せて遊ばせました。勿論、毒のないものに限ります。

 野良犬や野良猫と仲良うなりました。初めは噛まれそうにもなりましたよ。

 わざと獣道を選んで山を登りました。

 川の水源を探して、その水を飲みました。あれはほんまに美味しかった。

 近所のガキ大将に挑みました。ええ勿論、ズタボロにされましたよ。

 そういえば、夜の墓場にも行かされましたな。

 荒れ寺に一泊、ていうのもありましたわ。


 時には一緒に。時には遠くから見守られて……。

 お姉さんは一つの課題が成功するごとに、すかさず次の課題を私に与えました。

 そうして必死に課題をこなしてるうちに、気付いたら小鬼らが襲ってこんようになってました。道端で出会うても、ただこっちを窺うように見てるだけ。せやから、勇気を出して話しかけてみたんです。そしたら意外と、話の通じる人らでしてな。お蔭さまで、仲良うなることができました。

 まさか小鬼と友達になれるやなんて。私に友達ができるやなんて。

 嬉しゅうて嬉しゅうて、小鬼らと友人協定を結んだその日に、私は整骨院に飛んで行ってお姉さんに報告しました。


『よくやったわ』


 お姉さんは目線を合わせて、私の頭を撫でてくれた。

 ええ、そらもう嬉しかったです。顔がぼっと熱うなって、舞い上がりました。

 近くで見たお姉さんは、ますます別嬪さんやった。あの方は、目が特別奇麗でしたんや。黒硝子でできてるみたいな瞳を持ってはった。

 ――羨ましい? そうですな。子供でも舞い上がるくらいやから、お兄さんなんか、鼻血出してしまうかもしれませんな。


 ええ。ひとまず、訓練は終わりました。せやけど、私とお姉さんの交流はしばらく続きました。お姉さんにとっても私は丁度ええ息抜きというか、気軽に喋れる相手やったんですやろな。

 人間の友達がおらん私も、仲良うなった小鬼らを連れて、学校が終わってから、ようお姉さんのところに遊びに行きました。ほんで河原の土手に腰かけて、お菓子を食べたり、他愛のない話をしてました。お姉さんは物知りやったから、色々教えてもらいました。特に美術品の話やら、刀やら槍やらの武具の話は面白かったですよ。

 あとは、それから……どんな話の流れからやったかは忘れましたけど、お姉さんとお爺さんがなんで東京から引っ越して来はったんか、なんとなしに訊ねましたんや。 その瞬間、お姉さんの表情がちょっと険しくなりましてな。怒られるんかと思って、私は肝を冷やしました。


 人を探してると。それから、探し物をしてるんやと。


 お姉さんは私を怒らんかったけど、私から目をそむけて、正面を流れる川を見ながら、ぶっきらぼうにそう答えはった。

 子供ながらに、お姉さんの横顔を見上げながら、これ以上訊いたらあかんと悟りました。

 美しかったけど、恐ろしい横顔やった。見てるだけで、背筋が寒うなった。

 その横顔には、とんでもなく強い感情が宿ってましたんや。もしかしたら、お姉さんのご両親がいてはらへん事に関係があるのかもしれんね。私の勝手な想像ですけど。


 それからしばらくして、お姉さんとお爺さんは、また東京に戻らはる事になりました。引っ越しは急に決まったそうです。理由を訊ねると、探し物が東京にあるらしいという情報を得たからやと言われました。


 引っ越すと伝えられた翌朝にはもう、整骨院の看板が外されてあって、雨戸も全部閉められてました。

 あっという間のお別れでした。


 せっかく、お別れの印として金平糖をプレゼントしようと思って訪ねたのに。あっけない。ほんまに残念でした。さよならくらい、言わせてほしかった。


 お姉さんと最後に食べたお菓子が、金平糖でしたんや。

 全部で七色のつぶつぶが小袋に入っててな。可愛い、美味しい、て。えらい喜んで食べてくれはった、思い出のお菓子ですねん。


 あれからすぐに戦争が始まって、東京は大空襲で焼け野原になった。色んなもんが、無惨にぎょーさん死んだ。お姉さんとお爺さんは生き延びはったんやろか。

 ああ。きっと生き延びはったと思う。あのお人はどえらい強いおなごやったさかいに。爆弾なんかに――戦争なんかに、負ける人やないんや。


 叶うなら、お兄さんにも会わせてあげたい。ちょっとの間やったけど、あのお姉さんには、そらもう、楽しい思い出をもろたんや。

 そやなぁ。生きてはったら、軽ぅ百歳は超えてるな。せやけど――


『人の友人もきっとできる』


 お姉さん、別れ際にそない言わはったんや。

 お姉さんも私の友達のはずやのに、なんやおかしな言い方するなぁと、ずっと引っかかってたんです。せやから、もしかしたらあのお姉さんも、と……。


 ――いや。違うわな。私が勝手にあの人を友達やと思ってただけやったんかもしれません。ちょっと悲しいけど、歳が離れすぎてて、友達には思えんかったんやと思いますわ。きっとそうや。


 ――おや。雷ですか? まだ遠いな。そやけど、空が暗なってきたさかいに、こっちに来るかもしれん。

 雷は嫌いや。空襲の、爆弾の音を思い出す。


 そやな。昔話はこれくらいにして、そろそろ部屋に戻ろか。

 ――ああ、ええよ。お兄さんに手伝ぅてもらわんでも、ちゃんと帰れます。言うたやろ。私には、助けてくれる友達が、有り難い事にぎょーさんおるんや。残念ながら、お兄さんは見えはらへんみたいやけどな。いてるんよ。嘘やない。


 怒ってやしませんよ。お兄さんの事は好きです。私の話を聞き流さんとちゃんと聞いてくれて、恐がったりしはらへんかった。そうしてくれただけで、私はほんまに嬉しいのです。

 ああほんまやね。なんや告白みたいで恥ずかしいですな。しかも骸骨みたいな爺が青年に向かって。

 せやけど、ほんまおおきにさんです。


 ……小鬼さん。

 君達はほんまに、お姉さんの居所が分らないんですか?

 私は、お姉さんがまだ生きてはるような気がしてならんのです。もしかすると、また、会いに来てくれるんやないかと、そんな風に。


 お姉さん。どうか助けて下さい。私に勇気をください。こんな屍みたいな体になってしもうても、私はまだ、恐ろしゅうてかなわんのです。

 いくつになっても、恐がりは治らんみたいですわ。


『安心なさい。きっと天国はいいとこよ。苦しいのなんてあっという間』


 訛のない歯切れいい言葉で、力強く励まして下さい。


〜完〜


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