一人相撲

紗久間 馨

始まってなかった恋

「クリスマス、どこ行く?」

「あー、えっと、藤井ふじいさんの行きたいとこでいいよ」


高校からの帰り道、彼氏のしんくんとクリスマスデートの話をする。

付き合ってから初めてのビッグイベント、クリスマスまで2週間。

そのことでわたしの頭はいっぱいだ。



慎くんのことを知ったのは2年生で同じクラスになった時。

最初はちょっと気になるくらいだったけど、目で追ううちにどんどん好きになっていった。

バスケ部で、背が高くて、声も良くて、とにかく全部好き。

11月の修学旅行で大吉を引いた恋のおみくじの勢いで告白した。


「好きです。付き合ってください」

「いいよ」


これがわたしたちの始まり。



クリスマスプレゼントはマフラーにすると決めている。

慎くんはマフラーを持っていないらしく、なんだか寒そうだから。

手編みに挑戦してみたいけど、そういうのは嫌な人が多いって何かで見た。


「手作りのプレゼントってどう思う? あれってちょっと重いよね。あはは」

なんて冗談を言うみたいに聞いてみる。

「たしかに。でも、気持ちがこもってるなら良いんじゃない?」

慎くんは手編みでも喜んでくれるかもしれない。



翌日、わたしは手芸用品店の毛糸コーナーに足を踏み入れた。

壁を埋め尽くすような色とりどりの毛糸を眺めながら歩く。


家族にも友達にも編み物経験者はいなくて、スマホで調べてもよく分からなかった。

来てみればどうにかなるんじゃないかと思ったけど、どれを買えばいいか分からない。

50歳くらいの女性の店員さんに、初めてマフラーを編みたいと伝えた。

そして、マフラーの編み方が載っている基礎本と、そのとおりに編める毛糸や道具を教えてもらう。

毛糸は青い色を選んだ。

きっと慎くんによく似合う。


「頑張ってね」

会計を済ませた後、店員さんは優しく笑ってそう言った。

「はい! 頑張ります!」

わたしは笑顔で返事をした。



帰宅してすぐに作業に取りかかる。

まず作り目というのから始めるらしい。


糸の端から編みたい幅の3倍くらいのところで輪を作って・・・・・・

その輪に2本の棒針を入れて・・・・・・

左手の親指と人差し指に糸をかけて、棒針に糸をかけて・・・・・・


本を見ながらゆっくりと進めていき、その日のうちに作り目だけはできた。

慎くんの喜ぶ顔を想像して、頑張って完成させようと思った。



毎日頑張って完成させたけど、それはプレゼントできるようなものにはならなくて、クリスマスデートの前日にチェックの青いマフラーを買った。

手編みしたのがバカみたいに思えた。



デート当日、カフェでプレゼントを渡した。

「ありがとう。俺、あんまりマフラーしないんだけど、うん、あったかくていいね」

慎くんはマフラーを首に巻きつけながら言い、すぐに外して袋に入れ直した。


「実はね、手編みにもチャレンジしたんだけど、上手にできなくって」

「え、本当? 今、持ってきてたりしないの?」

「かっこ悪すぎて持ってこれないよ」

わたしはそう言いながら、完成させたマフラーを撮った写真をスマホで見せる。

形が歪んでいて、マフラーみたいな何かって感じだ。


「ね? こんなのもらっても困るでしょ?」

わたしは慎くんの反応を見る。

「うーん。まあね。これじゃちょっとね」

慎くんは「ふふっ」と笑ってバカにするみたいに言った。

見せるんじゃなかったと後悔した。

嘘でも「それが欲しかった」とか言ってくれたらいいのに。


慎くんはからは封筒を渡された。

中には3000円分のネットショップで使えるギフトカードが入っている。

「それで好きなもの買いなよ」

慎くんはニコニコと笑ってそう言った。

「わー、嬉しい。ありがとー」

わたしはガッカリしながらも喜ぶふりをする。

慎くんからの初めてのプレゼントにすごく期待していた。

何か記念になる物が欲しかった。



そこからはもう楽しい気分じゃなくなったけど、楽しいふりをし続けた。

頭の中では疑問が次々に湧いている。


気持ちがこもってれば手作りでも良いって言ったじゃん。

プレゼントがギフトカードって。わたしは慎くんのこと考えていっぱい頑張ったのに。

今日のデートの場所だって、慎くんは何も考えてくれなかったの?

わたしは慎くんのことを名前で呼んでるのに、慎くんはわたしのこと名字で呼んでるの、何で?

ちょっと待って。わたし、慎くんから「好き」って言われたことなくない?


わたしの告白に対して「いいよ」と返事をもらったけど「好き」って言ってもらったことはない。

もしかして、好きじゃないのに付き合ってくれてるの? 何で?



「ねえ、慎くん。あのさ・・・・・・」

わたしのこと好きなの?

そう言いたいのをグッと飲み込む。

「あの、もうすぐお正月だし、一緒に初詣とか行く?」

「あー、初詣ね、俺は友達と行くし。藤井さんも家族とか友達と行けば?」

「そっか。そうするね」

たぶん慎くんは、わたしのことを好きじゃない。


「慎くん、ごめんね。あの、ママからすぐに帰ってきてってラインが。だから・・・・・・」

泣きたくなって嘘をついた。

帰りたくなったのは本当だけど、慎くんが「帰らないで」と引き止めてくれるんじゃないかと期待した。

「それなら仕方ないね。帰ったほうがいいよ」

期待したわたしがバカだった。


慎くんも一緒に店を出ると言って席を離れた。

プレゼントの入った袋を忘れている。

「慎くん、これ。忘れてるよ」

袋を差し出すと、慎くんはなんでもないように「ごめん、ごめん」と笑って受け取った。



最高のクリスマスになるはずだったのに、最低のクリスマスになっちゃった。

始まったと思っていたのはわたしだけで、実は何も始まってすらなかったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一人相撲 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ