起点

鯖缶/東雲ひかさ

起点

 小石に蹴躓いた。一生の不覚。

 このまま私の身体は傾いで、アスファルトとの角度を小さくしていき、最後には地面とキスすることとなる。

 どこで間違ったというのか。道の端を歩きすぎたせいか。いやしかし、道の真中にも石ころは転がっていた。そう考えると原因とは言いにくい。

 では脚を横着して地面に擦るように歩いていたせいか。歩くレーン説よりは幾分か説得力がある。しかし脚をそんなに上げていては、つっていた可能性は捨てきれない。転び方にもよるが、そちらのほうが大事になっていた公算は高い。

 とすると石の位置と歩幅を鑑みなければならない。私は今日、家を出るとき左足から歩き始めた。左右とここまで歩いてきた。もし、逆であったら転んではいなかったのではなかろうか。

 それとも寝起きした時間だろうか。私がもう少し早くか遅く、ここを通っていたならば石などなかったかもしれない。なぜ昨日の私は夜更かしをしたのか。

 そもそも、家を出なければ転ぶ道理などなかった。となると用があると呼び出した友人Aが悪い。幼稚園生からの付き合いだが、それがなければ私が転ぶこともなかったはずなのだ。

 いや、それで友人Aが私の過去から消えたとして、友人BやCが現れるに違いない。

 私が産まれた地が悪かった。そう考えるのが妥当だろうか。そうなると親のほうに融通を聞いてもらわなくてはいけない。別の親であればこんなことにはならなかった。せめて故郷や家の所在地が違っていれば。

 いや、そうだとしても石ころに蹴躓いて、ファーストキスがアスファルトになる可能性が消えるわけではない。そうなると私は産まれてこない選択を取るほかなくなる。

 いや、それで今の私が消えたからといって、石に蹴躓く人がいなくなるわけではない。それならば生命があるから悪いのであり、果ては熱水噴出孔が悪ということになる。

 私が太初の熱水噴出孔を塞いだとしたら、私の悲劇も、誰彼の悲劇も雲散霧消するはずだ。

 それでも駄目ならば、宇宙創成の目前、無の外側に立ち居出てビッグバンを阻止すれば、ようやく事足りるのか。ビッグバンを引き起こさんとする異星人や平行世界の方々や、時空警察には流石の私も構っていられない。

 途方もない思案の果て、膝と両の掌の四点を着地点として、アスファルトに不時着した。アスファルトとのファーストキスは、バネ仕掛けの両腕のお陰でまぬかれた。呻きながら立ち上がり、掌の砂と膝の砂を払った。右膝を擦り剥き、デニムはそこから血の滲むダメージ仕様になってしまった。

 私はまた過去を恨んだ。しかし過去のために未来をああだこうだと、とやかく言うのは不毛である気もする。特定の条件下でなければ、時間というのは平等に供給され、過ぎゆくのだから。しかし擦り傷で済まずに、骨が折れていたりしたと思うと、収まらない気持ちもある。なんだか痛くて瞳に涙がたまってきた。

 最悪な気分で歩き始める。多分、過去は未来のためにあるのだ。

 だって最悪なことに、未来は前に進んでいく。

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