第三話【私の宿命】

 商業区を抜けた先にあるのは、玄関街と呼ばれるギルド区だ。様々なギルドが、乱立していて武装した冒険者たちの往来が激しい。


 ギルド区が、王都の入口にあるのは外敵への防備とギルドの性質上、すぐに王都の外に出ることが出来るようにするためだ。


 私にとっては、商業区よりも居心地がいい。幼少のころから、戦場が私の居場所だった。


 着飾った人間の上品な笑い声よりも、武装した人間の雄叫びの方が身近だったのだ。


 各々、ギルド証を目立つところに提示している。ギルド証とは、所属するギルドの印だ。彼らにとっては、もっとも大切にしなければならない。


 王国の騎士団にとっての国旗と同じである。


 私は、先ほどまで王国の重席、王廷治癒術師長を担っていた。今は、無所属の治癒術が得意なだけの女だ。


 どこかのギルドに所属すべきだろうか。王都で生きていくならば、ギルドへの加入は重要である。


 ギルド連合に行こうかと、歩みを止めた。


「──ッ!?」


 血なまぐさい臭いに悪寒が走った。戦場では、何とも感じなかった臭気だ。


 ギルド区とはいえ、町中でこれほどの生臭さ、動物の肝が腐ったような臭いがするのは異常である。


(どこかのギルドが、魔物の討伐から帰ってきたのね。血なまぐさい……。でも、これほど臭うのは大規模討伐があったということよね)


 ギルド連合の前で、人だかりができている。やはり、大規模討伐があったのだろう。


 でも、それなら昼前までイストワール王国の重役だった、私が知らないのはおかしい。


 大規模討伐は、国がギルド連合本部に要請して、はじめて行うことができる。


「誰か、いないのかッ!? ギルド連合本部には、炎死毒えんしどくを治せる治癒士くらいいるはずだろ。頼む、助けてくれ……」


 中年男性の声だ。涙声で、必死に助けを求め、いろんな人間にすがりつく。周りで見ている冒険者たちのなかには、治癒士も複数人いる。


(炎死毒は、凡庸な世間の治癒術では治せない。ギルドに所属している治癒士ではダメね。王侯の専属クラスでも難しいのに……)


 子供の苦しむ声が、私の胸に突き刺さる。戦場で泣いて苦しむのは、いつも子どもたちだった。魔物たちとの戦争は、いつもそうだ。


 魔物は、弱いものをすぐには殺さずにもてあそぶ。魔物に襲われた村で、最後に残るのは、子どもたちだけである。


 私は、悲鳴や断末魔を何度も聞いてきた。もちろん、救ってきた子どもの感謝の言葉も。


 私は、深呼吸をして、炎死毒に苦しむ子供を取り囲む野次馬にすらならない人間を押しのける。


 子供の腹部が、燃えさかる炎のように腫れている。柔らかな皮膚が肥大化して、火の粉のように爆ぜては飛び散る。この症状は、死ぬまで繰り返されるのだ。


「あぁっ、もしかして治癒士の方ですか。む、息子を助けてください」


 助けを求めていた中年男性は、この子供の父親だった。私は、返事をせずに弾け飛ぶ腹部を凝視する。


 ここが、戦場ならば捨て置かれていてもおかしくないほどに末期である。


 私の記憶が、胸を締め付ける。助けてあげることができなかった子供たちの顔と断末魔がこだました。


「やめときなよ。嬢ちゃん。こいつは、炎死毒だ。しかもテエールエグル《陸滅鳥》のな。イストワール王国ギルド連合一の治癒士にも治せなかったんだ」


 私は、ギルド連合の入口で青ざめた顔をした治癒士風の男を一瞥する。


 弾け飛んだ子供の皮膚が、私と治癒士風の男に付着した。治癒士風の男は、悲鳴をあげて尻もちをつくと、皮膚を手で払う。


 腐臭はより強くなる。剥がれた皮膚を指先で触るとどろりと液状になって地面に落ちていく。


 この子供の体は、熱したチーズのように液状化していくのだ。


「……完全治癒ソレイユ・ルヴェル


 ただの一言。詠唱も、杖も、魔術を増幅するものなど必要ない。それだけで、十分だった。


 荒れ狂う炎のように膨らんだ皮膚は、徐々に小さく縮小すると元の皮膚に戻り、腐った内蔵のような臭いも、薄れていく。


 毒素は、完全に取り除かれた。驚きも歓声もない。誰ひとり動かずに子供の父親すらも無反応である。


「痛いところはないわね。もう、大丈夫でしょ?」


「あ、うん……。ありがとう。綺麗な髪のお姉ちゃん」


 子供は、立ち上がると何事もなかったように飛び跳ねた。父親は、子供を無言で抱きしめる。周りからは、気の抜けたような拍手。驚愕の言葉が、ポツリポツリとこぼれだした。


(騒ぎになるのは、面倒ね。ここを離れないと……。でも、その前に)


 私には、ここを離れる前にまだやることがある。ギルド連合の入口で、目線を泳がせている治癒士風の男を見据える。


「貴方は、治癒士を辞めなさい。治癒士は、例え回復不能な相手でも背を向けることは許されない」


 私は、自分でも驚くほどに厳しい口調だった。そして、このセリフは、私の師匠の言葉そのものだったのだ。


「……」


 治癒士風の男は、再び尻もちをつく。払い落とした子供の皮膚を見つめて、それを手に取っている。


 男の指先で液状になった皮膚が、逃げるように地面へと落ちていった。


「子供を助けてくださり、ありがとうございます。旅の治癒士様。ギルドには所属していないようですね。もしよろしければ、私のギルドに所属してくれませんか?」


 子供の父親の勧誘を皮切りに、各々ギルドがせきをきったかのように声をかけてくる。


 ギルドに入れば色々と便利だ。生活の拠点を市民街に移すなら、どこかのギルドに所属するべきだろう。


 しかし、問題がある。私が、王国の監視下にあることだ。それでは、所属するギルドにも迷惑をかけてしまう。


「…………いいえ。私は、ギルドに入るつもりはありません。ひとりで気ままに生きていきたいから」


「そうですか。残念です。炎死毒を治せるレベルの治癒士なら、キルドはおろか、国だって──」


 子供の父親は、あっと声を上げる。何かを思いついたのだろうか。


「自らギルドを旗揚げするのはどうですか?」


 第三話【私の宿命】完。

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ソレイユ・ルヴェルの生きる道 隠れ里 @shu4816

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