第四話【私の初仕事?】

「だから、いきなりギルドの旗揚げは無理なんですよね。えーと、ヴェニスさんですよね。ギルドポイントは、0……」


「ええ、ヴェニス・ルフェーヴルです。どこにも所属する気はないの。だから、旗揚げしたいのだけれど……」


 私は、今までギルドのことなんて知りもしなかった。王国とギルド連合は、非干渉の不文律がある。


 私にとってギルドは、傭兵と同じくらいの認識で登録さえすれば自分の団を作れるものとばかり考えていた。


 ギルドの受付の男性は、先程からしきりに髪を掻いていて眉間にシワを寄せている。


 あきらかに面倒くさい客くらいにしか思われていないのだろう。もう少し、世間のことを勉強しておくべきだったと反省している。


 受付の男性は、紙をペラペラとめくる。私は、紙からただよってくる匂いに少し驚いた。


 材質に使われているのは、おそらく香木であるパルフムの木だろう。この樹皮からは、上質な紙が作られる。


 高級貴族の荘園にしか自生しない人口の香木だ。王侯貴族御用達の人気の素材である。何故、このようなギルド連合で使用されているのだろうか。


 ギルド連合などは、一日に消費される紙の量が、かなり多いと聞く。それならば、加工費の高いパルフムの木よりも材質は落ちるが、群生地の多いサンプルの木のほうが経済的である。


 考えても仕方がないことだ。話を前に進めよう。


「それなら、ぎるどぽいんと? どうやって貯めるの?」


 私の疑問に受付の男性は、目を丸くする。隣りにいる女性に目をやるが、女性が咳払いをすると再び頭を掻いて資料を取り出した。


「まずは、依頼を受けるところからだな。本当にギルドのこと何も知らないのかい?」


「ええ、来るのもはじめてね。一緒に仕事をしたことも……ないはず……。──いいえ、あったわね」


 受付の男性は、唸り声を上げて腕組をする。何度か私の名前を呟いて机の下で何かを見ている。紙がめくられる音が聞こえてきた。私のことを調べているのだろうか。


「本当だね。野良の冒険者リストにも名前がない。でも、どっかで聞いたことがあるような気がするけどなぁ」


 受付の男性は、紙の資料を机の引き出しにしまうと再びこちらを向く。


「そうだなぁ。最初だから掃除系のミッションかな。報酬は安いけど、多くの人に感謝されるし。正直、このミッションを受けてくれないと街がゴミだらけになってしまう。だから、初心者には絶対に受けてほしいんだよ」


 受付の男性は、いくつかの紙を提示した。見てみると、様々な場所での清掃条件などが書かれている。中には、子供が書いたような絵が書かれた紙などもある。


「ふふっ、かわいい」


 私が、拙い字で書かれた紙を手に取り、その愛らしい絵に気持ちを和ませていると──受付の男性は「それ、受けてみる? 報酬はかなり安いよ。でも、その子が、街のためになにかしたいって考えて依頼してきたミッションなんだ。どう?」


「感激したわ。この子は、立派ね。貴族の子弟とは大違い……この依頼、受けたい」


「おし、なら初めてのギルドミッションだ。場所は……」



 私は、ギルド連合からの依頼で、路地裏の排水路にいる。何かが詰まっていて溝から水が溢れ、鼻が曲がってねじ切れそうなほどの悪臭がただよう。


「これは……なかなか強敵ね。戦場でもこれほどの悪臭は嗅いだことがないのだけれど……。掃除ってこの道具を使えばいいのよね」


 私は、ギルド連合から渡された掃除道具をまるで戦利品のように掲げてみる。どことなく間抜けな気持ちになり、笑ってしまう。でも、悪い気はしない。


「このメイスみたいな棒で側溝のゴミを取り除くのよね。そして、このバケツ? にゴミを入れる……と」


 私は、メイスのような棒を下水道へとつながっているであろう場所に押し当ててかき回す。棒に絡みつくように髪の毛やヌメヌメとした黄土色の何かが、棒の先に付着している。


 喉の奥が痛くなるほどの異臭だ。


 この汚水が少しでも飛び跳ねたら、服が汚れてしまうだろう。でも、ギルド連合からエプロンを貰っている。水跳ねもこのエプロンが身代わりになってくれるから安心だ。


 回収したゴミや膿のような塊をバケツに移していく。柄の部分を強く握れば、絡みついたゴミや粘着物もあっさりとバケツに入ってくれる。


 吸い込まれるような音を立てて、徐々にではあるが水が少しずつ流れはじめた。


「面白いわ。これ。よしっ!!」


 私は、額に汗をかきながら夢中になってゴミを絡め取ってはバケツに移す。私を照らしていた太陽が、建物に遮られ周囲が暗くなった頃、ゴミの中から何かの瓶が見つかった。


 このような市民街に、王城で見たことのある物が見つかるのは不思議である。


 誰かが捨てるにしても、路地裏の排水路に捨てるだろうか。もし、これが機密性の高い物だったら、捨てたものは極刑に処されても文句は言えない。


「うん、これ。この形──王城の研究所で見たことがあるわ。なにか書いてあるけれど。うーん、劣化が激しくて読めないわね。そうだ、エグザに調べてもらおう」


 エグザ・フィル・シュルシェールは、王城でともに学んだ仲だ。いわゆる、学友である。貴族街ではなく、市民街に一人暮らしをしているはずだ。


 聡明で、とても繊細な女性の友人だ。


 私は、ギルド連合から貰った袋に謎の瓶を詰めた。もし、何かの間違いで捨てられたのなら、他の誰かに拾われるより、私が拾っておいたほうが良いだろう。



 朝方に依頼を受けて、今は夕刻時だ。何時間も掃除に注力した成果は、きれいな流れの排水溝とバケツ10数個分にも及んだヘドロやゴミである。無論、かなりの悪臭だ。


「何か、私まで嫌な匂いがしそうね。宿を手配してお風呂に入らないと……。うーん、その前にギルド連合に寄らないとね。うーん……でも……」


 おそらくは、かなりの臭いだ。あらゆる戦場での戦いの後、返り血や土の臭いを溢れさせていたのとはわけが違う。


 ギルド連合への報告は、できればお風呂に入ってからにしたい。宿を取るにしても同じ事だが……


「仕方がない。こんなことに神聖魔術を使うのもどうかと思うけれど。背に腹は代えられないものね」


 神聖魔術は、国家機密並みの魔術であり、行使する場所を選ばなければならない。戦場では許可などいらないが、市民街での使用は許可がいるのだ。


「今の私は、ただのヴェニス・ルフェーヴルよ。誰に許可を取るのかしらね」


 私は、中指にはめたプロテクション・バイ・マジックリングを見つめる。そして「パナセ・ドゥ・ラーム《万能なる魂》」の魔法を唱えた。


 白く宝石のように煌めくオーラが、全身から毒素を拭い去っていく。本来は、全ての状態異常を一瞬で快癒させる神聖系の治癒魔術だ。


「これで、臭いはしなくなったはずよ。さあ、報告をしないとね」


 正直、こんなつまらないことに使って良いような魔術ではないのだけれど、他人と会うのに心に傷をつけるレベルの臭いを振りまくわけにもいかない。


 バケツは、そのままにしておくようにと言われている。後に何かに使うようだ。


 考えられるとしたら、燃料だろうか。魔術具などを動かすための動力は長い年月をかけて自然から蓄積されたエネルギーである。


 このバケツに入った大量のゴミやヘドロには、価値があるのだろう。ただ、抽出できるエネルギーは少ないはずだ。


 この悪臭だけの愚物から得るメリットはない。


「ヌ゛メ゛ヌ゛メ゛キシシ。美味そうな人間だな」


「サント・ランス《聖なる槍撃》」


 私は、素早く聖魔術を唱えた。光の穂先が、粘液体を貫く。しかし、風穴はすぐに塞がれる。粘液体は、不気味な笑いを浮かべて体を弾ませた。


 私は、魔物の姿を見て更に驚愕した。ジェルルマンと呼ばれる無機質の弱者だったからだ。


 確かに、サント・ランス《聖なる槍撃》は、魔術系の僧侶などが、最初に覚える威力の低い聖魔術だ。


 しかし、ただの粘液が生命を宿しただけ弱者には、十分すぎるほどの威力である。


「魔術に対する耐性があるのね……」


「人間、喰う、人間、喰う」


 ジェルルマンが、ブヨンと体を縮めて飛び跳ねた。普段なら、サント・ランス《聖なる槍撃》で消滅させられる。


「プティ・ミュール《小さな防壁》」


 ジェルルマンが弾かれて地面に激突する。しかし、すぐに戻ると、こちらにぶつかってきた。


 ジェルルマンなどの粘液生物は、思考が単純で何度も同じ攻撃を繰り返すだけである。


 魔術耐性があるだけで、他の部分は通常と変わらない。


「仕方がないわね。神聖魔術を行使するしかない。──でもその前にっ!?」


 第四話【私の初仕事?】完。

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