第六話【私のやるべきこと】

「野菜のおばけ? なんなの?」


 私は、真面目に語るギルド連合の職員に聞き返す。職員は、髪の毛をかきむしりながら、めんどくさそうな表情に変わる。


 昼下がりのギルド連合は、冒険者たちが武勇伝を語り合う声で騒がしい。


 依頼書が貼り付けられた看板の前には、腕組みをした冒険者たちが群れをなしている。


 魔物討伐から帰った者もいて、魔物の血の臭いが鼻先をかすめていく。


「ヴェニスさんが、変わった依頼ばかり受けるからわざわざ回してやってるのに……」


 私はジェルルマン事件以降、このような特殊な依頼をこなしてきた。そういった事件の裏には、暗業魔王がいるような気がしてならないのだ。


「で? その事件の裏には魔王が関わっていたりしない?」


「知らねぇよ。魔王なんて、王国案件だろ。連合では引き受けないし。ヴェニスさんは、魔王の追っかけかなんかなの?」


 職員は、鼻で笑いながら依頼書を机の上に叩きつける。


 本来なら冒険者となって一ヶ月の新米が、依頼を選ぶことはおろか、ギルドからの依頼に対して何か意見を言える立場にないのだ。


 職員の言い分は、もっともなのだが……


「分かったわ。魔王の件は自分で調べるとして……変な依頼人の情報はない?」


 職員は、眉間にシワを寄せる。しつこく食い下がる私に嫌気が差しているのか、それとも怒りか。


「変わった依頼の次は、変な依頼人ね……。俺には、ヴェ……アンタのほうが変に見えるけどねぇ〜」


 私は、『確かに』と心のなかでつぶやく。依頼書を押し付けられるように渡される。


 依頼書を読もうとした私の横から、数人の冒険者が割り込んできた。


「おい、例の情報の続報だ。黒服の賊徒が東の森に現れたらしい」


 戦士系の冒険者だろうか、筋肉質の男が受付の職員に喜色満面で話しかける。


(黒服の賊徒? そういえば、王宮にいたときに聞いた記憶が……何かの秘密結社だったかな)


 私は、記憶の箱の隅を指先ですくい上げるようにして探してみるも、思い出せない。


 王宮にいたときは、毎日が戦場だった。忘れたい記憶もたくさんある。そのせいか、自分に関係のないことは、なるべく忘れるようにしていた。


「へぇ~。黒翼党かね……」


 職員が声をひそめて言う。筋肉質の男は、相棒と思われる冒険者に頭を叩かれた。


 痩せた体躯だが、叩く音や速さからしてかなりの手練だと思う。


「声が大きい……」


 3人は、声をひそめる。これ以上は聞き取れないが、これ以上聞く必要もない。黒翼党のことは、この3人よりも知っている。


 反王国主義の武装組織だ。王宮にいた時に友人のジルベールから聞いたことがあった。


「反王国主義どもが、東の森で何をしてるのかしら……」


 反王国主義ともなれば、ベトフォン家の長兄であるジルベール案件になるだろう。


 私は、依頼書をひらひらと遊ばせた。この依頼書のとおりにすべきだろうか。


 それとも、東の森に……


(どうして、今の私が反王国主義と関わる必要があるの?)


 当然の疑問が浮かぶ。黒翼党の規模から考えれば、ギルドなどでは抱えきれない。間違いなくジルベールが動くだろう。


 もう、動いてるかもしれない。ギルド連合の冒険者が入手した情報など、とっくの昔に王宮側に知れているはずだ。


 私は、ギルド連合の室内を見回した。


 開店もしていない準備中の酒場の机には、酒の空瓶に口をつける鎖帷子の重戦士が、何事かを呟いている。とても上品とは言えない空気と臭い。


 ここが、今の私の居場所。


 染みひとつない清潔な絹糸の服も、豪奢な絨毯や天幕も、七宝で作られた小物──香炉から発せられるほのかに甘みを帯びた香りもない。


(今の私は……)


 喉の奥に引っかかるものがある。それが何なのか分からない。分からないけれど、大切な何かである気がする。


「駄目なのか? 野菜泥棒を捕まえて欲しいんじゃ!」


「爺さん、依頼なら受付でやってくれよ。俺たちは、正義の味方じゃねぇんだよ」


 乱暴に振り払われた老人が尻もちをついた。杖が転がり、老人の顔が苦痛にゆがむ。


 腹を抱えて大声で笑う冒険者たち。


 おそらくは、依頼金も持っていないのだろう。粗末な服と今にも折れそうな杖が、それを物語っていた。


「……大丈夫ですか?」


 私が声を掛けると、冒険者たちは目配せをして散り散りになった。


「アンタは……冒険者の方かね」


「ええ……まあ……そうね」


 何で答えに窮したのか? 今の私は、ギルド所属の冒険者だ。そう名乗って一月も経っている。


「頼む、野菜泥棒を捕まえてくれ。やつらは、東の森を根城にする盗賊団の一味なんじゃ! このままでは、被害は広がる一方じゃ!」


 老人は、まくし立てるように言う。差し出した私の手を掴むと立ち上がる。


 まるで、枯れ木のような手触り。こんな手をした老貴族などいない。また、王宮でのことが、脳裏をかすめる。


 遠巻きに怪訝な顔をする冒険者たち。ギルド連合の室内が、急に騒がしく感じた。


「いいわ。その依頼、私が受けるわね。どうして欲しいの?」


「二度と野菜泥棒ができん体にしてやりたいのじゃ!! 王国騎士どもは、動いてはくれん。ギルドも依頼金がなければ無理だと言ってのぉ!」


 老人の目から光るものが、しわくちゃの頬へと流れた。杖を持つ骨ばった手が震えている。


 王国が、市民の声を無視しているのには理由があるのだ。でも、その話を市民にするわけにはいかない。


 英雄の名を汚したくないから。混乱を起こしたくないから。理由はいくらでもある。


 私だって、彼女の働きに泥を塗りたくはない。共に戦ったものとしても……友人の愛する妹のことを悪く言えるわけがないのである。


「安心して。私が盗賊団を壊滅してきてあげるね……。ちょうど東の森には用があるのよ」


「ありがたい。アンタは、治癒士なのかい? 一人で大丈夫なのかの……」


 私は、不安そうな老人の前で目配せをした。


「大丈夫、私には仲間がいるからね」


 私の嘘を信じたのか、老人は細い腕で涙を拭き何度もお礼を言う。


 私は、ジルベールの言葉を思い出した。


 嘘も方便さ……


 第六話【私のやるべきこと】完。

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ソレイユ・ルヴェルの生きる道 SSS(隠れ里) @shu4816

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