新たなるスタート

大隅 スミヲ

第1話

 人生のスタートは、誰しも一緒だ。

 父親の精子と母親の卵子が出会い、着床することで、すべてがはじまる。

 そのタイミングで我々は過去の記憶を失い、新たなる人生を歩むこととなるのだ。


 輪廻転生。仏教の言葉だが、あながち間違ってもいない。

 我々は死んだあと、新しい人生をやり直すために生まれ変わる。

 ただ、死んだ後も人格というものは残っており、次の人生がスタートするまではその人格で居続けなければならなかった。


 死んだあと、肉体を捨て、魂となった我々は大きな病院の待合室のような場所に集められる。

 ひとりひとりに整理番号が振られており、その番号で呼ばれた順に受付を済ませるのだ。

 死ぬ前に、繰り返し通院などをしていた人は、死んでまでこんな仕組みで待たされるのかと憤慨していたりもしたが、これが一番効率的なのだと考えられているのだろう。

 そうでなければ、死後の世界でこのような仕組みが取られるわけがない。


 正面にある大型のテレビモニターには、現在の受付番号というものが表示されている。

 番号はランダムで表示されるため、100番だった人が呼ばれた後に101番が呼ばれるとは限らない。

 番号がモニターに表示された人は、小さなドアを通って、向こう側へと消えていく。

 その後はどうなるかはわからない。なぜなら、ドアを通った人間は誰もこちら側に戻っては来てはいないからだ。


 先ほどから同じ番号が表示され続けていた。

 どうやら、その番号の主が見つからないようだ。

 館内放送のような声で、その番号が呼ばれているが、誰も席から立ち上がろうとはしなかった。


 なんだよ。どうなってんだ。

 待合室にいた人々が、ざわつきはじめる。


「なあ、兄ちゃん。あんたじゃないのか」


 突然、隣に座っていた、変な帽子をかぶったおじさんに話しかけられた。


「いや、違いますけれど」

 ぼくは慌てて否定する。


「本当に?」

「違いますよ、ぼくの番号じゃありません」

「そうか。ならいいんだ。たまにいるみたいなんだよな」

「何がですか?」

「自分の番号が呼ばれているのに、無視し続けるやつ。そういうやつのせいで、遅れが生じる」

 おじさんは腕組みしながら言う。

 よく見たらおじさんの格好は神社の神主さんみたいだった。


「遅れが生じると、どうなるんですか」

「そりゃあ、決まってんだろ。生まれ変わりが遅くなるのさ」


 なに言ってんだよといった表情でおじさんは言うと、目だけで辺りをキョロキョロと見回した。


「兄ちゃんさ、何も知らないようだから教えておいてやるけれど、生まれ変わりが遅くなるとアイツが怒るんだよ」

「アイツ?」

「そう、アイツ……エンマだ」

「エンマ?」

「そう。アイツは怒りっぽいんだよ」

 おじさんはひとりで納得するようにうんうんと頷く。


 エンマって誰なんだろうか。ぼくはよくわからなかったけれど、おじさんに話を合わせておくことにした。


「生まれ変わりが遅くなると、どんな問題があるんですか」

「そりゃあ、出生率の低下とかさ、そういったことが起きるんだよ。よくニュースで見るだろ」

「ああ……」

 ぼくはそんなカラクリがあったのかと驚かされた。


「ベビーブームってあっただろ。あの時は、みんなが凄い速さでこのロビーからいなくなったものさ。あの時はベルトコンベアの流れ作業みたいで、見ていて気持ち良かったぜ」


 そこまでおじさんが言った時に、ぼくは違和感を覚えた。

 どうして、おじさんはそんなことを知っているのだろうか。

 呼ばれる人たちは次々と呼ばれて、あのドアの向こう側へと消えていくはずだ。

 それなのに、このおじさんは何年、いや何十年もの間、ここでその様子を見ていたかのように語っている。


 そのことに気づいた途端、ぼくはおじさんのことが怖く思えた。

 一体、何者なんだ、このおじさん。


「ほら、番号が変わったぞ。兄ちゃんの番号じゃないのか」


 おじさんにそう言われて、モニターの番号を見る。

 確かにぼくの番号だった。

 ぼくは慌てて席を立ちあがった。


「そうか、兄ちゃんの番号か。じゃあ、行ってこい。次はいい人生を送れよ」

 おじさんはそう言ってぼくの肩をポンと叩くと、その場から去っていった。


 ぼくはおじさんの背中を見ていた。どこか寂しげな背中にも見える。

 おじさんはこうやって、ずっとあのドアの向こう側に行く人たちを見送っていたのだろうか。

 そんなことを思いながら、ドアを開けて、向こう側へと一歩踏み出そうとした時、背後で声が聞こえた。


「篁様、またこんなところで油を売っていたのですか。閻魔大王が仕事しろって怒っていますよ」

 さっきのおじさんが着物姿の女の人に怒られているところだった。


 おじさんも大変だね。

 ぼくはそう思いながら、ドアの向こうで待っている新しい人生への一歩を踏み出した。

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