ボクの仮面ライダー再スタート
土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)
全1話 戒厳令下の仮面ライダー
「お前はクビだ!」
ボクはもう仮面ライダーをクビだとボスが言うのだ。
「あれほど喋るなと言ったのに!」
「でも、ファンの子供が一生懸命話しかけてくれたんですよ! 一言挨拶くらいしないと失礼じゃないですか!」
「日本の子供に『仮面ライダーが日本語を話せない』とバレて夢を壊す方が問題だ! その子供の親から『子供の夢を壊された!』と苦情が来たんだぞ!」
ココは東南アジア某国。ボクは本職はスタントマンだが、今はスーツアクターとして、この国でも大人気の仮面ライダーのヒーローショーの「中の人」をやっていた。
出演後、ステージ裏で日本人の駐在員の子供がキラキラと瞳を輝かせて話しかけてきたのだ。何を言ってるか全くわからないないが、よっぽど仮面ライダーが好きなんだろうなということはわかった。ファンの期待に応えてこそプロではないだろうか。
「心外です。ボクはお客様を迎える日本の挨拶を完璧な発音とイントネーションで言ったのですよ」
「わかった。じゃあ聞くがお前は一体何と挨拶したのだ」
「ヘイ! ラッシャイ!」
「このバカもん! 仮面ライダーは寿司屋じゃないんだ! いくらアクションがうまくても、お前みたいなアタマの悪いバカはクビだ!」
「そんな〜!」
こうしてボクはヒーローである仮面ライダーをクビになり、ただのスタントマン生活に逆戻りになった。ヒーローショーに呼ばれてもその他大勢の戦闘員の役しか回ってこなかった。
その数年後。
ボクの国でクーデターが起こった。首相が外遊中に軍が無血クーデターを起こして、一晩あけたら民主主義はなくなり、軍事政権となってしまったのだ。
戒厳令、深夜外出禁止令も発令されて、首都の大通りのあちこちに陸軍の装甲車などの軍用車両や完全武装した兵士たちが屹立していた。
来月仮面ライダーショーがある予定だったが、こんな情勢ではヒーローショーどころではない。しばらくは暇になると思った。
クーデターが起きて一週間ほどたった頃、ボスから直接ボクに電話がかかってきた。
「元気か?」
「元気ですよ。珍しい。どうした風の吹き回しです?」
「お前、体調は万全か?」
「もちろん。どうしたんですか?」
「お前、もう一度仮面ライダーをやる気はないか?」
「ええっ! 本当ですか! でもこんな事態じゃ、ヒーローショーどころではないでしょう?」
「ばっかやろう! こんなときだからこそ、ヒーローショーをやるんだよ! この国は仮面ライダーショーができるほど平和だって国民にも世界にもアピールする良い機会なんだ。オレはやるぞ! お前も手伝え!」
「来月のショーですか?」
「いや、来週だ」
「マジですか! このご時世にそんな急にステージを借りたり人を集めたりできるんすか?」
「聞いて驚け! ステージはなあ、あの大通りの真ん中で偉そうに居座っている装甲車の前だ! ゲリラライブをやるんだよ!」
「ボス、アンタ馬鹿ですか! そんなところで仮面ライダーショーをやれるはずないでしょうが!」
「たしかにもの凄くリスクはあるぞ。相手は武装した軍隊だ。だが仮面ライダーが、装甲車やただの人間の兵士ごときを怖がってどうする! 仮面ライダーはスーパーヒーローだぞ! お前は子供の夢を壊す気か!」
その言葉を聞いた瞬間、ボクの中でなにかのスイッチが入った。仮面ライダーはスーパーヒーローだ。ただの軍隊に負けるはずもない。子供の夢を守るためだと? ならば面白い、やってみようじゃないか。今度こそ子供の夢を守ってみせるぞ!
「ボス、是非やりましょう!」
「おう! 軍事政権の鼻を明かしてやろう! このゲリラライブが成功したら、来月の仮面ライダーショーでも主役を頼むぞ!」
「もちろん!」
こうしてボクは再び仮面ライダーとしてのキャリアをスタートすることになった。
大通りに居座った装甲車と完全武装の兵士が見えた。
「よし、みんな行くぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
ハイエースから飛び出したボクたちゲリラライブチームは装甲車の前まで全力で走って行った。
何事かと目を丸くした兵士たちが慌てて銃を構えるのが見えたが、彼らの上官が直ちに銃口を下げさせた。コレでいきなり銃殺される心配はなくなった。
道を行く人たちが足を止めてボクらを見ている。ボスが呼んだテレビクルーの撮影も始まった。
「ガハハハハ! チカラこそ正義だ! 我らの科学力でこの世界を全て支配するのだあ!」
「「「「イ゛ーッ!」」」」
怪人役の着ぐるみの中の人はボスだ。いつになくノリノリだ。戦闘員役のバイトの男の子たちも元気いっぱいにポーズをとった。
「世界の平和と正義を守るため! 仮面ライダーがお前たちの野望を打ち砕く!」
「生意気な。貴様ごときに何ができる! お前たちやってしまえ!」
「「「「イ゛ーッ!」」」」
「とう!」
ボクたちは装甲車と武装兵士の前の路上で全力の戦闘パフォーマンスを繰り広げた。
「ライダーキーック!」
「ぐわああああ!」
ボクがジャンプして蹴りを繰り出すとボスの怪人が自分から後ろに吹き飛んで倒れた。テレビとは違ってライダーショーでは怪人は爆発しない。ボスは起き上がると捨て台詞を吐く!
「くそっ! 覚えていろよ! 撤退だ!」
「「「「イ゛ーッ!」」」」
ボスの怪人とバイトの戦闘員たちが慌ただしく逃げ去った。そこでボクの決めゼリフと決めポーズだ。
「仮面ライダーがいる限り、悪に世界を支配はさせん!」
おおおおおおおおおおー!
👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏
パフォーマンスを見ていた通行人だけでなく、装甲車の前にいた兵士たちからも声援が飛び、拍手の嵐が起こった。
ボクは帰ってきた。
路上だけど、再び仮面ライダーとしてヒーローショーのステージに帰ってきたのだ。
「見事だったよ。仮面ライダー」
兵士たちの上官が拍手をしながら近づいてきた。ボクはうなずいて感謝の意を示した。
「ありがとうございます」
「でも、規則は規則だからな。仮面ライダー、キミを現行犯で逮捕する」
「へ?」
「では、警官隊の諸君。後は任せた。仮面ライダーくんを丁寧に所轄署にお連れしたまえ」
「「「「はっ!」」」」
「ちょっと待ってください! いったいボクはナンの罪で逮捕されるというのですか! クーデター政権に抵抗したからというのですか!」
「それは私が説明しよう」
警官隊の代表が一歩前に出てきた。
「そんな大袈裟なモノではないよ。ゲリラライブだよねえ、これは。キミたちココで路上パフォーマンスをするという興行の許可をとってないでしょ? それってはっきり言ってクーデターと全く関係なくても違法行為だからね」
「あっ」
言われてみればその通りだ。
「待ってください。ボクはこのライブの代表じゃないです。代表はさっきの怪人をやっていたボスの方です!」
「そうは言ってもみんな仮面ライダーにやっつけられて逃げてしまったからねえ。関係者は、君しか残っていないんだよ」
ハメられた! ボスの奴ボクに罪をひっかぶせて逃げやがった。
「じゃあ、このテレビクルーはどうなんです? さっきから一部始終を撮影していたので共犯ですよ!」
それを聞いたカメラを担いだ男が反論する。
「わたしたちもこの時間にココにくればすごく面白いモノが見られるぞとの匿名の電話があったからダメ元で来ただけだ。キミたちのパフォーマンスのことはココに来てはじめて知ったんだよ」
「そんなあ」
「キミもついてないよね。気の毒とは思うけれどコレは誰かが責任を取らなきゃいけないからね。では改めて仮面ライダー! お前を無許可で路上パフォーマンス興行を行なった現行犯で逮捕する!」
なんてこった。
ボクは仮面ライダーのスーツのまま警察に逮捕されてしまった。もちろん生まれて初めての逮捕だ。
手に装着したコスチュームのグローブが大きくて手錠が使えないので、前の方に腕を伸ばした状態で手首を緩く縛られて、ボクは警察の護送車に乗せられた。
その一部始終をテレビクルーが撮影して、ときどき写真も撮られながら、警察署まで連れて行かれた。
警察署に着いたボクは生活安全課のデスクで担当警官の前に座らされた。
「ボクはこのまま留置所に収監されるのでしょうか?」
「そんなことしないよ。ココで写真を撮って始末書にサインをして反則金を払うだけでいいよ」
「そうなんですね。じゃあ仮面ライダーのマスクを外しますね」
「ああ、そのままそのまま」
「ええ?」
「マスクは外さなくていいから。キミもわざわざ自分から罪をかぶる必要はないよ」
「どういうことですか?」
「コレはキミ個人がやらかしたことじゃないんでしょ?」
「ええ、まあそうですが」
「じゃあ、逮捕されたのはキミ個人じゃなくて『仮面ライダー』ということでいいじゃないか。始末書のサインも『仮面ライダー』と書いておくれ」
「そんな適当でいいんですか?」
「いいんだよ。じゃあ始末書はもうできているからココにサインをよろしく」
「随分と準備が良いんですね」
「こんなのはフォーマットが決まっているからね。日時と場所と無許可パフォーマンスを行なった者の名前さえ埋めたら後はサインで完成だよ」
「あ、ホントだ」
ボクは仮面ライダーの姿のまま『仮面ライダー』と警察の始末書にサインをした。その様子もテレビクルーが撮影している。
「仮面ライダーが逮捕されただなんて子供たちの夢を壊すんじゃないですか?」
「そんな事はないぞ。たとえ仮面ライダーであろうが、悪いことをしたら怒られるんだと言う教育的効果も得られるだろう。そして、やんちゃの子供たちには仮面ライダーも失敗するんだって、きっと親近感を持ってもらえると思うよ」
「そういうものですかね」
「はい、お金」
担当の警察官がボクにお金をくれた。
「チップですか? ありがとうございます」
「何が悲しくて本官がキミにチップを払わなきゃならんのだ。コレは撮影のためだ。仮面ライダーもちゃんと反則金を払いましたよってポーズを見せておかないと後がまずいじゃないか。そのお金は本官のだから、早く返しておくれよ」
「ああ、はい」
ボクは受け取ったばかりのお金を慌てて担当警察官に返した。
「はい、じゃあ反則金ももらったことだし、コレで終わり。テレビ局のみなさんもお疲れさん」
「「「「お疲れさま!」」」」
テレビクルーたちは撮影を終わらせて帰って行った。
でもボクはどうしたらいいんだろう。
「キミも帰っていいんだぞ。着替えは隣の部屋だ。はやく着替えて帰った、帰った。野次馬も来ているから念のために裏口から帰るんだな」
「ああ、どうも」
指示された隣の部屋の中に入ると驚いたことにボク自身の服の着替えが置かれていた。これは一体どういうことだ? 僕は言われたままに、着替えて警察署の裏口から抜け出した。
「よう! お疲れ!」
裏口では、怪人の着ぐるみを脱いで普通のサラリーマンの格好のボスが待ち構えていた。
「ボス、ひどいじゃないですか! ボクを見捨てて逃げるだなんて!」
「おう、悪いな! でも怪人や戦闘員が逮捕されても、ニュースとしてのインパクトが弱いだろうが。やはり仮面ライダーが逮捕されるからこそ話題のニュースになるって言うもんだ」
「一体全体どういうことなんですか? 説明してください!」
「わかったよ、このゲリラライブのパフォーマンスも、その後で仮面ライダーが逮捕されるというところまで、全部が来月の仮面ライダーショーの販促の宣伝なんだよ」
「なんですって! ボクをまた仮面ライダーに抜擢したのも・・・・・・」
「いやあ、逮捕される役だなんて言ったら、誰もスーツアクターやってくれなくてねぇ。そこでキレキレのアクションもできてお調子者のお前のコトを思い出したのさ」
「だからってボクを警察に逮捕させるなんてひどいじゃないですか。あの警官さんが、穏便に済ませてくれたからいいようなものの」
「でも、今回の仮面ライダーの逮捕ってのは全部ヤ・ラ・セなんだよ。軍人も警官もテレビクルーもホンモノだけどみんなグルなのさ」
「なんだって! じゃあボクは最初から騙されていたんですか!」
「別に騙してなんかいないじゃないか本当に仮面ライダーに復帰できたんだから。民主政権だろうが、軍事政権だろうが、オレたちも食って行かなきゃならないからな」
「それはそうですけども」
「それに何より、仮面ライダーのファンの子供たちの期待を裏切って、仮面ライダーショーをキャンセルするわけにいかないじゃないか。みんなで幸せになろうぜ!」
「もう、わかりましたよ!」
「おかげでいい絵が撮れたよ。今夜のテレビのニュース番組で『仮面ライダーゲリラライブで逮捕される!』のニュースが流れるぞ。明日の朝刊の一面にも逮捕されて始末書を書く仮面ライダーの写真が載る予定だ! ニュースを見た人が問い合わせてくれれば来月のライダーショーを予定通りにやることも告知できるし、本番では、一体どんなショーを見せてくれるんだろうと言う期待も高まるじゃないか。いいコトずくめだ」
「来月の仮面ライダーショーの主役は僕に任せてくれるんでしょうね?」
「いいとも。約束だからな。もちろん今回の仮面ライダーの逮捕がヤラセだと言うコトだけは秘密にしてくれよ」
「もちろんです」
したたかなボスの宣伝が行を奏して翌月の仮面ライダーショーはクーデター直後で戒厳令中ではあったが、連日大入り満員であった。主役の仮面ライダーのスーツアクターはもちろんボクだった。
ボクの仮面ライダーとしてのキャリアの再スタートは初日から警察に逮捕というとんでもないオマケがついたけれど、あのゲリラライブがきっかけでボスに気に入られたボクはそれ以降も長く仮面ライダーのスーツアクターを務めた。
ボクの家には記念すべき仮面ライダーのキャリア再スタートの日の、仮面ライダーがポーズを決めた写真と警察署で始末書にサインしている写真の二枚が大きく引き延ばされて飾られている。
ボクの仮面ライダー再スタート 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori
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