彼と私と愛の始点

鋏池 穏美

彼と私と愛と始点


 彼が死んでしまった。


 何度やり直しても、彼の死は確定事項のように繰り返す。


 何度も何度も繰り返し、刻まれていく彼の死の軌跡。


 始まりはいつだっただろうか。何度前だっただろうか。長い長い、狂ってしまいそうな程の長い時間、彼の死までの道程を共に歩み続けた。


 そう、あれは彼と私がゆっくりと愛を育み、社会人となったその日だ。彼も私も引っ込み思案だったので、お互いの気持ちを打ち明けることもなく、社会人としての歩みを始めたあの日。


 私は勇気を振り絞って彼に思いを伝えたのだ。「ずっと愛していました」と。


 新社会人。新しい生活のスタート地点。そんな区切りのタイミングが私の背中を押したのだろう。心臓がはち切れそうだった。言葉が上手く出ずに「ずっと愛していました」の短い言葉を紡ぐのに、どれほど時間がかかったことだろうか。


 だけど、そんな私たちを悲劇が襲う。


 彼が死んだのだ。


 私の目の前で心臓にナイフを突き立てられ、苦悶の表情で崩れ落ちる彼。それと同時、私の眼前の景色がぐにゃりと歪む。


 戻ったのだ。何故そうなったのか、いったいこの現象はなんなのかは全く分からないが、とにかく私は。気付けば私は、彼と私の物語がスタートした小学一年の春へと戻っていた。


 昼休み、校庭を走り回っていた私は転んでしまい、膝から血を流して泣いていた。そんな私に「大丈夫?」と優しく声をかけ、保健室まで一緒に来てくれたのが彼だ。


 初恋だった。当時の私には恋というものはよく分からなかったが、心臓の鼓動が高鳴り、顔が熱くなったのを覚えている。


 それから彼と私はずっと一緒だった。小学校を卒業し、中学、高校も同じ。彼が他県の大学に行くと知った時も、一生懸命勉強して同じ大学へと進学した。同じサークルに所属し、彼と一緒に過ごせるキャンパスライフを心から楽しんだ。


 そんな夢のような日々が過ぎ去り、晴れて社会人となった直後に……、


 彼は死んだのだ。


 過去に戻った私は、だと考えた。過去に戻る力を私に与え、彼の死を回避して結ばれるスタートなのだと。


 だけどその考えは甘かったのだと思い知る。やり直しの二週目。のだ。二週目も彼は私の目の前で苦悶の表情を浮かべて息絶えた。それと同時、ぐにゃりと歪む私の視界。


 そこからは地獄のような毎日を繰り返す。やり直してもやり直しても彼が死ぬのだ。そのうえ、大学四年、三年、二年と、やり直す度に彼が死ぬタイミングが早まっていく。

 どれだけやり直しても、彼と私の結ばれる穏やかな未来に到達できない。


 前回の彼の死は、彼と私が高校を卒業する日に起きた。このままどんどんと早まっていったら、どうなってしまうのだろうか。早く、早くこの地獄の連鎖から抜け出したい。彼と共に歩む穏やかな未来をスタートさせたい。


 そんな思いから私は、高校三年生へと学年が上がったタイミングで彼に想いを伝えた。「 」と。


 早く、一刻も早くこの先の人生を彼と共に歩みたい。そんな想いが私の告白のタイミングを、過去を繰り返す度に早めたのだろう。


 みるみる曇っていく彼の表情。


 付きまとうなって言っただろと、酷い言葉を投げかけてくる彼の口。


 希望大学まで俺と一緒にしたんだって? と、侮蔑の表情で私を見る彼の顔。


 こんなものまで送ってきやがってと、私が彼に送り続けた愛の手紙をばさばさと投げつけられる。彼と私がゆっくり愛を育んできた証。彼の起床から就寝までを綴った愛の結晶。そんな私の愛の全てを投げつけた彼が、一層の侮蔑の表情で私を見る。


 そんな彼の表情を見ながら、私は彼の心臓にナイフを突き立てる。


 私の愛した彼は、そんな酷い言葉を言わない。


 私の愛した彼は、そんな怖い表情で私を見ない。


 私を愛する彼は、また姿を現さなかった。


 引っ込み思案な彼だから、何度やり直してでも必ず引きずり出してみせる。


 つきまとい、観察し、何度でも何度でも、


 苦悶の表情を浮かべた彼が恨めしそうに見てくるので、私はいつものように彼にこう伝えるのだ。


「さあ、また私とあなたの愛の物語のスタート地点へ戻りましょう」


 と。




(了/再)


 



 

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