スーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君

北 流亡

究極モード・スタート

 朝倉要あさくらかなめの眠気はスマートフォンを見た瞬間に吹き飛んだ。


 美優みゆとの待ち合わせ時間は10:00、スマートフォンの液晶に映し出されている時間は——10:07。そして通知欄に残る、山のような着信、着信、着信。


 要はパジャマの上下を同時に脱ぐ。全身に制汗スプレーをまとい、下着を脱ぎながら洗面所に走る。ヘアワックスを無造作に掬い、無造作に塗ったくると、歯磨きを右手でしながら、左手で顔面に水をかけた。髭剃りは諦めた。代わりにマスクを着用する。ここまで1分。スマホは鳴り続けている。


 クローゼットに腕を突っ込み、最初に触れたジーンズとTシャツを取り出す。コーディネートを気にしてる余裕は無い。服を引っ張る動きでそのまま袖を通しながらジャンプをして、着地と同時にジーンズを履く。


 香水を前方に噴霧し、早足でくぐる。スマホは鳴り続けている。

 玄関に向かいながら一瞬だけ振り返る。かなりのゴミが散乱していて、あちこちに埃が堆積している。デートの後に美優を連れ込もうと思っているが、あまりにも汚すぎる気がした。美優との付き合いはかれこれ2年くらいになるが、さすがにこれは幻滅されてもしょうがない(まずは遅刻の怒りを鎮めなければならないのだが)。


 要は少しだけ逡巡したが、そのまま家を出た。妙策を思いついたからだ。


 家の鍵をかけ、駆け足でエレベーターに向かい、20階建てのマンションの13階から地下1階の駐車場まで下る。そのわずかな時間で要はアプリを起動した。相変わらず着信は続いているが、着信ボタンをタップしないよう、慎重に操作する。


『スーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君』


 それが要の起動したアプリの正式名称であり、要の部屋にある掃除機の正式名称である。

 美優に誕生日プレゼントに貰ったもので、スマート掃除機の名の通り、スマートフォンを使って指示を出すことによって自動で部屋を掃除するという代物だ。


「げ、初期設定あるのかよ」


 アプリを開いて最初に見たのは、氏名・生年月日・性別など、パーソナルデータを入力する画面であった。出来る限りの早さで入力する。エレベーターはどんどん下に向かう。駐車場に着くまでに入力を終えたいのだが、焦れば焦るほど入力は思い通りにならなくなる。スクロールがなかなか定まらない。


「へ、部屋の面積ぃ? そんなのまで入力しなきゃいけないのかよ……良いか適当で」


 エレベーターが地下駐車場まで着く。要は早歩きで車に向かいながら入力をする。

 車の鍵を開けて乗り込むタイミングで、ようやく掃除機の操作画面まで辿り着いた。


微弱・普通・強力・究極


 画面には4つのボタンが表示されている。要はコンマ数秒だけ悩んで「究極」をタップした。響きが強そうだからだ。


『掃除を開始します。この設定でよろしければスタートボタンをタップしてください』


 要に迷いはなかった。「スタート」と表示されたタイミングとそれをタップしたタイミングはほぼ一緒だ。


 要は車のエンジンをかける。周囲に気を配りつつ、出来る限り急いで駐車場から外に出る。


『次のニュースです。6月に発売された北芝電機のスマート掃除機に関し——』


 車の起動と同時にカーラジオが喋り出す。それを遮るようにスマートフォンが鳴った。要はスピーカーモードにして今度こそ着信ボタンをタップした。


「ごめん美優! もうすぐ着——」

「要!? 生きてる!? 大丈夫!?」


 ほぼ絶叫であった。音が割れるほどの大声に、要は思わずのけ反った。


「なんだよ、ちょっと寝坊し——」

「要! 今すぐ掃除機を破壊して!」


 美優は涙声になっていた。要は呆気に取られる。


「掃除機ってあのスーパーひとし君みたいな名前のやつだろ? なんで壊さなくちゃいけないんだよ。美優が選んでくれたのに」

「スーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君よ……まさか起動してないよね?」

「さっき起動したばかりだよ。今頃は俺の部屋をピカピカにしてるはずだ」


 何か、硬いものに当たるような音が聞こえた。何故か要の脳裏にうずくまって頭を抱える美優の姿が浮かんだ。終わった。美優の呟きがかすかに聞こえた。


「おい美優!? どうした美優!?」

「要……逃げて……」

「逃げる? いったい何から逃げろってんだよ」


 要はやや強めにアクセルを踏んだ。まばらに走る車の間を縫うように進んでいく。ふと、背後から聞き慣れない音が聞こえてきた。何かが崩れるような、吸い込まれるような。

 要はバックミラーを覗いて驚愕する。思わず振り返り肉眼でもう一度見る。見間違えでは、なかった。


「え……?」


 要は絶句した。

 2分前までそこにあったはずの20階建のマンションが消え失せていた。要が混乱している間に、隣のマンションが塵になり、消えた。


 マンションがあった場所が、一瞬で更地になった。そこに唯一佇んでいたのはスーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君であった。光る目が、要の視線と交差する。

 スーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君は音を凌駕する速度で要に向かってきた。


「ひ……ひいいいい!」









『北芝電機から販売されているスマート掃除機のスーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君に、究極モードで起動すると周囲の物を無差別にする欠陥があると発表されました。もしスーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君をお持ちの方は、起動せずにメーカーにお問い合わせください。お問い合わせ先は——』

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スーパーウルトラミラクルサンダーファイヤーエキセントリックエメラルドフロウジョンスマート全自動掃除機ましろ君 北 流亡 @gauge71almi

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