青春を卒業しそうな真夜中

青空野光

午前4時

『久しぶり』

「……電話番号、よくわかったね」


 高校の卒業式の日に別れて以来、たったの一度も連絡を取り合っていなかった彼女から急に電話が掛かってきたのは、夜もまだ明け切ぬ真夜中の時間帯のことだった。


『もう三年くらいになる?』

「……と、二十九日かな」

『そういう細かいところとか、なんにも変わってないね』


 大学進学を機に地元から離れ新しい友達もたくさん出来た。都会人に紛れるためにおしゃれも覚えたし、今や行きつけのアルコールの店すらある。ただ、彼女が言う通り、本質的な部分で僕は何も変わっていなかった。いや。変わることが出来ないでいたと言った方がより正しいのかもしれない。


「君は? 君は何か変わった?」


 口に出してしまってから『なんてくだらないことを聞いてしまったんだろう』と、自らの愚かさを心から悔やむ。もし彼女があの頃と変わっていなければ、彼女は今でも僕の側に居てくれていたはずなのだ。そんなことは、とうの昔に判り切っていることなのに。


『……私も』

「え?」

『私もなにも変わってないよ。あの日、高校の卒業式の前の日にあなたと最後にあった、あの日から。私はなにも変わってないよ』

「だったら。だったらなぜ。なぜ君は、僕に電話を掛けてきたの?」


 そこで会話はプツリ途切れる。

 沈黙が重くかかる中、右耳に当てたスマートフォンの受話口から緊急車両のサイレンの音がドップラー効果を伴いながら聞こえてきた。時を同じくして左耳にも全く同じ音が飛び込んでくる。僕は急いで立ち上がると、ワンルームマンションの短い廊下を全力で駆け抜け、スチール製の重い玄関ドアを押すと外に飛び出す。


 果たしてそこには、三年と二十九日前に高校の正門の脇にある桜の木の下で見た時と同じ姿形をした彼女がいた。髪をハーフアップで纏め、少しだけ首をかしげながら涙と笑顔を浮かべる彼女た彼女は、その桜色の薄い唇をおもむろに開くと、こう言ったのだった。


「久しぶり」

「うん。部屋、よくわかったね」


 今になって考えると、まさにこの瞬間こそが僕たちのスタート地点だったように思う。

 甘くて切なく悲しかった青春という名の夜が明けると、僕と彼女がこれから新たに歩む道が目の前に照らし出される。それはどこまでも果てしなく続いており、まるで終わりが無いようにすら見えた。

 道がどこへと伸びているのかはわからない。それでも、僕たちは地平線の彼方から昇りつつある黎明の朝日を目指し、その記念すべき第一歩を同時に踏み出す。


「ただいま」

「うん。おかえり」


 今度こそ立ち止まることなく互いに手と手を取り合いながら進めば、答えはきっとその先で見つけることが出来るはずだと、そう信じて。

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青春を卒業しそうな真夜中 青空野光 @aozorano

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