読者選考期間がスタートしました
烏川 ハル
悪夢
「田中、大丈夫か……?」
昼休みに大学の食堂で見かけた友人は、僕が思わず心配してしまうほど、悲壮な表情を浮かべていた。
いつもの田中ならば普通に定食メニューなのに、今日はきつねうどんが一杯だけ。それもほとんど箸をつけていない。まるで「食事も喉を通らない」という有様だ。
食事の代わりに彼がしているのは、スマホの画面をジッと見つめること。
横からチラリと覗き込めば、小説投稿サイトのページらしい。
「ああ、いつものやつか……」
と納得の言葉が僕の口から出かけるけれど、途中で止まってしまう。
ハタと気付いたのだ。それはおかしい、と。
田中の趣味の一つは素人小説の執筆や投稿で、彼が使っている小説投稿サイトでは毎年、大きなイベントが行われている。「発表されたテーマに従って即興で小説を書いて投稿する」というイベントであり、そのお題発表が十二時だから、昼休みに食事しながらそれを確認。
そんな田中の姿は以前も目にしており、だから僕は納得しかけたのだが……。
そのイベントが行われる時期は、例年ならば1ヶ月以上も先。だから今の田中の苦悩とは無関係のはず、と理解したのだ。
「ああ、うん。例の小説投稿サイトだ。この時期は大きなコンテストが開催されていてな……」
田中の説明によると、1万人以上が応募する巨大なコンテストであり、その最大の特徴は、選考方法として読者選考が採用されていること。
ただし読者の判断だけで受賞者が決まるわけではなく、その方式なのは「中間選考」なるものに過ぎず、最終結果はコンテスト運営側の判断で決定されるという。
「要するに予選みたいなものか? その『読者選考』ってやつは」
「まあ、そんな感じだな。それの応募期間が終わって読者選考だけとなるスタートが今日2月1日で、でも俺の応募作品はいまだに星評価0……」
田中の声が、だんだん小さくなる。まるで認めたくない現実を口にしたくないかのように。
「……という夢を見たんだ。ついさっき授業中に居眠りしてたら」
「おいおい、夢オチかよ」
僕はその場でズッコケそうになった。
それほど田中の話に聞き入っていたし、彼に感情移入して一緒になって心配していたのだ。
「夢なら良かったじゃないか。そもそも……」
僕は自然に微笑みを浮かべながら、彼の肩をポンと叩く。
「……『今日2月1日』って部分からして、現実とは違うもんな」
ところが田中は、いっそう暗い顔をして、首を横に振っていた。
「そう、そこが大きなポイントなのさ。実際には今日は2月8日、だから今日のお昼に読者選考期間は終わったばかりなんだが……。見てくれよ、これ。現実は悪夢以上で、読者選考期間が終わっても星評価0だったんだ!」
(「読者選考期間がスタートしました」完)
読者選考期間がスタートしました 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★209 エッセイ・ノンフィクション 連載中 298話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます