コレクター

吉越 晶

コレクター

「4〜6kg。これが何の重さを表しているのか知っていますか?」


 渋く、低い男の声が耳に響く。

 その男の質問に、対して椅子に縛られ、口を塞がれた男は、冷や汗を流しながら首を横に振る。


「答えは、成人男性の頭の重さです」


 答え、同時に持っていた傘の取っ手が抜かれる。それは仕込み刀となっており、鞘となった傘から抜く際に、甲高い鉄の擦れる音が響き渡る。


「人間の頭の重さは、その人間の体重のおよそ10%を占めると言われています。50kgの人なら5kg。60kgの人なら6kg、と言った感じに……」


 コツ、コツ、と地面を歩く音が近づいてくる。体中の血の気が引いていき、反射的に体が震えだす。


 足音が、目の前で止まった。


「……しかし、それは良くない。正確な頭の重さが分からないというのは、非常に良くない」


 思いため息が、まるで耳元でされたのではと錯覚してしまうほどに、男の存在を身直に感じる。


「私は、正確な頭の重さを知りたい。……なのに、人は多く、それぞれが多種多様なせいで、それが分からない……」


 仕込み刀を握っている男の手が震え出す。それは、間違いなく迫ってきている死の時間。


「正確な重さが気になって……おかげで私は、日常生活ですらそのことで頭を支配されてしまう!」


 耳に響いた男の大声に、体が震え、股の部分が湿り出す。いつしか縛られている男は、何かに抗うように、くぐもった声をあげている。


しかし、そんな男のことなど意に介さず、大声を上げた男は言葉を続けて―――」


「……これは良くない。だから、決めたのです。自分で確かめようと」


 その声を最後に、縛られていた男の人生は幕を閉じた。



―――――――――――――――



「〝コレクター〟?」


 細密画の描かれた高級絨毯が惹かれた一室。艶のある革椅子に背をかけた、腰まで届く長い金髪と綺麗な碧目を持つ気品ある若い女性が、机に肘をつけながら聞き返す。


 窓についているカーテンや掛け時計にも、絨毯と同じような装飾が施されており、見た者の気を引き締めさせるものとなっている。壁には有名な画家が描いたのであろう絵に、鹿の剥製。金持ちと言ったものを体現したようなその部屋に、黒いスーツ姿で立っている男と、白いドレスで身を包んだ女性の二人がいる。二人は、主人と従者の関係だ。


「はい。例のです」

「………」


 その言葉を聞いた女性は、机に置いてあったコーヒーの入ったコップを人啜りし、一呼吸おいた後、再び口を開いた。


「知っているわよ。聞き返したのは、実在したことに驚いたから」


 〝コレクター〟。裏社会において伝説とされている殺し屋。

 日本刀を携えた白髪の男であり、依頼すればどんなターゲットだろうと必ずその日本刀で首を切り落とすと言われている、最強の殺し屋。話される数々の伝説的エピソードから、裏社会の人間は、彼に尊敬と畏敬の念を抱いている。


 しかし、そのような噂があるにもかかわらず、その男の行方を知る者も、その男と繋がっている者もいない。そのために、誰かが言い出した話が一人歩きして大きくなったのだろうと、都市伝説じみたものとして扱われている。


「複数人説とか日本の漫画ジャパンコミック登場人物キャラクター説とか、色々言われているのを耳にしたことはあるけれど、見つけたなんて言うのは貴方が初めてよ」

「私も、最初に聞いた時は耳を疑いましたが、最近この町で見つかった複数の首無し死体の犯人。その犯人の容姿が、あまりにも都市伝説のものと一致しているのです」

「……場所は分かってるの?」

「はい。常に複数の部下が後を追っています」

「それじゃあ、会いに行きましょうか。その伝説に」


 勢いよく立ち上がった女性はそう言い、部下と共に、自身の屋敷を後にした。



―――――――――――――――



 雨が降り注ぐその下で、たくさんの死者が眠る墓地の中、その一つの墓の前に男は立っていた。


「……ごきげんよう。〝コレクター〟。お墓参りのところ悪いわね」


 スーツ姿の部下がさす傘の下。黒いドレスを身につけ、また黒い帽子を被った女性が後ろから話しかける。この場が墓地であるためか、側から見れば喪に伏しているような雰囲気だ。


「……構わない。知人の墓でもなんでもないからね」


 そう言い、声をかけられた男が振り返る。目に入ったきた男の姿に、女性は少しだけ驚きの表情を浮かべる。


「驚いたわ。貴方、ヨーロッパ人だったのね」


 ベージュのコートに身を包んだ、メガネをかけた白髪の男性。還暦を迎えるであろう見た目にも関わらず、整えられてる髭と180以上はあるだろう背丈が、見る者に威厳を与えている。


日本刀サムライソードを持っているって噂を聞いていたから、てっきり日本人ジャポネだと思っていたわ」

「……日本刀を使うのは、ターゲットの首を綺麗に切り落とすことができるからだ。身分を表すために持っているわけではない」


 「そういうわけじゃないけれど」と心の中で思いつつも、〝コレクター〟と呼んだことを否定しなかったこと、話す内容が都市伝説に足していることから、女性はこの男がコレクターであるのだと確信を深めていく。


「それで、その日本刀サムライソードはどこかしら?見当たらないのだけれど」

「………」


 女性が尋ねると、男はさしていた傘の取って部分を少し引いて見せた。


「なるほど。仕込み刀なのね」

「これならば、街中で警察に捕まることもない。……それで君は?」


 聞き返され、未だ自己紹介をしていなかったことに女性は気づく。


「あら、ごめんなさい。私の名前は、ルナ・エレイゾン。ちょっとした資産家よ。貴方の名前は?」

「〝コレクター〟で結構。そちらの方が聞き慣れている」

「そう。分かったわ」


 〝コレクター〟とはっきり名乗り、伝説に出会えたのだと興奮する一方で、ルナは目の前の男への好奇心を抑えきれずにいた。


「普段からこの国で仕事をしているのかしら?」

「いいや。世界中どこでもだ」

「この町にいる理由は?」

「たまたま訪れただけだよ」

「その仕込み刀を、どうやって国内に持ち運んだのかしら?」

「素晴らしい友人がいる」

「友人?〝コレクター〟に知り合いはいないって聞いたけど」

「所詮は都市伝説だよ」

「なるほどね」


 軽い雑談を交わしながらも、しかし部下からの進言で、ルナは本題へと移っていく。


「……さて〝コレクター〟。歓談はここまでにして、依頼の話へと移させてもらおうかしら」

「……ターゲットは?」

「この男よ」


 ルナが、男に写真を渡す。

 写っているのは、タバコを咥え、金や宝石で彩られた様々な装飾を身につけた白色のスーツを着た小太りの男。派手な見た目と見せている笑みから、何人もの人から恨みを買っているのだろうという印象を与える。


「男の名は、ヌボリ・エレジィ。この街を裏から支配してるギャングのヘッドよ」


 話を聞きながら、男は写真を受け取る。


「こいつのせいで、この街の治安はめちゃくちゃ……。警察のお偉いさんが癒着まみれのせい、ギャングは犯罪し放題。身を守るには金がいるけれど、それも暴力で奪われてしまえばおしまい。中央から離れているからか一向に政府が動く気配もないし……このままじゃ、この街はいずれなくなる」


 力強く言い放ち、拳を握りしめる。そこから伝わってくるのは、怒りの感情だ。


「……見たところ貴方はお金を持っている。わざわざ高い依頼料を払わず、別のところに引っ越したらどうです?」


 男の発言に、握りしめた拳が解かれる。そして、はっきりと男の目を見て、ルナは言った。


「復讐よ。私の父を殺したあいつへの」


 目からは涙が溢れている。にも関わらず表情が怒りに染まっているのは、流れる涙が悲しみではなく、怒りと殺意によって作られているからだろうか。


「……私の父は、正義感の強い人だった。だからこそ、あいつのやっていることを見逃せず、常に止めようと行動を起こしていた」


 ふと、視線を街の方へと向ける。


「あそこは私の故郷であると同時に、父の故郷でもある。……私の父を殺したあいつの手で汚されるなんて、絶対に許せない……!」

「……なるほど」


 気持ちが強くこもっていたのだろう、女性は少しだけ息を切らしている。


 話を聞いた男は、黙ったままルナの下へと近づき、そして言った。


「敵の情報はどこまで把握している?」

「!」


 その言葉は、言うまでもなく依頼を了承した意味を含んでいる。ルナの言葉が胸に響いたのだろうか、表情が変わっていないためそこまではわからない。それでも、ルナにとっては嬉しい一言であるのは間違いなかった。


「……これを」


 涙を拭い、一つの少しだけ厚い封筒を男に渡す。


「この中に、私が持っているあいつの情報が詰まってる。狙い目はおそらく、1週間後に開かれる交流会。警察の所長や市長など、この街のお偉いさんが一堂に会する場所よ」


 聞きながら、男は封筒の中身を出し、確認する。


「この日なら、私も出席するからサポートできる。会場の地図も手に入れているし、これから入念な打ち合わせをして―――」

「必要ない」

「……え?」


 男の発言に、ルナは耳を疑う。しかし、そんな様子など視界に入っていないと言わんばかりに、男は封筒を胸ポケットにしまい、そのまま歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!どこへ向かう気!?」

「こいつのアジトだ。封筒に書いてあったぞ」

「何言ってるの!?アジトにはあいつの部下がたくさんいる!どんなに腕に自信があろうと、自殺行為よ!」

「4時間で肩がつく。連絡を待っていろ」

「ちょっと―――」


しかし、ルナの声に耳を傾けることもなく、男はその場を去っていった。


「……あいつ、正気なの?」

「いかがなさいますか?」

「……部下を何人か送っておきなさい。同行を見守りましょう」

「かしこまりました」

「まあ彼も、自分の無謀さに気づいて連絡してくるでしょ」



―――――――――――――――



 葉巻を口から離し、2cmほど溜まった吸い殻を灰皿に捨てる。その後舌で煙を転がしながら味わい、吐く。


 束の間に訪れる、ヌポリの至福のひととき。


 事務所にある自身の事務室で、高級な革でできた椅子に深々と腰を下ろしながら葉巻を吸うのが、1日を頑張った自分へのご褒美だ。


「……それで」


 再び葉巻を咥え、ゆっくりとヌポリは口を開く。


の方はどうだ?」

「抜かりありません」


 聞かれ、足を開いて立っている部下が答える。


「1週間後の交流会。『狐』に渡す食事にだけ毒を盛る準備はできています。警察所長だけでなく、その場にいる者全員に手を回しているので、失敗することはまずないでしょう」

「そうか……」


 葉巻を離し、再び口の中で煙を味わい、そして吐く。

 しばらくした後、ヌポリの表情がみるみると笑みの深いものへと変わっていく。


「そうか……!やっと……やっとあの『狐』を殺せるのか……!」


 感極まって力が入ったのか、握っていた葉巻を真っ二つに折り曲げる。


「事あるごとにに俺に噛みついてきたあの『狐』を!やっと!この手で!」


 興奮が高まり、勢いよく席を立って、壁を叩きながら言葉を続ける。


「……父親のように無様な最後にしてやる!後悔の中、苦痛に顔を歪ませながら死んでいくあいつの表情が、今から本当に楽しみだ!!」

「遂に、あの親子との因縁に蹴りがつきますね」


 部下に言われ興奮が落ち着いたのか、再び自分の席につき葉巻を咥える。


「……まあな。父親の方は大したことなかったが、娘の方……『狐』は別だ。若くして死んだと聞く母方の血の影響なのかもしれないが、ありゃどう考えても血が繋がってるとは思えねぇ」


 葉巻を離し、伸びた廃柄を捨てる。


「……だが、その『狐』も1週間後には死ぬんだ……。ふふふ、楽しみでしょうがねぇ」


 ヌポリとその部下、二人の笑い声が部屋の中で鳴り響く。

 幸福に絶頂に包まれているのだろうその空間で、しかし二人は、そのを聞き逃さなかった。


「……なんだ?騒がしいな」


 下の階から聞こえてくる喧騒と幾つかの発砲音。何か異常事態が起こっていることは、それらの音からすぐに判断できた。


「ボス!」


 勢いよくドアを開けて、顔を真っ青にした部下が飛び込んでくる。


「どこの奴らだ」


 部下の表情と聞こえてくる銃撃音から、ヌポリはどこか他のギャングが攻めてきたのだと判断する。

 聞かれた質問に対し、部下は慌てて言葉を紡いでいく。


「い、いえ!敵は一人で、背の高いジジイで刀を振って―――」

「おい落ち着け!何言ってんのか分かんねぇよ!」


 机を叩き、部下の動揺を鎮めさせる。


 ヌポリの言葉に落ち着きを多少取り戻した部下は、何回か深呼吸を挟んだ後に、改めて口を開いた。


「敵の数は一人!背の高い老人で、武器は日本刀サムライソードです!」

「………!」


 たどり着いた一つの答えに、ヌポリは、言葉を失う。


 (まさか………いや、そんなはず………)


 あくまで都市伝説。人々が勝手に噂を広げ、出来上がった虚構の現実。

 見ることなど、遭遇することなどないのだからこそ、人々はそれをエンタメとして楽しむ。


「―――ッ!」


 部屋に近づく足音が聞こえ、咄嗟に携帯していた拳銃を部下が構える。


「………」


 あまりにも静かな、心臓の音が聞こえてしまうような緊張の中―――は聞こえた。


「―――え?」


 発砲音と共に、肉の裂ける音が聞こえる。


 見れば部下の一人の手首が、出血と共に変な方向に曲がっている。


「〜〜〜っお!て、たたた!!!!」


 遅れて、痛覚が脳に伝わり痛みを認識。自分の意思とは関係なく、勝手に声が漏れる。


 悶絶し、膝から崩れ落ちた部下を見て、ヌポリともう一人の部下がようやく何が起こったのかを認識する。


(―――撃たれたのか!?)


 敵の姿は見えない。部屋に窓は存在しない。こちらの部屋に向かってくる足音はまだ続いている。ならばどこから、誰が撃ったのか?


 疑問が頭を支配する中、程なくして二度目の発砲音が聞こえる。


「うぎゃぁぁああ!!」


 悲鳴が聞こえ、その方を向けば、もう一人の部下が脇腹を赤く染め上げ倒れている。


 痛みに苦しみ、うめき声にしては大きい部下の声を聞きながら、しかしヌポリは、発砲音と共に聞こえたを聞き漏らさなかった。


(跳弾か……!!)


 小さく欠けている地面や壁の弾痕と、かろうじて聞こえた何かを弾くような音から、ヌポリは答えを導き出す。


 同時に、驚嘆せずにはいられなかった。


(……。部下どもが拳銃を構えた時の音か見当はつかないが、こいつらの出す音を聞いた上で、おおよその立ち位置を把握して!)


 おおよそ、人の技術とは思えない神技。

 その者が出した音から正確な立ち位置を把握することはもちろんの事、ましてや狙って跳弾を当てるなど、フィクションでしか成立しない現象。


 ゆっくりと、しかし確実に大きくなっている足音を聞きながら、ヌポリは確信していた。



 

 伝説は、実在したのだと。




「……よう。〝コレクター〟」

「………」


 現れ、部屋に入ってきた伝説の姿に、冷や汗をかきながらもヌポリは笑って挨拶をしてみせる。


 180を超えている身長に、目立つ白い髪。メガネの奥から見える鋭い眼光と整えられた髭から感じる圧倒的な威圧感。右手には血で染まった日本刀。左には先ほど打ったのだろう拳銃が、銃口が下に向かれて握られている。部下の返り血なのだろうか、茶色いコートはところどころ血で黒く染まっていた。


 何よりも恐ろしいのは、還暦は迎えているだろう年寄りに、追い詰められているというこの事実。


「………音から立ち位置が分かったとしても、部屋の構造や配置されている家具の位置まで予想することは普通できない。だがあんたは当てて見せた。どんな手品だ?」

「……経験だよ。この道が長いもんでね」


 とても信じることなどできないその言葉に、しかし男から感じる覇気とも取れるその雰囲気が、疑いを持たせない説得力を産んでいる。


「……もう一つ聞きたい。誰の依頼だ?」

「答える義理はない」

「……そうか」


 ―――音が響いた。


 弾薬が空気の壁を割いていく、聞いた者の体を硬直させる音。


 一呼吸おき、視線を逸らし、油断を誘ったところをノールックで早撃ちする、ヌポリの得意技。


 今まで何度も追い詰められた状況を、この技で脱し、そして生き残ってきた。


「………クソッ」


 逸らした視線の先。映るのは、血まみれになった自身の手と、地面に落ちた相棒のベレッタM92F。


 

 響いた発砲音は、相手のものだった。



 止まらない汗と痛みに耐えながら、無理やり口を動かしていく。


「……銃口は…下に向いてたはず」

「私が、跳弾を狙って当てられることは気づいていただろう?」

「……何故…右手だと…分かった」

「僅かに右の肘が動いていた」

「………はっ。ジジイなのに…よく見えてんな」


 痛みに耐えきれなくなったのか、ヌポリは崩れ落ちるようにイスへと座り込む。


「………『狐』の…依頼だろ?」

「答える義理はない」

「……そう…かよ」


 死ぬ間際。自身のこれまでの人生と、そしてできなかったことへの後悔を噛み締めながら、しかし、目の前まで迫ってきた男を見上げ、ヌポリは絞り出して言った。


「……まあ、伝説に殺されるんだ。良い土産話になるな」



―――――――――――――――



「驚いた。本当に一人でやるなんて」


 部下を引き連れ、遅れて到着したルナが目の当たりにしたのは、血まみれになったヌポリのアジトと、その本人の首を持って上から降りてきた男の姿。


「一体どうやったの?」

「実力だ」

「あ、そう」


 素っ気ない男の返事に、ルナも同様に返事を返す。


「………」

「何よ?」


 差し出されたヌポリの首に、ルナが不快そうに聞き返す。


「仇なのだろう?」

「……ああ、そうね」


 そう言い、ルナは男から首を受けとる。そして男は首を渡すと、何も言わずにに歩き出した。


「………」

「……どこに行くの?」


 ルナの問いかけに、しかし男は何も答えず外へ歩いていく。


 答える気はないのだと理解した上で、ルナは男の背を見送る。悠々と歩いていく、その伝説の背中に視線を向けて。


「―――今よ」


 唐突に、強烈な爆音が当たりを包み込んだ。

 それはいうまでもなく爆弾が起動したために起こった現象であり、爆心地は男が外に足を踏み出したその場所。


 燃え広がる爆炎を見ながら、ルナは、ヌポリの首を落とし、そして爆発によって広がった火の中へと蹴り飛ばした。


「……良くやったわ」

「ありがとうございます」


 爆発と共に裏から出てきたのは、黒いスーツに身を包んだルナの従者。


「ヌポリは死んだ。念のため、脅威になるかもしれないコレクターも始末した。……これでもう、私の邪魔をする奴はいないわね」


 白く、美しかった顔が歪み始める。

 見せる笑みは、今までのどの表情よりも生き生きとした、紛れもない彼女の本性。


「警察や市長の奴らは弱みと賄賂でどうとでもなるし……これでようやく私がこの街の王になれる……!」


 喜びを噛み締めながら、従者に連れられ裏口から外へと向かう。

 爆炎の広がっている方からは、消防車が出動したのかサイレンの音が聞こえている。


「彼の死体が見れないことだけが悔やまれるけど、まあ良いでしょう」


 目的地は、部下が車を待機している別に道路。

 上機嫌のまま、ルナは鼻歌を歌いながら歩みを進め、夜の闇へと姿を消した。



―――――――――――――――



「………なんで生きてるのよ」


 住宅街の立ち並ぶ場所で車を見つけたルナは、しかし視界に入って来たその惨状を前に、鼻歌を止めた。

 車に乗っていた部下を殺し待っていたのは、ワイシャツにベスト姿となった、片手に日本刀を持った男の姿。


「私のコートは頑丈でね。あの程度なら、すぐに脱出すればどうにかなる」

「身体機能を損なってないことにも言及したいのだけれど、まあいいわ。………どうせここで死ぬのだから!」


 ルナの言葉と共に、住宅街の中から一斉に銃火器を身につけた従者たちが現れる。それらは皆、一様に男の方へと銃口を向けている。


「紛いなりにも、あなたは伝説の殺し屋。一応念のため、サブプランを立てておいたの」

「……『狐』とはお前のことか?」

「え?」


 置かれている状況とは関係のない男の質問に、思わずルナはとぼけた声を出してしまう。しかしすぐさま笑みを深めると、黒幕登場と言わんばかりに、不敵に口を開いた。


「……ええ、そうよ。裏の世界で私は、『狐』と呼ばれているわ」

「……父親は死んでいるのか?」

「!」


 男の質問に、ルナは少し黙った後、まるで思い出したかのように笑った。


「ええ!死んでいるわよ!私が殺したんだもの!私が直接手を下さないよう、ヌポリが始末するよう仕向けてね!」

「……何故?」


 見るものを不快にするような彼女の笑い声に、男は動じず質問を続ける。


「何故って……鬱陶しかったからよ。中途半端でろくに組織を大きくできなかったくせに、いつまで経っても私に継がせようとせず、挙句の果てに説教紛いなことばかり……。本当老害ってダメよね」


 ルナが言い終わると同時に、周りにいた部下も笑いだす。

 嘲笑の声が辺りを包む中、視線だけで敵の従者の配置を理解した男が、呟いた。


「……情報通りだな」

「………え?」


 僅かに聞こえた男の声を聞き返したと同時に、突如、男の足元から煙幕が上がる。


「―――っ!撃て!!」


 数秒遅れて、ルナの掛け声と共に従者が一斉に銃のトリガーを引き、煙幕の上がった場所へと乱射する。


 銃弾によって地面が削れているからか、凄まじい発砲音と共に、土煙が男の煙幕と共に広がっていく。


「くっ……――っ!」


 煙幕に包まれ、視界を守ろうと腕を前に持ってくるやいなや、従者の悲鳴が突如響いた。


(そんな……こんな視界が悪い中でなお、彼は見えているというの!?)


 続く銃撃音と叫び声の中、確実にそれらが自分に近づいていることに気づく。


 先ほどまで激っていた思いが、冷えた汗となって額に滲み出す。


「ソーブ!逃げるわよ!道を作りなさい!!」


 自身のすぐそばにいた従者を呼び、そして腕を掴み引っ張る。


「……?」


 疑問に思ったのは、従者の腕に体重がかかっていなかったこと。


「………」


 ゆっくりと、おそるおそる煙の中から取り出した腕は、体温を感じ取れないものとなっており、肘から先は無いものとなっていた。


「ひっ――――!!!!」


 悲鳴が、突如鳴り響いた爆音でかき消される。

 音の鳴る方を向けば、そこを起点に煙が晴れ出し、同時に血に濡れた日本刀を構えた男が近づいてくる。


「ひゃっ!ひぃぃぃいいい!!」


 逃げようとするも、恐怖で膝が動かず崩れ落ちる。

 コツコツと地面を叩く音が、ルナには死が近づく音のように聞こえる。


「―――っ、まっ、待って!!」


 状況を打破しようと絞り出した言葉は、本能のままでてきた静止の言葉。

 その言葉を受け入れたのか、男の方も足を止める。


 僅かに生まれた猶予を、生き残る道へと繋げるために必死に頭を動かす。


「……す、すごいわね!まさか、あの状況から私の部下全員倒すなんて思わなかったわ!」

「………」

「望みは何!?今の私は、この町で一番の権力者!望むものなら何でも貴方にあげるわよ!」

「………」

「!」


 表情は変わらずとも、男の感情が揺れ動いたのを、ルナは見逃さなかった。


「お、お金!?それとも立場かしら!?何か珍しいお宝が欲しいのなら用意するわ!!そうよ!私と組まない!?そうすれば、どんなものだって!この国だって取れるかも―――」

「………頭」

「?」


 ぼそっと、呟かれた男の言葉に、ルナの声がかき消される。


「……欲しいのは、貴方の頭だ」

「………………は?」


 聞き、そしてようやく、ルナは死が目の前まで迫っていた現実を直視する。


「な、なななな、なにになに―――」

「―――4〜6kg。これが何の重さを表しているのか知っていますか?」

「………?」


 唇が震え、うまく言葉を紡げないルナに対し、重ねるように男が靴を開く。


「答えは、成人男性の頭の重さです」


 喋り出すと共に、再び男の足が動き出す。


「人間の頭の重さは、その人間の体重のおよそ10%を占めると言われています。50kgの人なら5kg。60kgの人なら6kg、と言った感じに……」


 歩み出した足は、ついにルナの目の前へと到達する。

 体が震えすぎたせいか、ついにルナは、呼吸さえも乱れ始めた。


「……しかし、それは良くない。正確な頭の重さが分からないというのは、非常に良くない」


 半ば過呼吸になりかけているルナ。しかし男は、そんなもの視界に入っていないと言わんばかりに、夜空を見上げて続ける。


「私は、正確な頭の重さを知りたい。……なのに、人は多く、それぞれが多種多様なせいで、それが分からない……」


 淡々と話し続ける男に、しかしルナは、呼吸を整えようと必死になり、上手く耳に入ってこない。


「正確な重さが気になって……おかげで私は、日常生活ですらそのことで頭を支配されてしまう!」


 言葉は聞き取れなかったが、突如響いた大きな声に、ルナの体が無意識に跳ねる。


「……これは良くない。だから、決めたのです。自分で確かめようと」


 呆然とした意識の中、その死刑宣告だけは、はっきりとルナの耳に届いた。


「………あ、あんた。あんた一体何なの?」

「?」


 絞り出したか細い声は、疑問の言葉だった。


「い……一体。何のために……こんな、裏社会の人間を殺して………」


 嗚咽し、唾を詰まらせながらも必死に言葉を紡いだルナの質問に、男は変わらぬ口調で答える。


「答える義理はない」


 振るわれた日本刀を最後に、ルナの頭に今までの人生が走馬灯のように流れ出す。


 その中でも一際輝いていたのは、軽蔑していた父の言葉。



『―――ルナ。この世界で生きるのなら、決して相手にしてはいけない男がいる。俺たち裏の住人が好き勝手できないよう、抑止力として各国の政府が雇っている本物のシリアスキラー。合法的に殺しをし、自身の知識欲を満たすためだけに刃を振るう、正真正銘の化物モンスター。………誰が呼んだか、その男はこう呼ばれている―――』




 ―――コレクター、と。




「……貴方の死因は、頭が魅力的だったことだ」


 刀についた血を拭き取り、そこに転がった女性の頭を持って、男はサイレンの音を背に闇の中へと消えてった。



―――――――――――――――



 朝のラジオを聴きながら、男は机に並べられた朝食のパンを口に運ぶ。

 先日の殺し合いなどまるで覚えていないかのような振る舞いは、彼が伝説であることを裏付けるアクセサリーとなっている。


「………」


 ふと、朝食の横に置いていた携帯が鳴る。

 手に持っていたパンを皿に戻し、そしてカスを吹いた後に携帯び出る。


 聞こえてきたのは、軽快な若い男の声。


『やっほーコレクター!そっちは今頃、朝食ブレイクファストの時間だと思うが、調子はどうだい?』

「……問題ない」


 コーヒーを少量啜って、男は返答する。


『オッケーそれなら良かった!先日はすまないね!ヌポリのやろう、もはやその勢力を中央にまで伸ばしていてよ。あんたが出張らないと行けない状況だったんだ!まあ着いてから1週間で仕事を終えたのは流石に驚いたけどな!」

「お前が資料で見せてくれた、『狐』と出会った。そこで有力な情報を手に入れられた」

『おおーそうかい!だから『狐』のグループも壊滅させたのか!』

「それもあるが……」

『?』


 一呼吸おいたことに、電話の男は声を鳴らす。


「……私の持っていない身長の女性だった。それが何より心を震わせる」

『………ははは!相変わらず気味の悪いやつだな!』


 たまに聞く、嬉しさで震えた男に返答に、電話の男は日常だと言わんばかりに笑いながら言葉を返す。


『オッケーコレクター!そんなあんたに次の依頼だ!玄関の方へ行ってくれ!』


 指示に従い、男は玄関の方へ血向かう。

 すると扉の下に、大きな封筒が落ちていた。

 開い、中を確認すると、出てきたのは写真付きの人物プロフィール。依頼される際に渡される。ターゲットのプロフィールだ。


『次のターゲットは、その日本人ジャポネのギャングだ!向こうではヤクザとか言ったか?』


 プロフィール欄に目を通しながら、男は電話向こうの声に耳を傾ける。


『トウキョウで勢力を急激に伸ばしてるギャングだ!何かと厄介な奴になりそうなんで、まあ早めに摘んでおこうというやつさ!』


 プロフィールを読んでいた男の目が、とある項目でピタっと止まる。


『確か俺の記憶じゃ、2mの東洋人アジアンの頭は持っていなかったよな?あんたがいう疑問にも、打ってつけのターゲットだと思うんだが―――』


 テレビショッピングのコメンテーターのように喋る男の言葉に、男は無言で、笑みだけを浮かべる。


 そしてその無言が、電話の向こうで笑みを浮かべている、無言の肯定であることを、電話の男は理解している。


『―――オーケー!取引成立だ!それじゃあ頼むぜコレクター!世界の平和を守るために!今日もバンバン殺ってくれ!』


 そして男は扉を開ける。茶色いコートを見に纏い、愛刀の傘を片手に携えて。今日も頭を収集コレクトするために。




 〝コレクター〟。それは裏社会で囁かれる伝説の殺し屋。

 日本刀を携えた白髪の男であり、依頼すればどんなターゲットだろうと必ずその日本刀で首を切り落とすと言われている、最強の殺し屋。


 にも関わらず、姿、経歴、その生い立ち全てが不明の謎の存在。故に、その伝説じみた逸話から、今なお都市伝説として、裏社会に語り継がれている。



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