かまきりに関して

ハスノ アカツキ

かまきりに関して

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 ほら、あなたも手を合わせなさい。


 あなたのお父さんはね、小さい頃からとても優しかった。

 お前を泣かすやつは俺が許さん、ってね。私が泣いたら、すぐに駆けつけてくれた。


 あなたの優しいところときらきらした瞳は、お父さんにとってもよく似ているわ。

 あなたのお父さんは、本当に優しくて真っ直ぐな人だった。


 それで、私とお腹の中にいたあなたを守って死んでしまった。


 あれから十年が経つけれど、一日たりともあの日を忘れたことはないわ。

 この左足もね、あの日に失ってしまったの。


 あそこの山、見える?

 ずっと昔に高名な祈祷師がお祓いしたとかいう山で、神聖な場所だから入ってはいけないんですって。


 あの日は山の方がとても騒がしくてね。

 近くからも遠くからも、がさがさと聞き慣れない音に満ちていて、まるでこの土地全体が唸り声をあげているみたいだった。

 おびただしい数の鳥が飛んでいく姿も見たわ。

 今にして思えば、忌まわしいかまきりから生き物たちが逃げる音だったのね。


 恐ろしいことが起こっていると気付いたのは、あいつらの大きな鎌が視界に入ったときだった。

 あまりの大きさに最初は熊かと思ったわ。


 逃げなきゃって、咄嗟に思った。

 何とか致命傷は避けられたけれど、足はやられてしまった。


 普通のかまきりは人を襲ったりしないわ。

 あいつらだけがそうするの。二百年に一度だけ。


 あの人はすぐ異変に気付いて、私を襲うかまきりに体当たりして助けてくれた。


 子どものために逃げろ、って叫んでいた。

 私が振り返らずに逃げたのは、何度もその叫びが聞こえたからかもしれないわね。


 あの人のために。


 あの人のためにあなただけは守らなきゃと言い聞かせて、重い足を引きずりながら走ったわ。


 村でもそこかしこでかまきりに襲われている人がいて、私が家の蔵まで逃げ切れたのも本当に奇跡としか言いようがなかった。

 後から聞いた話だと、外に出ていた人はほとんど亡くなったらしいわ。

 あなたのお父さんもね。


 私ったら、せっかくあなたにお父さんのことを話したかっただけのに、恐い話をしてしまったわね。

 帰りましょうか。

 せっかくだから、夕ごはんはお父さんの好きなおそばにしましょう。


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 泣いてなんかいないぞ。

 はなみず? はんかちを貸してくれるの?

 ありがとう。


 そりゃ、本当は悲しいさ。

 大好きなばばさまが死んじゃったんだから。


 ぼくはばばさまが大好きだし、ばばさまもぼくを可愛がってくれた。

 ばばさまはとても優しいんだよ。世界で一番優しいんだ。


 前にぼくが木から落ちて腕を折ったときも、左足が棒なのに医者のところまで運んでいってくれた。


 ばばさまの左足が棒になった理由を知っている? ばばさまは若いときに、大きなかまきりに襲われたんだ。


 ええと確か、ぼくと同じくらい大きかったらしいよ。うそじゃない、本当にばばさまからそう聞いたんだ。


 あそこの山、見える?

 あの山から大きなかまきりがいっぱい来て、村を襲ったんだって。

 それで、ばばさまとおなかの中のかかさまを守ってじじさまは死んだんだって聞いたよ。


 あんなかまきりがいるから、あの山は危なくて立入禁止なんだ。

 でもね、かまきりがやってくるときは、いやな音がするんだって。

 どんな音かは知らないよ。ばけものだからがおーとか言うんじゃないかな。


 あのね、ぼくは大きくなったらかまきりをやっつけてやるんだ。


 こわくなんかないよ。

 かまきりは何百年かに一度だけしか来ないみたいだし、それに鳴き声が聞こえたら逃げればいいんだよ。


 じじさまとばばさまとかかさまのために、ぼくがやっつけてやるんだ。


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 ねえ、どうだった?

 成功?

 成功したのね!


 ああ、おじいさま。

 やっとこの日が来たのね!


 あれを見て。

 爆撃を終えた軍用機が帰ってくるわ。


 それにしても、すごい煙ね。

 本当に山火事にならないのかしら。

 山への被害が最小限になるように、おじいさまが爆弾を設計してくれたって聞いているけれど。


 あの山は、私が生まれる前から軍の管理下に置かれていて立入禁止だったでしょう?

 それに神聖な山だとかで、人の手が全く入っていないし。


 だから予測だけでどこまで通用するかが問題だって聞いたわ。

 かといって闇雲に爆弾を落とすわけにもいかないし、とりあえず年に一度落とすくらいでちょうどいいんですって。


 まあとにかく初の爆弾投下を祝いましょう。

 山火事になっても消せばいいし。


 失敗したとしても次にかまきりが来るのは数百年後だとか千年後だとか言うじゃない?

 私たちの代は関係ないわよね。


 もし襲ってくるとしても、かまきりが襲う前には鳴き声が聞こえるみたいよ。

 鳴き声が聞こえたら逃げればいいっておじいさまは言っていたわ。


 それに、大きなかまきりって言っても人間の頭くらいの大きさじゃない?

 だって、たかがかまきりよ。

 大きいって言っても、ねえ。


 でも、おじいさまのおばあさまがかまきりのせいで左足を失ったらしいわ。

 もしかして大人の人間くらいあったりして。


 うそうそ、冗談よ。

 いくら何でも、かまきりがそんなに大きいわけないじゃない。

 足を失ったのも、切れ味が鋭いとか凄く速いとか、もしかすると運が悪かっただけかも。


 まあとにかく、無事に成功して良かったわ。

 これでおじいさまも、おじいさまのおばあさまも先祖代々安心するんじゃないかしら。


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 え? この山って入っちゃいけないの?

 ごめんごめん、知らなくてさ。

 今回は見逃してよ。だめ?


 そうだ、知ってる?

 この山って年に一度、爆弾落とすでしょ。


 あの爆弾設計したの、俺のばあちゃんのじいちゃんなんだぜ。

 だから俺の、そーそーそーそふ?

 あれ何回「そ」って言ったっけ?


 とにかく俺の先祖が設計したんだぜ。

 だから今回だけ見逃してくれよ。


 だめ? そもそもなんで立入禁止なの?

 かまきりが襲ってくるなんてただの昔話でしょ。


 え、まさか信じてるの?

 いやいや、あんなのヤマタノオロチとかと一緒だって。数千年前の化け物。


 爆弾落とすのも、ただの行事でしょ。

 金もないのにさ、よくやるよね。


 そんなに言うなら、かまきりが襲ってきたときは俺が助けてやるよ。

 大きいかまきりなんて、俺なら軽く握りつぶしてやるね。踏みつぶしてもいいや。


 そんなに怖がらなくても大丈夫だって。

 それに、かまきりが襲ってくる前って音がするって聞いたぜ。

 そういう警報みたいなのもご先祖様が作ってくれたのかなあ。

 警報だったらピーとかウーとか知らせてくれるでしょ。それが聞こえるまでは安全安全。


 だからさ、今回だけは見逃してよ。ね?


 いい? 本当?

 やった、ありがとう。


 お礼にかまきりが襲ってきたら、絶対庇ってやるよ。襲ってきたらすぐ俺を呼んでくれていいぜ。

 もし本当に襲われたらな。



 それにしても、今日は山が騒がしい気がするな。




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かまきりに関して ハスノ アカツキ @shefiroth7

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