第8話

 帝都は多くの属国を従える主国の首都だ。つまりはこの世界で一番の都会である。

 レンガで整備された太い通りの両脇には細々した商店が並び、人通りも多い。所々小さな荷車で菓子を売る店や軽食を売る屋台なんかも出ていて、祭りのような賑わいだ。

 制服を着た学生同士、男女が手を繋いで歩いている姿もちらほらと見受けられる。

 そんな中、ジェラルドは自分の手を引いて歩くアネッサの背中ばかりを眺めていた。

「アネッサ、ジェラードの屋台だ、なあ、ジェラード食べよう」

「はいはい、あとでね」

 アネッサは大通りから一本折れて、細い路地へと入って行く。どんなところにも日向があれば日陰もある、そこはこの帝都の日陰と呼ぶにふさわしい場所だった。

 道幅は狭く、陽の光は建物に遮られて薄暗い。どこかの店から運び出された壊れたテーブルや樽がそこここに転がっていて、いかにもうらぶれた“裏通り”の風情だ。

 特筆すべきは、その細い通りの両脇に、それぞれ10メートルくらいの間隔をあけてカップルが立っていることだろう。

 男はどれも、身なりの良い若い男だ。着ているものの仕立ては良く、身のこなしの端々に優美な雰囲気があることから、どこぞ小国の王子であろうと思われる。さりとて供の一人も付けずにこんな裏道にいるのだから第二、第三、もっと下って第八、第九なんていう王位継承権から遠い王子か、あるいは放蕩が過ぎて勘当同然の扱いを受けている不良王子か。

 女の方は一見してプロのお姉さんだとわかるような露出の多い衣装を身につけた方々ばかりだ。二人ほど性別不詳な方がいるが、それも水商売女ふうの衣装に厚化粧をした、見た目は間違いなくお姉さんの類。

 つまりガラの悪いカップル、それが等間隔に並んでこちらの様子をうかがっている。おかしいのは、その誰もがニヤニヤと笑ったり体を揺らしたりするばかりで言葉の一言も発せず、一歩も動こうとしないことだろう。これに関してはアネッサから説明が入る。

「NPCトレーナーとその王子たまたちよ」

 ちょっとジェラルドには理解不能な言葉が多すぎるけど。

「え、えぬ?」

「つまり、海パン野郎ね」

「海パン履いてないけど⁉︎」

「気をつけて、NPCの前を通過すると、襲いかかってくるから、バトル開始よ」

「わかるように言ってくれ!」

 アネッサが心底不快そうに眉を寄せる。口の端も引き下げて、完全にジェラルドを見下した表情だ。

「ええ、こんなに丁寧に説明してるのにわかんないの? どんだけ無能なのよ」

「逆だ、俺が何すればいいのかだけを簡潔に話せ!」

「つまりチュートリアルってことね、オッケー任せて」

 アネッサはジェラルドの手を引いてスタスタと歩き出した。一番手前にいたカップルの目の前を通り抜けようとしたその瞬間。

「ちょっとあんた、このあたしに挨拶もなしかい?」

 お姉さんがスタスタと歩み寄ってきて、道を塞いだ。同時に、その彼氏であるちょっとガラの悪い王子がジェラルドに飛び掛かる。

「うわ、な、なに、いきなり!」

 ジェラルドも王子として一応の武術をおさめた身、特に危なげなく飛び退いてかわす。

「アネッサ、これ、どうすればいい!」

「相手を戦闘不能にして! そうしたら経験値が入るから!」

「戦闘不能って、剣も持ってないのに、どうやって!」

「そこはステゴロで!」

「わかった」

 ジェラルド、アドリブは効かないが指示さえあればめっぽう強い。

 再び飛びかかってくる男の動きは直線的だ。それに対してジェラルドは体幹を捻ってしなやかに身を逸らす。

「何っ⁉︎」

 男は拳を振り抜く隙さえ与えてもらえなかった。風切る音よりも早いジェラルドの拳が男の横っ面を抉る。

 腰からの捻りを加えた重たいパンチ。男の体は軽々と吹っ飛ぶ。

 すかさず、次のお姉さんトレーナーが前に出る。

「私の王子たまとバトルよ!」

 アネッサが叫ぶ。

「ジェラルド、きあいでパンチ!」

 ジェラルドの拳が唸る。

 数分後には路地裏にいたすべての王子がノされて転がっていた。

 ジェラルドはそんな中に佇んで、自分の拳を見つめる。

「強く……なったのか、俺は」

 アネッサはそんなジェラルドに駆け寄り、その方をトントンと叩いた。

「お疲れさん、たぶん今ので二つくらいレベル上がったと思うのよね、知らんけど」

 ステータスオープンがないのだから、細かい数値を確認することはできない。だが、レベリングマニアのアネッサは、数値ではなく勘でジェラルドの変化を感じていた。

「なんか、腕とかちょっと逞しくなったみたいに見えるし」

「そ、そうか?」

「でも、こんなノーマル王子たまを倒したぐらいで慢心しちゃダメよ、あなたが倒すべきはSR、SSR王子たまなんだから!」

 アネッサはノされた王子たちを容赦なく踏みつけながら歩き出した。

「さあ、行くわよ、決戦の地へ」

 ジェラルドがその後を追う。

「ご覧、ジェラルド、あれがコンテスト会場よ」

 なるほど、路地の一番奥まったところに小さな掘建小屋が立っている。

「え、あんな小さな建物が?」

「ふふふ、ところが、入ってみたらびっくりなのよ」

 二人は、その掘建小屋へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嫌われ王子の婚約者に転生したのでコレを育成してみます 矢田川怪狸 @masukakinisuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ