第7話
「ああっはっはっはっはっは〜」
朝の顛末をアネッサから聞いたダナは、腹を抱えて大笑いした。
「っていうか、ゲームの中のアネッサがあんな派手なドレスを着ていたのは、ジェラルドのせいだったのね」
「そんな裏設定、知りたくなかったよ……」
二人は今、人気のない空き教室にいる。というのも、アネッサがデートの前に一般科の制服に着替えたがったからである。ダナは面白そうだからついてきただけ。
「で、これからどうすんの? このデートで王子攻略してヒロインに取って代わるつもり?」
ダナの疑問に、アネッサは心底嫌そうに身を震わせながら答えた。
「ちょ、冗談やめて、ないから、絶対ないから」
「ふ〜ん、じゃあ、どうするつもりなのよ」
「王子たまコレクションって、自キャラを3人の中から選べるシステムだったじゃない?」
「うん、そうね」
「っていうことはよ、あと二人ヒロインちゃんがいるってことじゃない?」
「なるほど、あと二人のヒロインのうちどっちかはジェラルドルートに入ってくれるかもって? でも、二人とも私みたいに転生者だったら、その作戦、望み薄くない?」
「だからここでレベル上げなわけよ。ジェラルドをガンガン育成して、性格も矯正して、『お、ゲームのジェラルドとは違うかも』って思ってもらえれば、ワンチャンアリじゃない?」
「アリ! アリだと思う! つまり自分好みの男を育てるってことでしょ」
ダナは大盛り上がり。
「うわ、私もそれやりたい。ちょっと育成用に王子ゲットしてくるわ」
「えっ、ダナ、なんで参加する方向なの⁉︎」
「そんなの、面白そうだからに決まっているじゃない!」
ダナはピューンと教室を飛び出してゆく。取り残されたアネッサは呆然だ。
「ちょっと待ってよ、ヒロインに参加されたら、私めっちゃ不利じゃん……」
だからといって作戦を中止するつもりもないわけで。
「そうね、元があのジェラルドなんだから、ヒロインが育成してきたキャラに勝てるくらいまで育成しなくっちゃ、ヒロインに惚れてもらうなんて無理よね、よし、やってうあろうじゃない」
アネッサは片手を天高く突き上げ、喊声をあげた。
「行くぞ! 打倒ヒロイン! おー!」
その頃ジェラルドは――彼は校門の前でアネッサが来るのをいまや遅しと待ち構えていた。
「はーあ、緊張する、もう一回確認しよ」
ジェラルドがブレザーのポケットから取り出したのは分厚い紙の束だ。
実はこれ、ジェラルドの至らなさを見るに見かねたメアリが書き上げた、デートマニュアルである。
もちろんメアリはアネッサのメイドなのだからジェラルドに助力する義理はない。ないけれど、朝っぱらから花で屋敷を埋め尽くしてみたり、ファッションセンスを疑うようなドレスを送りつけてきたり、ジェラルドの行動はあんまりにもあんまりだ。そこでメアリ、アネッサから聞いた異世界のストーリーとこちらの世界で流行りの舞台とを参考に、デート中の正しい受け答えというものをいくつか書き綴ってジェラルドに渡したわけである。
「なになに、待ち合わせ編、『待ったー?』と言われたら『いいや、俺もきたところだよ』と答えよう。身支度にしろ化粧直しにしろ女性とは男の前に出る準備に時間のかかる生き物である。だから待たされたことを怒ってはいけない、と」
ジェラルド、紙の束から顔を上げて感嘆のため息をつく。
「なるほどなあ、わかりやすい」
ここまで手引きしてもらってデートの一つもできなかったら、それは流石に無能がすぎる。
「これで、今日は一気に告白まで!」
実はジェラルドには野望があった。
この街の公園には小さな鐘楼のレプリカが建てられており、この鐘を鳴らしながらプロポーズすると、二人は幸せな夫婦になれるという伝説がある。
彼は今日、その鐘楼の前でアネッサに告白するつもりなのだ。
ジェラルドは紙束をペラペラとめくりながら呟く。
「これだよ、これ、『思っているだけじゃ伝わらない』、思えば俺の方から愛してるって言ってやったことはなかったからな、ここは、一度きっちりと愛の告白をするべきだろう」
うんうんと深く頷いているジェラルドの背後から、アネッサが声をかけた。
「何してるの?」
「ひゃあああ!」
ガサガサガサっと紙の束をポケットに突っ込むことには成功したが、せっかく覚えこんだその内容は、半分ほど頭の中から吹っ飛んだ。
「遅い!」
照れ隠しに強い声で怒鳴りつければ、アネッサが可愛らしく唇を尖らせる。
「仕方ないじゃん、女は男と違って、色々と支度があるんだから」
「あ、ああ! それ、書いてあったな」
「何の話?」
「いや、何でもない、あー、こほん……俺もいま来たところだ」
違う、ジェラルド、そうじゃない、『待った?』と言われていないのにそれを言っちゃったら、会話が繋がらない。しかし悲しいかな、ジェラルドはアドリブのできない男である。
「さて、行こうか、と、爽やかに手を差し出す」
ここにメアリがいたら、それは『ト書き』だと叱った上に、ト書きについての講釈を垂れてくれただろうに。
しかし、ここにメアリはいない。ジェラルドは迷走するばかりだ。
「美しい姫、どうかあなたをエスコートする栄誉を私めに、と、片膝をつく」
「何ごちゃごちゃ言ってるの? いいから行くよ」
アネッサはごちゃごちゃ言うジェラルドの手をとった。その手の柔らかさに、ジェラルドが「はわわわ」と腰砕ける。
「せ、積極的だな」
「くねくねしないで、ほら、しゃんとして」二人はしっかりと手を繋いで帝都の目抜通りへと向かった。
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