第6話 激闘! 王子たまコンテスト①

 何故にデートの日を金曜日にしたのか――実はきちんとした理由がある。

 王子たまコレクションでは『金曜日はコンテストの日』という設定があるのだ。

 もちろんゲームの中の設定なのだから月曜日にプレイしても火曜日にプレイしてもコンテストイベントは起きるのだが、設定上あくまでも『金曜日はコンテストの日』、コンテストは金曜日に開かれるのだ。

 ちなみに学園は金曜日は午後休の日、イベントとしては放課後デートになるはず……なのだが。

「なんなのよ、このフローラルっ!」

 金曜日の早朝、まだ夜も明けきらぬうちに、バーネット家に大量の花が届けられた。花の多さを表すのに『まるで花屋を丸ごと買い占めたような』というのがあるが、丸ごとどころか花屋三軒ぐらい買い占めたかのような量の多さである。

 花は大邸宅であるバーネット家の玄関に飾られ、各部屋にも飾られ、それでも飾りきれず風呂場にも便所にも使用人たちの暮らす別棟にも庭師の小屋にも、厩にまで飾られてバーネット家全体がフローラルな香りに包まれた。

「フローラル臭い! フローラルもここまでいくと香りの暴力っ!」

 アネッサが悲鳴を上げる。それに応えるメアリは至極冷静だ。

「贈られてきたのは花だけではありませんよ」

 そう言う彼女の腕の中にはドレス用の大きな箱がある。

「今日のデートでこれを着て欲しいそうですよ」

 箱にかけられた大きなリボンからメッセージカードを引き抜いて、メアリはそれを読み上げた。

 アネッサは眉間に皺を寄せて心底嫌そうな顔をする。

「あの王子、放課後デートっていう概念を理解していないわね」

「理解した上でのことかもしれませんよ、とりあえず中を見てみますか?」

 そうして箱を開いた二人は、二人揃って眉間に深い皺を刻んだ。

「これは……ないわぁ」

「ないですね」

 箱から出てきたのは夜会でも滅多に見かけないほどド派手な、フリフリのフリルにギラギラ眩しい金のリボンで飾られた真っ赤なドレスだった。少なくとも街歩きではまず着ないような、見るからに歩きにくそうなデザインも、間違いなく放課後デートを理解していないだろうという代物。

「しかもこれ、ゲームの中のアネッサが着てたドレスなのよね」

 ため息混じりにいうアネッサに、メアリが目を剥いた。

「え、このドレスをですか! ゲームの中のアネッサのファッションセンス、どうなってるんですか!」

「いやいや、言い訳させて、ゲームの中のアネッサは、愛するジェラルドが贈ってくれたドレスだってのが嬉しくて着てただけだと思うのよ、つまりセンスがないのはジェラルド!」

「それでもこれを表に着て行こうってセンスがですよ、どうなってるんですか、ゲームの中のアネッサ!」

「あくまでもセンスが悪いのは“ゲームの中の”アネッサだからね、私はこれを着て街を歩く勇気は流石にないから!」

 その時、家令が来客を告げにきた。早朝からの花束、ドレスの贈り物とくれば、来客はその贈り主しかいない。

「やあ、おはよう、アネッサ、今日は絶好のデート日和だね!」

 そう言いながら入ってきたジェラルドは、ご丁寧にも大きなバラの花束を抱えていた。それはもう、アネッサの神経を逆撫でするほどフローラルな真っ赤なバラ。

「これ以上フローラルを増やすんじゃないわよ!」

 浮かれきったジェラルドの耳には、アネッサの怒りの言葉も届かない。

「お迎えにあがりました、姫」

 ナイトよろしく床に片膝をついてバラの花束を差し出すジェラルドの衣装は、古臭い形のフロックコート、しかも金ボタンの並びはシングルである。コート自体は落ち着いた艶のある上質な黒だが、その下に合わせたベストはバラの花と同じ真紅、タイや小物は金で統一されているという、もう見るからにファッションセンスが壊滅した成金のボンボンスタイルなのだ。

「ちょっと、その格好どうしたの!」

 悲鳴をあげたアネッサは、ジェラルドの背後で制服を持った侍従が必死に身振り手振りしているのに気づいた。

(ん、あれは、制服を着るように誘導してくれってことね)

 アネッサは引き攣る頬を無理やり引き上げて笑顔をつくる。

「わ、わあーめちゃくちゃハイセンスなお洋服ね」

 ジェラルドは得意満面だ。

「せっかくデートだから、お揃い感が欲しいと思ってな。お前も、さっき贈ったドレス、着てみるといい」

「うふふ〜、あれを着て学校へ行く勇気はないかな」

 確かにゲームの中ジェラルドは微妙すぎるファッションセンスの持ち主だった。が、このジェラルド、ゲームの中のジェラルドよりもかなりファッションセンスがやばい。

「ねえ、ジェラルド、学園へ行くのにこの格好はちょっと……風紀委員に怒られると思うのよ」

「大丈夫だろ、お前が言ったんじゃないか、『ゲームの中のジェラルドはこれを着て普通に学園内を歩いていた』って」

「そんなことい……言った、言っちゃったわ!」

 アネッサが頭を抱える。

「ああ〜、私のせいだったわ、これ」

 元々のファッションセンスにも問題はあるが、それが暴走したのは間違いなくアネッサのせいだ。

「仕方ないわね」

 アネッサはキュルンと可愛らしい顔を作ってくねっと体を揺らした。

「ええ〜、アネッサ〜、普通の制服デートしたいなぁ☆」

「制服で街を歩くだけだろ、そんなのの何が楽しいんだ」

「ええ〜、楽しいよぉ? 二人で〜、手を繋いじゃったりとか〜」

「むぶっ⁉︎」

 ジェラルドがおかしな声を出す。

「て、手を繋ぐだと……そんな婚前交渉が許されるのか!」

 もっとすごい婚前交渉をしようとしたくせに、気づかないあたり、ジェラルドも相当浮かれている。

「あ、アイスクリームの屋台で〜、ひとっつだけジェラード買って〜、二人で分けあっことかも楽しいかも〜」

「ぬうっ、いい、それいい!」

「でもなぁ、そんな派手なお洋服着てたら〜、すぐに王子様だってバレちゃうから〜、そういうのできないな〜」

「今すぐ制服に着替えるぞ、おい、制服を用意しろ!」

 ジェラルド、なかなかにチョロい。

「あははは、なんか、朝から無駄に気力使ったわ〜」

 アネッサは虚ろな笑いを浮かべてガックリと肩を落とした。

 兎にも角にも、こうして金曜日の午前中はこうして平和に過ぎていったのだった。

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