第5話 始動! 王子たま育成計画④

 校門に向かって茶髪で、可愛いけれど地味顔の少女が歩いてくる。間違いない、あれがヒロインちゃんだ。

 アネッサは傍に立つジェラルドに小声で聞いた。

「どう、ビビッときたりとか、脳内でリンゴン鐘が鳴ったりしない?」

「いや、全く」

 正直な話、ジェラルドも実際にはビビっていた。もしもアネッサの言うとおりに運命をストーリー通りに動かす『強制力』などというものがあるならば、もしかしてヒロインちゃんなる人物を一目見た瞬間にアネッサへの想いなど消し飛んでしまうのではないかと懸念してはいたのだ。

 しかし、実際にヒロインちゃんを見ても、ジェラルドにはなんの変化も訪れなかった。実にいつも通り、小声で話すために体を寄せてきたアネッサのせいで鼓動は早いし、可愛いひそひそ声のせいで砕けそうになる腰を支えるので精一杯だし、すべてが全くの通常運行である。

「アネッサ、デートの約束、忘れるなよ」

「そっちこそ、ちゃんと台本通りにやりなさいよ」

 二人言葉をかわして、それぞれの立ち位置につく。

 メアリは舞台監督よろしく片手をあげて、キュー出し待機中だ。

「お二人とも、台本は入っておりますか? 行きますよ? キューです!」

 その合図とともに、まずアネッサが動く。彼女は素早くヒロインちゃんに近づくと、彼女にわざとらしく体当たりを食らわせた。

「おっほっほ、あ〜ら、ごめん遊ばせ」

 アネッサの役どころは、もちろん悪役令嬢。本来のフィリップルートでは一般科に通いながらもフィリップに思いを寄せる子爵令嬢がここで登場するはずだったのだが、そのフィリップルートを丸ごと横取りしてしまったのだから誰かが悪役令嬢を演じる必要がある。つまり悪役令嬢の代役である。

 アネッサに突き飛ばされたヒロインちゃんは、「あ〜れ〜」と言って派手にすっころび、水溜りの中にベシャっと転がった。

 ここでアネッサは違和感を覚えた。

(ん? そんなに強く突き飛ばしたつもりはないんだけど?)

 しかし、そんな些細な違和感で、幕の開いた芝居を止めるわけにはいかない。アネッサはさらにセリフを言う。

「あ〜ら、どなたかと思えばジェラルド様に付き纏っている平民の小娘じゃありませんか」

 ヒロインちゃんは明らかに困惑した顔で、さらには、はっきりと呟いた。

「は? ジェラルド? なんで?」

「あなた、もしかして……」

 残念なことに、アネッサが違和感の正体を確かめるよりも早く、ジェラルドが完全棒読み台詞で場に入ってくる。

「ややっ、これはどういうことだ、悪女アネッサ、貴様の仕業だな」

 そのあまりの大根っぷりに、隠れていたメアリが飛び出してくる。

「ストップ、ストップ、ストップでーす!」

 監督モードのメアリは、相手が王子であっても容赦ない。

「ジェラルドくんさあ、何いまの、まさかあれが本気の演技だとか言わないよね?」

「いや、かなり本気だった」

「本気だった、じゃないよ〜、君さあ、貴族ってのは社交界で舐められないように表情とかコントロールするんじゃないの? 演技は得意なはずでしょ?」

「いや、それとこれは違うっていうか……」

「一緒だよ! 何甘えてるの! それでもプロなの!」

「ひぃん」

 そんなやりとりの横で、ヒロインちゃんは呆然としている。

「え、なんでジェラルド? ここで出てくるのはフィリップたんでは?」

 それを聞いたアネッサは、今まで感じていた違和感の正体を確信した。

「まさか、あなたも転生者?」

「も、ってことは、あなたも転生者?」

 アネッサとヒロインと、二人の転生者がここで出会ったわけである。

「んっきゃ〜〜〜〜、やだ、仲間? 仲間ね!」

 テンション爆上がりするヒロインに対して、アネッサは

「やぁああああん、私以外の転生者、初めて会った〜」

 もちろんテンション爆上がりである。

「えー、何ちゃん、何ちゃん?」

「ダナよ、ダナ=ローゼス」

「え〜、よろしくね、ダナちゃん〜、ところで、ジェラルドのこともらってくれない?」

「絶対やだ〜〜〜」

「チッ、ノリと勢いで行けるかと思ったのに」

 行けるわけがない。

 ダナ=ローゼスなるこの転生者、もちろんここがゲームの世界であると認識している。それにちょくちょくネットの『王子たまコレクション』コミュニティに「実際に付き合うとしたらジェラルドだけはないわ〜」と書き込んでいた側なので、そのジェラルドをくれると言われて「はいそうですか」とはならないのである。

「ってかさ、ジェラルドってネットでス○ちゃま王子って言われてた不良物件じゃん」

 この世界、なにしろ王子様が多数いるという世界観だ。ネットでは「そんなに王子ばっかりの世界があってたまるかw」と叩かれてはいたが、実際には絶対的権力を持つ中央国とその周辺に散らばる属国という形で無数の小国が存在している。

 もちろん国の大小や国力の差はあって、そんな中でもジェラルドの国は中央国に連なる主要国ほど大きいわけでなし、かといって国とは名ばかりの弱小国家でもなし。可もなく不可もなく例えていうならば中小企業感覚の『普通の国』である。

 ゲームの中のジェラルドはそれでも自分が王子であることを自慢して歩くようなところがあり、それがちょうど「ボクのパパ、社長なんだぞ!」に似ているところから、このあだ名がつけられたのだ。

「他にも女癖の悪さから『令和の伊藤○』とか、ネタかと思うほどキザなセリフ吐くから『優しさを失った花○くん』とか呼ばれてたじゃない」

 せっかくヒロインという、八人の攻略対象者から選り取り見取りどれでも好きな男を選べる立場に生まれ変わったのに、わざわざそんな不良物件を選ぶわけがない。

 ダナの言い分に、アネッサは激しく同意した。

「全くもってその通りよ。でも、私はヒロインじゃないもん、自分の運命は自分で切り拓かなくっちゃだもん!」

 今度はダナの方が激しく同意して、何度も頷く。

「確かに、このままだとあんた、この王子にやられた挙句、戦闘のたびに召喚されて魔法ぶっ放すだけの端キャラの運命だもんね」

「せっかく好きなゲームの中に生まれ変わったのに、その仕打ちはなくない?」

「めっちゃわかるー、よし、フィリップたんとの出会いを潰されたのは許すわ」

「ありがとう、ダナ!」

「でもあんた、どうすんの? このままだとコレに犯られちゃう運命なんでしょ」

 ダナがチラリとジェラルドを見る。彼は、女子二人の会話の内容は理解できずとも、なんとなく悪口を言われている気配は察しているらしく、正座して、ビクビクオドオドと肩を揺らしていた。

 そんなジェラルドを見て、ダナは呆れ顔だ。

「ねえ、なんかこのジェラルド、キャラ崩壊してない?」

 婚約者として長年『このジェラルド』を見てきたアネッサは、全くもってそうは思わない。

「え、そんなにキャラ崩壊してる?」

「してるじゃない、ジェラルドって俺様設定のはずなのに、なんで正座? 俺様は正座しないでしょ」

「初期設定では俺様だったけどさ、公式が面白がってネタエピソードガンガン追加して、それでキャラ崩壊を起こしたキャラ、それがジェラルドでしょ」

「あー、うん、そうなんだけど、キャラ崩壊の方向性がなんか、違うような……」

 ダナが知るゲーム内のジェラルドは、キャラブレが酷いことでも有名だった。

 ネットでス◯ちゃま王子とのあだ名がついた時には、それを拾うかのように声優なかのひとに元祖ス◯ちゃまの人を起用してみたり、ヒロインちゃんに「悪いな、この馬車四人乗りなんだ」と暴言を吐いてみたり。かと思えば花◯くんに寄せようとしていきなりヒロインを『ベイビー』の呼称で呼んでみたり。

 彼のキャラが安定しないのは、間違いなく調子に乗った運営のせいである。

 だが、そうした運営が調子こいた結果出来上がった、俺様なのか意地悪なのかチャラいのかわからないジェラルドともまた、様子が違うような……。

 その時、ジェラルドが「はい」と手を挙げた。

「あの、約束のデートは?」

 アネッサがガアッと吠える。

「あるわけないでしょ!」

「ヒロインちゃんに惚れなかったのに?」

「もう、それ以前の問題! なんなの、あの棒読み!」

「あれでもまじめにやったつもりなのだが……」

「いや、あれで⁈ これは厳しい演技指導が必要ね……」

 ジェラルドは甘ったれた子犬みたいにキューンと鼻を鳴らしながらアネッサにすり寄る。

「デートじゃなくていいから、頼む、一緒に出かけてくれ、な、な、頼むよ」

 これにはダナもびっくりだ。

「へえ、めっちゃ懐き度高いじゃない」

「ん? 懐き度?」

「そ、懐き度」

 懐き度とはステータス画面を開くと出てくるパラメータのうちの一つである。この数値を上げると王子がヒロインにデレるようになる。

 別名『デレメーター』。

 ちなみにカンストするとデレ大全開のムービーが流れる。

「そういえばデートをせがむのってジェラルドのデレメーターMAX演出だっけ」

 アネッサは考えた。懐き度があるなら、他のパラメータもあるのではないかと。

 思い切って、転生者の小説でよく見かけるアレを叫んでみる。

「ステータスオープン!」

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