第4話 始動! 王子たま育成計画③
翌朝早く、アネッサは学園の一般科の制服を着て、校門前でとある人物を待ち構えていた。
そう、学園である。この世界にはゲームでよく見る、あの“学園”なる教育機関が実在している。理念として『平等』を掲げているけれど実際には貴族の子供達がちょっと威張ってたり優遇されているっていう、ゲームや小説なんかでよく見る、あの、“学園”だ。
アネッサはこの学園の貴族科二年生であり、普段ならばドレスと遜色ないほど装飾の施された貴族科専用の制服を着ている。それが地味な色合いの布で仕立てられた一般科の制服を着ていれば、それだけで周りの目は誤魔化されるわけだ。
校門の陰に身を隠して、アネッサが振り向く。
「メアリ、ちゃんとついてきてる?」
そこには同じように一般科の制服を着たメアリが。
メアリも振り向く。
「はい、王子殿下はいかがですか、ついてらっしゃってますか?」
そこにはなぜか夜会に出るような、飾緒と肩章で飾られたばっちり正装姿のジェラルドが。
「俺がこれを着る意味は?」
アネッサと同じ貴族科二年のジェラルド、普段ならばもちろん、学園指定の制服を着用している。ちなみに貴族科であっても男子の制服はシンプルなブレザーなのだが、そんなところもゲームの“学園”ぽいと言えようか。
「なあ、俺がこれを着る意味は!」
ジェラルドの問いに、アネッサがしれっと答える。
「王子だって言うキャラ付けのためよ」
「これ、明らかに校則違反だろ、風紀委員に文句言われるんじゃ……」
「大丈夫じゃないかな、ゲームの中のジェラルド、普通にそれ着て学園の中歩いていたし」
「でもっ!」
「それに、そういう格好すると……さすがは攻略対象って感じよね」
甘ったれたタレ目がちの目元はエメラルド、さらさらと柔らかく揺れる陽光色の金髪に整った顔立ち、そう、ヴィジュアルだけならジェラルドはまさに理想の王子様。
流石のアネッサもうっとりした眼差しで彼を見る。これにジェラルドは気を良くした様子だった。
「アネッサも、こういう格好の俺が好きか?」
「そうね、まるでスチルを見てるみたい」
「そ、そうか、じゃあ、いいかな、この格好で」
二人の会話は微妙に噛み合っていないのだが、二人ともそれに気づかないというこの状況。
「なんなんですか、この茶番? 要ります? この茶番」
メアリがパンパンと両手を叩いてこの茶番劇を終わらせる。
「はいはい、王子殿下もお嬢様もご注目、ここに、私が書いた戯曲があります。これ、お嬢様の言うゲームの内容から書き起こした、『王子とヒロインちゃん、校門前で出会う』のシーンです」
そう言いながら、メアリが薄い台本を配る。
「お嬢様がおっしゃるには攻略対象者ジェラルド王子なるキャラは『俺様』だそうで、不肖メアリ、俺様の概念を教わりながら書き上げましてございます」
「ちなみにこれ、本当なら聖国王子フィリップたんのルートなんだけどね、題して『フィリップたんの出会いのシーンを奪っちゃおう作戦』!」
「なるほど、だからフィリップ殿下を拉致監禁した訳ですね」
ジェラルドがギョッとして叫ぶ。
「おい、拉致監禁って!」
「うふふ、大袈裟に言っただけですよ」
「そうそう、そんな物騒なことしてないって、朝食によく眠れるお薬をちょっとだけ入れて、安眠できるようにふかふかのお布団のあるお部屋に閉じ込めただけだもの」
「いや、完全に拉致監禁だよね、それ!」
「ちがいますぅ、不眠症治療みたいなもんですぅ」
アネッサがぷくぅと可愛らしく頬を膨らますのを見たジェラルドは、ポッと顔を赤らめて咳払いする。
「あー、まあ、なんだ、お前が拉致監禁じゃないというなら、それは拉致監禁ではないのだろう」
今の彼には、フィリップ王子なんかよりも気になることがある。
「で、この作戦、俺になんの得があるんだ?」
答えるアネッサは、あくまでも真顔だ。
「得はあるでしょ、生涯を共にする真実の愛に出会えるんだよ!」
「真実の愛には、もう出会っている」
「チッチッチ、どこの女に惚れたのか知らないけれど、それは偽物の愛で〜す」
「お前だ、お前」
「オマエ=ダオマエなんてキャラ、いたかしら。まあいいわ、ほんと、ヒロインと会ってみたら、あ〜、あれは偽物の愛だったなあって思うから、ほんとに」
「チッ、埒が開かねえな」
ジェラルドはアネッサの腰に腕を回し、彼女の体をぐいっと抱き寄せた。開いた方の手は彼女の頬に添えて、まるでキスを迫るような距離感だ。こう言うことをそつなくこなすあたり、腐っても攻略対象。
そのままジェラルドは、真剣な眼差しをアネッサに向けた。
「わかったよ、お前の言うとおりにしてやる。それで本当にヒロインちゃんなる人物に俺が惚れたなら、それは確かに運命ってことなんだろうさ」
「まあ、惚れると思うけど? 運命だし」
「もしもその女に俺が惚れなかったら、それはお前の作戦ミスということで、責任をとってくれ」
「ん〜、ミスしない自信あるんだけど」
「アネッサ」
「はいはい、わかったわよ、どう責任取ればいい?」
「そうだな、責任とって、俺とデート……」
「デート?」
「ち、違うぞ、デートしたいわけじゃなくて……そう、デートの仕方を教えてくれ、お忍びで下町へ行って、お前が行きたがっていたカフェにも行って、雑貨屋を見てまわりながら、公園まで歩いて、公園のベンチで並んで座ってアイスクリームを食べさせ合いっこするんだ」
「なんか、すごく具体的なのが気になるんだけど……いいわ、ヒロインちゃんに惚れなかったら、ね」
「よっし!」
ジェラルド、小さくガッツポーズである。
「そうと決まったら、さっさと済ませてしまおう、その出会いとやらをな」
「あ、手抜きしたらダメだからね、そんなことしたら、嫌いになるからね」
ジェラルドは名残惜しそうにゆっくりとアネッサを手放し、そして決意を込めて顔を上げた。
「わかっているさ、やるからには手抜きなし、真剣勝負だ」
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