第3話 始動! 王子たま育成計画②

「メアリ! メアリ!」

 侯爵邸に帰ってきたアネッサが最初にしたことは、自分の専属メイドであるメアリを呼ぶことだった。

 このメアリ、街で行き倒れているのを当時6歳だったアネッサに拾われてこの家に来た元孤児である。身元がわからぬ故にメイドという形でアネッサにつかえているが、誰よりも近くでアネッサの成長を見守ってきた幼馴染でもある。ちなみに歳はアネッサの2歳年上。

 なにしろ長年の奇行に付き合ってきたのだから、メアリはアネッサがどんなにトンチンカンなことを言いだしても驚きもしない。

「あのね、メアリ、私、転生者なの!」

「左様ですか」

「え、めっちゃ反応薄っ! もっとこう、なんか驚いたりとか、ないの?」

「驚いて欲しいのですか?」

「少しくらいはね」

「わあ、びっくり」

「わざとらしっ、まあ、いいわ、まずは着替えを手伝って」

 着替えを手伝わせながら、アネッサはメアリに、ことの成り行きを説明した。

「メアリ、芝居とか戯曲が好きよね、じゃあ転生とかわかるかな、前世の記憶を持って生まれることなのよね、そういうお芝居、あるでしょ」

「ああ、ありますね、残虐な大将軍であった記憶を持って生まれた農夫の話とか、踊り子であった記憶を持って生まれた姫君とか」

「そういう感じ、でね、私の前世はこことはまるで違う異世界の、東京っていう街で暮らしていた普通の会社員だったの」

「なるほど、納得です」

「え、納得しちゃうの?」

「しちゃいますよ、お嬢様って小さい頃から変な……いえ、個性的な子供だったじゃありませんか、ですから、あれは転生前の知識によるものだったんだなあって納得いたしました」

「え、私ってばそんなに子供の頃から転生者だった?」

「ええ、まごうことなき転生者でしたよ。ですから今回、自分が転生者だと、やっと自覚したのねって感覚ですね」

「でも、これを聞いたら流石に驚くわよ、なんと、この世界はゲーム……つまり前世の私にとっては、物語の中の世界なの!」

「なるほど、『マルガレット物語』のような世界ですね」

 実はメアリ、三度の飯より芝居が好きで、住み込みであることを幸いに給料のほとんどを芝居を観に行ったり、戯曲やパンフレットなどの芝居関係の書籍に注ぎ込んで溶かすほどの、大の戯曲マニアである。

「つまりお嬢様にとって、ここは物語の中の世界である、だからこの先に起こることや世界の根幹に関わる謎をいくつか知っている、そういう物語ですね。ありますよ、結構たくさんあります」

「もう、メアリってばぜんぜん驚いてくれない! 何なら驚いてくれるってのよ!」

「そうですね、お嬢様がジェラルド王子殿下とお別れしたい、とか言い出したら流石に驚きますかねえ」

「なんだ、そんなこと? もちろん、別れるつもりよ?」

「ええっ!」

 メアリは驚きのあまり、手にしていたブラシを落としてしまった。

「失礼いたしました」

 震える手でブラシを拾い上げようとして……

「おっとっと、あ、ああ」

 うっかりブラシを跳ね上げて、ポーンポーンとお手玉状態。動揺しまくりである。

 この様子には、流石のアネッサも呆れ顔だ。

「いや、そこまで驚く?」

「だってお嬢様がジェラルド王子殿下と別れるなんて、天地がひっくり返ってもないと思っていましたから。だって、だって、あんなにいつも仲睦まじいご様子でしたのに!」

「それなんだけどさあ、戯曲オタクのメアリならわかってくれるかな、多分それ、戯曲シナリオ通りの行動ってやつだったと思うのよ」

「つまり運命の恋ですね」

「そんなロマンチックなもんじゃないわよ、その戯曲通りだと、私、ジェラルドに遊ばれて捨てられる女の役だもん」

「遊ぶ? あの王子が女遊びなんかできるんですか⁉︎」

「できるのよ〜。私が知っている王子たまコレクションのジェラルドはね、『怪盗メジュラス』に出てくるハンケット男爵みたいなキャラなのよ」

 戯曲マニアのメアリは、『ハンケット男爵』と聞いて、アネッサの言いたいところのおおよそを理解した。

「つまり、女にだらしなくて無駄に偉そうなキャラ、ということですね」

「そうそう、おまけにハンケット男爵と違って、好きな女ができた途端に一途になって、付き合ってた女をポイポイ捨てるのよ」

「最悪じゃないですか、それって純情ぶってるだけで、捨てられる女からしてみれば不誠実この上ない……」

 言いかけて、メアリはちょっと首を傾げる。

「え、あのジェラルド王子殿下が? なるんですか? ハンケットな男に?」

「なるのよ、今は芝居で言うと、どうしてハンケットな男になったのかっていう前日譚の部分なのよ」

「で、お嬢様の役どころは?」

「そんなジェラルド王子のことが好きで好きで仕方ない婚約者っていう役どころよ」

「悪役令嬢ですか?」

「そんなたいそうなものじゃないわよ、王子のスキルが発動する時に走ってくる、背景扱いの……戯曲的に言うならば合唱隊コロスみたいなものかしら。ジェラルド王子の出す命令には絶対服従の、都合のいい女でもあるわね」

「えっ、なれるんですか、お嬢様が? 都合のいい女に?」

「なんかムカつく聞き方された……けど、なれるなれないじゃなくって、なるのよ、そういうシナリオなんだもの」

「なるほど、それが戯曲の力……」

 正直全部が全部納得できたわけではないが、メアリはそれ以上の追求をやめた。腹をすかして行き倒れていたところを助けられたあの日から、メアリの世界の中心はアネッサであり、この主人が「カラスは白い」と言えば世界中の黒いカラスを白く塗る、それがメアリの生き方なのだ。

「なるほど、お嬢様はここがまだ芝居の前日譚であるのを幸い、運命を変えてしまおうとしているのですね」

「そうそう、さすがメアリ、理解が早い」

「不肖、このメアリ、お嬢様のためにこの命さえ差し出す所存、どうぞいかようにもご命令くださいませ」

「いや、いやいやいやいやいや、命とか重い重い、そんなすごいことさせるつもりはないから。とりあえず、庶民の娘がするような服装を用意してちょうだい、あと、変装用のメガネもね」

「それはすぐにでもご用意いたしますが、いったい、何をなさるつもりなんです?」

「それはね……」

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