Graduate first ⑰


 母さんが首をひねった。「部活が中止になるなんて珍しいわね。やっぱりなにか流行ってるのかしら?」


 どこまでも風邪をうたがう母さんにイラつきを覚えてながら、横をすり抜け、リビングに直行する。リビングに兄さんの姿は無い。部屋に引きこもりっぱなしかな?


 ぼくはきびすを返し、兄さんの部屋に向かおうと、また母さんの横を通り抜けた。


「帰って来て早々、あわただしい子ねえ」母さんのかまってほしい声掛けも無視する。


 兄さんの部屋をノックしたところで、階段を昇ってついてきた母さんがまた声をかけてきた。


「お兄ちゃんね、急に飛び出してどこかに行っちゃったの。行き先も云ってくれなかった……しんぱいよね……涼、行き先に心あたりはなぁい?」


 訊かれて、ぼくの思考が止まった。「──え? 兄さん、どこかに行っちゃったの?」


 訊き返してすぐ、念のため兄さんの部屋のドアを勝手に開けて居ないか確かめる。タバコ臭い部屋に、兄さんの姿は無かった。ドアを閉めて、ぼくはやれやれ母さんと向き合った。


「行き先はわからない」


 母さんは顎に手をあてて思いふけったように眉根をよせた。

「お昼過ぎに電話がかかってきたのよ、お兄ちゃんあてに。それで部屋で少し話したみたいなんだけど、そのあと二階から降りて来たと思ったら、リビングのソファに子機を投げつけて、すごい剣幕で飛び出して行っちゃった。声をかける暇もなかった。……心配よねぇ」


「電話がかかってきた……」だとしたら、相手は兄さんの友達か──同じ不登校の。情報の伝達が早すぎる。


 ぼくは自室に入り、ラックにかばんをかけて、ベッドに座りこみ、頭をかかえた。兄さんが云っていた〝情報がまわってきたらすぐに動く〟をつくづく思い知らせれた気分だ。


「ねえ、なにがあったの? 朝から様子がヘンだし、ちゃんと話してくれないと、母さん心配で気が気じゃなくなりそうよ」


顔をあげて、部屋の入口で立つ母さんを見てみれば、ヒステリックの前触れサインで、こめかみに手をあてている。──ぼくだってヒステリックを爆発させたい気分なのに、勘弁してくれよ!


「父さんとはちゃんと話し合ったの?」める口調になったけど、もう母さんを気遣きづかう余裕も無い。


「まだよ……」母さんがきりきり舞いにつぶやいて、逃げ腰に下へ降りて行った。思いがけずして母さんを追い払えたけど、なんだろう、この違和感は。


 ひょっとして、母さんは父さんと話し合うのが怖いの? だとしたら、父さんが裏でなにかをしている事にうすうす気づいてる? それとも、もう知ってるの?


 とにかく、父さんと兄さんの帰りを待とう。それまでに頭と心の整理がしたい。


…*…


 父さんは結局、夕飯の時間になっても帰ってこなかった。兄さんも。


 二人はどこでなにをしているんだろう。……ありる可能性に懸念して思考を巡らせると、不安に心が揺さぶられる。当然、夕飯を食べる席でも口数が少なくなる。二人分の、ラップにくるまれた夕飯を眺めながらの、母さんと二人きりの食卓は、おごそかにすまされた。


…*…


 翌朝の、今週最後の登校になる金曜日。

昨日の約束どおり、朝からインターホンがリビングに鳴り響いた。ぼくは手をあげて、母さんが洗い物を切り上げてエプロンで手を吹いているのを制止させる。


「ぼくが出るから、母さんはいいよ」母さんの顔も見ずに、ぼくはかばんを肩にひっかけてリビングを出た。


 父さんはタイミングを見計らったかのよに、ぼくが完全に寝た夜中に帰ってきたらしい。で、朝はぼくが起きる前に出勤。あきらかに避けられているように感じる。というか逃げてるよな、父さんは。


 兄さんは帰ってこなかったらしい。


「どこかお友達の家にお邪魔して、そのままお泊りしたのかしら?」なんてぼやきながら、母さんは相手の親御さんにお礼の電話をしたがってるけど、その頭の平和ぶりには、閉口せざるおえない。


だから悪いけど、朝食での会話は、母さんの一方的な独り言だけに終わった。


 玄関先でスニーカーをはいて流れ作業クセで「いってきます」だけを残す。


 外に出れば昨日の面子メンツが笑顔で出迎えてくれる。家から一緒に登校するのは、これが初めてだ。理由が理由なだけに喜べないけど、新鮮さもあいまって……少し嬉しい。


 三人が手をあげて「おはようー!」と、さわやかに云ってくれる。家のすさんだ雰囲気とは真逆な人間関係に、心が救われる。


「おはよ!」ぼくも笑顔で挨拶を返して、新しい〝登校班〟にくわわった。


…*…


 全生徒が集まって、せまく息苦しく感じる体育館で、全校朝会が行われた。校長先生が壇上だんじょうにあがっても、ザワつきはおさまらない。みんな聞きおよんだ情報を噂し交換し、これからのヤンキー連中の行動パターンを考察してる。


塾に通うのをどうしようだとか、そういう声も聞こえる。誰一人としてヒソヒソ話しなんかしてない。おおっぴらに会話してる。


 校長先生がマイクの前でわざとらしく咳払いしても、静かにならない。

体育の先生がしびれをきらせて怒声をあげ、ようやく(渋々、嫌々)ザワつく口はとざされた。


 校長先生はもう一度咳払いをすると、おもむろスーツの内ポケットから紙──メモ用紙を取り出した。大勢の全校生徒を見渡し、紙を見ながら喋る。


「知っている人もいるようですが、先日、わが校の生徒が亡くなりました……まだ十四歳です」校長先生が泣くのを堪え、声色にも涙がにじみ出した。

「私にも子供がいます。一人は高校を卒業し、大学生となり、日々勉学にいそしんでいます。二人目は高校二年生です……まだ十六歳です。亡くなられた生徒とは二歳しか離れていません。


私達大人の眼から見ると、どの歳の子もかわらず、ひとしく、かけがえのない子、生徒たちです。これからの明るい未来をになうはずの生徒が、十四歳という若さで、みずから命をつ選択をしてしまうのは、あってはならない事です。


これから先生達は、今回の悲しい別れと向き合い『なぜ、こうなってしまったのか?』『なぜ、なんの罪も無い無垢むくな子が命を絶ってしまったのか?』……こうした原因を、とことん追求していくつもりです。


ですがまず、これより全員で亡くなられた生徒を想い、ご冥福を祈って、黙祷もくとうを捧げます。──黙祷」



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【The last page】〜それぞれの事情〜 神樹にまきつく毒の花 @Sinpo_haruki

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