第53話 万事 恙無哉

人混みの中を掻き分けるように、

一人の背の高い少年が先を急ぐ。

凛とした端正な顔に、僅かな

不安を滲ませながら。


薄曇りの中、桜の花々が咲き散る

校庭には、まだ 初々しさ が

制服を着たような新入生が其処

彼処に屯している。


 彼は 弟 を探していた。



「興風、お前ナニ急いでんだ?

しかも逆だろ、方向。」

 友人が言う。

「俺、これから入学式出なきゃ

なんだよ。しかも保護者枠で。」

「は?何で。」さすがに驚きを

隠せないのは充分に理解出来る。

彼自身も、出来れば遠慮したいと

思っているのだ。



これから 入学式 が始まる。

在校生は始業式の後、各自早々に

下校を促される。


「親が両方仕事で出らんないから

仕方なくだ。しかも弟、今年から

こっちに来るからさ。」

「は?話見えないんだけど。お前

一人っ子の母子家庭じゃねぇの?

家は馬鹿みたいにデカいけど

腹違いとか、そういう…?」

「腹は一緒なんだけど、苗字は別。

俺の両親、訳あって 事実婚 に

してるから。」

「え?…え?初耳なんだけど、俺。

一年の時からのダチじゃん!しかも

お前の お袋 にも、ご飯とか

普通に食べさせて貰ってたけど、

弟…って。それ、今?今言う事?」

 友人は狐に摘まれたような顔に

僅かな怒りと呆れを含ませる。

「聞かれなかったから、敢えて

言わなかっただけで。」

少年が清々と、笑う。

          そして


「…あ!あんな所に居やがった。

あいつ。」

 言うや、俄に走り出す。それを

友人が慌てて追いかける。



「雅興!こっち、早く来い。」


校門の辺りで桜を眺めている

少年も又、恐ろしく 端正 な

顔立ちをしている。


 間違いなく彼等は 兄弟 に

違いない。


はらはらと舞い散る花びらが

息を呑むほど鮮烈に、久方ぶりの

兄と弟 の邂逅を言祝いでいた。


「兄上、この度は僕の為に態々

有難う御座います。」

初々しく制服を着た、その少年が

頭を下げるが。

「あ、痛い。」兄がいきなり

少年の頭を張り手で殴る。


「おい、やめろ興風。可哀想だろ

いきなり何やってんだよ。」

「いいんだよ、こいつは。」

「いい訳ねーだろ。ふざけんなよ

お前。」今度は友人が彼に軽い

蹴りを入れる。

 そして 親友の弟 に、声を

かけようとして。


「津賀原さん、兄が大変お世話に

なっています。僕は 御厨雅興 と

申します。今後とも良しなに。」


「…あ、ああ。ヨロシクね。って

何で俺のこと知ってんの?まぁ、

確かにコイツ俺ぐらいしかダチ

いないし。

兄貴に虐められたら言いなよ?

俺が〆めるから。」


 如何にも利発そうな少年だが。



「とにかく、入学式始まるから

とっとと行くぞ。津賀原お前も来い

気まずさの道連れにしてやる。」



 國護興風 はそう言うと、


漸く安堵の笑みを浮かべた。

     






【閾】擱筆



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小野塚  @tmum28

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