第52話 國護頭領代行 國護顕子
まるで、皆既日食を見る様だった。
辻浦が取りつけた期限の、数分前に
それは突如、始まった。
俄に真昼の光が翳り始めて 蝕 が
世界を呑み込み始める。
そして
私は『國御霊』の御杖代として
『蔭御霊』に邂逅する。
特殊分室内で、唯一窓のある
『室長執務室』へ。既に私たちは
移動していた。
「御霊達が相見える、って事は。
つまり 皆既日食 になるのか。」
ひづるが言った。
「今回は『蔭御霊』がこちらに
参られているせいでしょう。逆で
あれぼ、皆既月食になる。」
御厨がそれに答える。
「へぇ、そうなんだ。」
「あと、凡そ六分二十秒で 蝕 に
入ります。」辻浦が自分の腕時計を
見ながら言った。
私は自分の中に座す『国御霊』へと
お伺いをたてる。
「畏み、畏み御伺い奉る。」
アキ ル ノ ヒメ ミ コ
先立 ヲ
「畏み、謹んで請け奉り申す。」
私は目を閉じて深く祈る。
神憑り
逆に、私が神の閾を超えるのだ。
閉じた目をゆっくりと開く。
そこは母と邂逅した大きな屋敷の
奥の間だった。
薄暗い室内。けれども 四季 を
表した荘厳美麗な襖絵は何処にも
ない。全ての部屋が開け放たれて
畳がマトリックス様に並ぶ、遥か
先には 闇 があった。
「顕皇巫女。」
声は私の斜め背後から聞こえた。
「國御霊。」振り返り見るのは
矢張り憚られる。
「構わぬ、そのまま征くが良いぞ。
我は其方に導かれて行かん。」
「畏み、承り奉る…。」
だが、私は踏み出しそうになった
足を寸手で止めた。
昃 に触れ暗転する世界。
畳敷の足下はいつの間にか底知れぬ
闇にとって代わられている。
一歩を、どうしても踏み出す事が
出来ない。
周りは底知れぬ、闇。
もし、一歩を踏み出してしまったら
永劫の闇 に落ちて行きそうで。
怖い。
「国ちゃん。」いつの間にか隣に
ひづるがいた。
「大丈夫。落ちたりしないよ。
方向感覚、狂うけど。でもこっちで
合ってるよね?」ひづるは視線を
闇の向こうへと送る。
「そうですね、このまま真っ直ぐに
行けば『蔭御霊』が座します。」
辻浦が、ひづるの隣で言う。
「大丈夫、行きましょう顕子さん。」
そして御厨が私の手を取った。
「はい。お願いします。」
私は、彼の手をしっかりと握り
返して一歩、闇の上に足を踏み
出していた。
その 一歩 で、完全なる
昃 と成った。
ニ柱の神の邂逅は、白々と煌る
互いを 姿見 に認める双子の様で
薄暗闇の中を朧気に光り輝かせて
いた。
「其方は何故に、我に?」
◾️◾️が、もう一柱に問う。
「我は…羨ましかった。遍くこの
世の全てを照らし、剰え自らもその
中で 生きる 姉御霊が。」
蒼白く煌る◾️が応える。
「我は、ずっと姉御霊を見ていた。
姉御霊無くば、我も無しは承知。
されど、我は…。」
「我が妹よ。其方の 存在 が
我を生かすのだ。それは遍く全ての
命を生かすに等しいこと。
其方無くば、我は均衡を失い、
さすれば、全ては滅ぶであろう。」
◾️◾️は尚も謂う。
「我は、逆に其方が羨ましかった。
其方は自由に 象 を変え夜空を
行く。暗い土の中で我は、いつも
其方の姿を仰ぎ見ていた。
それこそ、畏れ多くも我を捌ち
奉った者たちに因って、初めて
自由 が齎されたのだ。限りの
あるが故に美しい世界を。」
「我も、姉御霊のように世を生きて
みたい。刹那の如くの仮初の世を。
限りある命 を。」 ◾️が。
ニ柱の神の 邂逅 は、想像して
いたよりも遙かに穏やかで、私は
不思議な温かさを覚えていた。
ひづるも辻浦も、そして御厨も。
只黙してその様子を見つめていた。
「顕皇巫女。」◾️◾️が、私を呼ぶ。
「畏み、此処に控えております。」
答えると同時に、ニ柱の視線が私に
集中するのを感じた。
これが 神気 というものなのか
圧倒的な感覚に眩暈を覚える。
「…。」御厨が握りしめる左手が
私を 此処 に繋ぎ止めていた。
「顕皇巫女よ。妹御霊にも依代を
所望する。其方の 縁者 が佳いが
如何に。」
ニ柱の神の視線が私を射留める。
◾️の望みが 自らの分霊 だとは。
今まで比較的自由に行動されていた
神だけに、全く想定外の事だった。
まして 私の一存 で決められる
程、簡単な事ではない。だが、今
ニ柱の神を前にして私は、決断 を
求められているのだ。
神贄 を。
「…私の。」 覚悟 なんて。
私が『國護』を継ぐ。
頭領に求められる技量はないが、
次代 へと繋ぐ 血 ならある。
そんな覚悟さえも、些細なものに
思える程の 決断 を。
「畏み、畏み申し奉る。」
闇の中、瓏々と響く声がした。
「物集筆頭、御厨忠興と申し奉る。
我身をして 神贄 と捧げ奉らん。
何卒、畏み御願い申し奉る。」
それは、あまりにも意外な
宣言 だった。
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