第51話 昃


驚愕の視線が、モニターを介して

私に注がれているのがわかった。


明から様な非難の声はなかったが、

なかなか収まらない騒めきに

自分が発した言葉の 異質さ を

思い知らされる。

 今まで全く見たこともない人々。

父の居ない『國護』は、本来なら

簶守の凪啓さんがいる筈だった。


辻浦が『蔭御霊』から預かった

期限まで既に三十分を切っている。

 私が『國御霊』の分霊を導く

それまでに、何としてでも

議会の 了承 が必要なのだ。


私は、祈る様にモニターを

見つめる。



「…つまり貴女は『國御霊』より

御神託を受けられた、と。そういう

理解で良いのかな?」

いつか赤坂で会った『晩祷』の

五百旗頭成湫が、モニター越しの

騒めきに終止符を打った。


「はい。皆さまが『國御霊』の

御意向を、今後『封』を運営する

システム に何とか反映させて

頂ければ…。」


「それは不可能な事ではない。

『封』の歴史は長いが、同時に

神々は丁寧に仕分けられてきた。

 門外不出の『出雲文書』に

逐一記録されている。

『封』に座す神々に対して改めて

各柱の 御意向 お伺い奉る。

寧ろ、そうするべきだった。

全国で五十余柱。決して少なくは

ないが、特に膨大な数でもない。」


協議の場が更に騒つくが。


「発言は、私が許可した方にのみ

許されます。今は『晩祷』筆頭に

お願いしています。お静かに。」


御厨の声に応じる様に再び静粛が

呼び戻された。

『晩祷』筆頭、五百旗頭成湫は

更に続ける。


「元々我ら『晩祷』は、一柱につき

一名が神贄を務めている。それこそ

ウチ が了解しさえすれば、分霊も

問題ないでしょう。なぁ、忠興?」

「ええ…それは、確かに。」

『晩祷』の後楯に続いて『物集』の

御厨が追随、首肯する。


誰も異議を唱えない。

父のいない今、それだけ彼等の

発言は大きな意味を持つ。


誰もが皆、覚悟を負っていた。



《祝り奉る事も巫ぐ事も、況して

調伏すらも叶わない 荒御魂 を

国の要所々に封じ込め、

 以て、それを

国の弥栄安寧への 礎 とする》


『國護』の長い長い歴史の中で。

それ はいつの間にか解釈を変え

形骸化 して行ったのだろう。


『國御霊』は『封』に今も座す

御魂の 解放 を希望された。

 勿論、全面解放は難しいだろう。

その為の 妥協案 としての


 神贄への分霊


それは 私 で検証済みだ。

『晩祷』筆頭、五百旗頭成湫に、

二つ返事で快い返事を貰えたのは

何よりの僥倖だった。




「…それはそうと。『蔭御霊』の

要求の方は如何様にしたものか。

『國御霊』の御意向はわかったが

こちらの希望はさっぱり具体性が

見えてこない。」御厨が言う。


「私が『國御霊』の 御杖代 と

して『蔭御霊』に接見します。

会議での皆さまのご英断により必ず

お力添えをして下さると思います。」


「……御杖代か。」五百旗頭が

感慨深そうに呟く。

「ならば私も、これから直ぐに禊に

入りましょう。」


「五百旗頭さん。御負担をお懸け

しますが、何卒良しなにお願い

致します。」私はモニターに向かい

深く頭を下げる。


 ニ柱の神の邂逅が、一体どんな

影響を及ぼすのか。



「なに、それよりも貴女の後ろで

年甲斐もなく色々と拗らせている 

そいつ も一緒に連れてってやって

下さい。多分、役に立ちます。」


突然、言われて背後を振り返ると

眉を顰めた御厨が、剣呑な顔で

モニターを睨んでいる。

「言われなくてもそのつもりです。

幾ら覚醒したとはいえ、彼女はまだ

神気に慣れたとは言えない。」

御厨はそう言うと、皆に宣言した。

「ではこれにて会議は終了。各自

フォロー態勢について下さい。」



モニターが次々とオフになり、

分室はいつもの様相を取り戻し

始めていた。


「国ちゃん、アタシも行くわ。」

ひづるが、決定事項のような顔で

私に言った。「…ひづる。」

「神様ってさ、人がいて初めて

存在するんだと思うよ。人の願いが

あってこそ。」そう言って笑う。


「…僕も行きます。というよりも

約束を取り付けたのは僕ですから

行かない訳にはいかないでしょう。

今は鬼塚さんにこき使われている

けれど、元が巫覡ですからね。」

 辻浦も。



残り時間、あと十七分。




 彼らの 存在 が

     とても心強かった。









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