きゃーっっっっっっっっ!

 ぴちょん、と上から水滴が落ちてくる。うわっ。

 

 それにしても暗いなー。灯は一応ついてんだけど間隔が長いから足元は真っ暗。

 帰り道が分からなくなったら困るので、光の魔法使って目印を壁に描く。うむ。

 でも私の魔法容量、そんなに大きくないんだよね。だから足元照らしたいんだけど、それやると目印に書く魔法が使えなくなる恐れがある。

 

 と、ゆーか、


 さっきからカサコソカサコソ聞こえる。なんだろう……。


 それにしてもアリアナさんどこにいる? さっきからなんかふわふわしたのが足にまとわりついてる。なにこれ。

 桃色の布の切れ端。


 ここにいることは間違いない……よね。

 

 それにしてもその……。

 なんて言うか。

 随分わかりやすく落ちてると言うか。


 これって、手掛かり残して探さないでって言ってる様なものよね。

 それはつまり、探してほしいのよね。

 

 いや、自分でも何言ってるか分からない。けど、ずっと橋の上で、あの目立つ格好で佇んでるのもだし、

 入り口にわっかりやすく足跡ついてるのもあれだし。


 ま、まあ、とにかく、


 探そう。

 と思ってたら、


 へええぇえっっっっくしょーいと大きなくしゃみが聞こえてきた!

 ヒエッと思ってそっちに行くと、いた。

 暗闇にぼやーっと立ってる……貴婦人が一人……。ドレス着てるから分かる。あの、乳がよく見えるドレス……。

 て、アリアナさん水の中にいる? なんでそんなところにいるの?


 私はてのひらを魔法で光らせ、そっちを照らした。彼女、ぬぼーっとした感じでこっちを見る。


「あのー、そんなところにいないで、通路に上がられては?」


 私がそう言うと、なぜか彼女、ガタガタ震え出した。私を指さして。

 すげい怯えよう。何よ人を幽霊みたいに……。


 と、その時だ。ぽた、と頭から何かが落ちた。何?

 と思って光を向けるとそこには……


 ギェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェと私は叫んで水の中に!


 Gがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 い、いたるところにいるぅぅぅぅ!


 とととととととととということは、

 カサコソは全部奴らの足音。


 にしても水が冷たいっっ! そのおかげで奴らはこっちに来ないけど、いつまでもここにこうしているわけには行かない。ちなみに水は腰まである。

 Gは怖いけど一気にもう、パパッと歩くしかない。


「アリアナさん、行きますよ」

「え?」

「えじやないです、行きますよ。このままここにいて風邪引きたいんですか?」


 とにかく入り口に戻らなきゃ。

 そう言って私は彼女に水から上がるように指示した。


「いやよ冗談じゃないわ!」

 金切り声で言う彼女。気持ちは分かるけど、しょーが無いでしょ。


 でもテコでも動きそうにない。困ったな……。ご両親心配してますよって言ったらほっといてよ、だってさ。

 

 仕方ない。私は決断した。


「警吏の人を呼んできます。ここからお動きになりませんように」

 

 通路に上がると水を吸って重たくなったドレスを絞った。その間も周りをちょろちょろGが動く。もう感覚マヒして怖くなくなった。人間、何でも慣れるもんだ。


 靴の中がぐしゅぐしゅいってるけどしょうがない。とにかく早くここに彼女がいることを知らせなきゃ。

「ちょっと待ってよ、私も行くから」

 おいてかないでよ薄情ものとアリアナさん。

 薄情ものってどの口が言うかねとは思ったが、言いたくなる気持ちも分かる。こんな暗闇でまた一人取り残さされたら不安だろう。

 まあそれはさておき、彼女の足が問題だった。もう血だらけ。ダンス用のヒールの高い靴を履いて歩き回ったらそりゃこうなるよね。

 幸い靴を持ってきていたから、履き替えるように言うと、なんとその中にGがいてひと悶着。なんてことすんのよと言われた。


 なんで私が責められなきゃイカンのだ?


 まあ、動いてくれるだけよしとするか。

 

 そんなわけで二人して出口に向かうことに。

 もう帰るだけだから、光魔法思い切り使ってあたりを照らした。虫君たちが慌てて退散していく。

「ちょっと、まだつかないの?」

 後ろからビクつきながらついてくるアリアナさん。

 もうじきですからと引きつりながら答える私。来る時につけた目印を頼りに出口に進む……すると。

「ねえ、こっちの方が近道よ」とアリアナさんが言いだした。

「え? で、でも私は」

「だーかーら、こっちも道があるのっ」


 ふんっ、とそっちを指さすアリアナさん。自信ありそう。そこまで言うからにはと私はそっちに行くことにした。







「ていうかさ、どうしてあなたが来たの?」

 光魔法で足元照らしつつ、Gを避けつつ歩いてると、アリアナさんから話しかけてきた。

 どうしてと言われても、ご両親も心配してるしと私は事情を説明した。男爵ご夫妻が屋敷に見えたことやいろんなことを。

「そうじゃなくて、私は、どうしてあなたが来たのと聞いてんのよ」

 アリアナさんがイライラした口調で言う。

「それは……心配だったから……」

「……」

「アリアナさん?」

「きやすく呼ばないで!」

 叫んだ彼女、腹立ち紛れなのか足元のGを蹴飛ばして私を睨みつけた。

「あんたなんかに迎えに来てほしくなかったわ! なんでよりによってあんたなのよ!」

「で、でも」

「なんでよ、どうしてあんたなのよ! どうして、どうして!」

 私につかみかからんばかりのアリアナさん。やがて彼女は私につかみかかってた手を離して泣いた。わんわん泣いた。

 よく見たら彼女の胸、しぼんでた。

 私といい勝負だ……。見事にペタンコ。

「ごめんなさい」

 なんか謝っちゃった私に、アリアナさんさらに怒って言った。何であんたが謝るのよと。

「余計に惨めになるからやめてよ!」と言われてしまった……。




 


 しばらく二人で歩いていると、また彼女から話しかけてきた。

「別に、あんな奴好きでも何でもなかったわ」

 へ? と思ってると、アリアナさん、殿下のことよと。

 なんと言っていいのか分からず、返事に困っていたら、

「どうしてそんなことしたのかって聞かないの?」

 とアリアナさん。

 そんなこととは?

「だから、殿下を誘惑したことよ。どうしてって聞かないの?」

 そんなこと言われてもこっちが聞きたい。

 ますます返事に困る私に、アリアナさん、なんか不審な目をむける。

 なにそれ。

「まあ、いいわ。別に」

 どうせ私、社交界からつまはじきされるのは確定だろうからとアリアナさんは言い、そこで話が途切れた。

 

 それにしても出口まだかしら。

 と言うかどんどん奥に進んでない?


「ねえ、アリアナさん、まさかと思うけど」

 私は恐る恐る聞いた。道に迷ってない? と。

 ぴたっ、と止まるアリアナさん。彼女は小さく言った。ゴメン。と。

 

 や。

 やっぱり?!


 どうすんだおい!


 でも、もと来た道を戻ったらイイだけじゃないのと言われたが、

 もう、私の魔法力が尽きる。光がどんどん弱くなってるから(電池切れ)。

 

 そうなったら付けた目印もどうなるか。そのまま残ればいいけどやったことないから分からない。


「ちょ、だからこっちだって言ったのに!」

 私はブチギレて叫んだ。何が近道よ! と。

 

 するとアリアナさん。ちょ、アンタのキレるとこ、そこ? と。

 いやふつーキレるでしょ。何なのよこの人!


 落ち着けと言うアリアナさん。何が落ち着けだウガーっと吠える私。

 だがややあって、アリアナさんがいきなり私の口を塞いだ。


「ちょっと待って。なんか、おかしくない?」

 アリアナさん、周りを見る。何がおかしいのよと思った私。あれ?

 Gがいない。


 これってどういうことだってばよ?

 

 つまり、ここいらにはGの天敵がいるということだ。

 それは……。


 残り少ない光魔法で暗闇を照らす。そこにいた。


 モンスターみたいな蜘蛛が。



  

 


 腰が抜けるとはこのことだろう。

 動けない。

 蜘蛛はクマくらい大きかった。モシャモシャとなんか食ってる。

 人間も食う?

 いやいや、食わないよね?

 美味しくないですよ。と思って天井を見ると、


 そこらじゅうでかい蜘蛛だらけ。

 もしかして私たち、巣の中にはいってもうた?


 蜘蛛の目がこっちを見る。彼らにしてみれば、Gも人も貴重な……貴重な、

 蛋白源だ(わお)。

 

 た、た、

「助け」

 二人してガタガタ震えるしかない……その時だった。

 伏せろ、と聞き覚えのある声が。

 私は同じく腰を抜かしてるアリアナさんと一緒に地面に伏せた。


 炎の魔法を詠唱する声が響き渡り、あたり一面が紅蓮の炎に包まれる。私たちに襲い掛かろうとした蜘蛛が一瞬にして黒焦げになる。

「大丈夫か?!」

 殿下の声だ。

 火はすぐ消えちゃって、またあたりは真っ暗になっちゃって、お顏はよく見えないけど殿下だ。殿下のお声だ。

 まさか来てくれるなんて。

「怪我はないか?!エミリー!」

 殿下は真っ先に私の処に来てくれた。その前にアリアナさんが下心丸見えの声で抱き着こうとしたけどガン無視。

 でも私にとってはそんなことよりも、来てくださったことが驚きだった。絶対来ないと思ってたのに。だってそんな雰囲気じゃなかったし。

 それに一度へそ曲げたらテコでも動かない人なのたが。

 

 あれ?

 なんだろう。この気持ち。


 すごくうれしいんだけど。何で?


 と思っていたら何やら視線が……。

 アリアナさんだ。

 凄い目でこっち見てる。目が完全に座ってるコワイヨっ。


 






 で、そのあと出口に向かって歩き出した私たち。

 途中また、蜘蛛に襲われそうになって、そのたびに殿下が立ち回られて突破。

 お顔は暗くてよく見えないけど、そのお姿はちょっとカッコよかった。

 その気持ちはアリアナさんも同じだったようで。

 そんなアリアナさんを見て私がにっこりすると彼女、ふん、と顏をそらした。

 

 やがて出口が見えてきた。もう夜も明けて来てる。

 ヨカッタ……と思ってたら、

「なーんか余裕ね。でもあんまり余裕かましてると他の人にとられるわよ」

 とアリアナさんが。

 余裕ってなんですかと聞いたら、もーいいわよとアリアナさん。

「ところでさ、好きでもないって言ったけどアレ、撤回するわ」

「?」

「分かんなかったらいいわ。でも私、今度は本気だから」

 

 ……なんかよくわかんないけど、色々いそがしい人だな……この人。


 出口には家令のトマスがテントを張って待ち構えてくれてて、お腹がおすきでしょうと軽い食事やら暖かい飲み物やらを用意して待っててくれた。着替えも。

 ありがとう(泣)!

 

 あ、でも先に殿下に召しあがっていただこう。助けてもらったのは事実だし。

 原因つくったのはまあ置いといて。


 なんて思ってたらアリアナさん同じこと考えてたらしく、かいがいしくお皿に軽食を盛り付けていた。

 

 ちなみに殿下は部下に色々命じてたから、地下水道にまだ残ってた。

 もうそろそろ出てくるかな。あ、

 殿下のお声がする。地下水道から出てくる。今まで暗くて見えなかった殿下の顔が……。

 

 しかしそこで私たちは凍り付いた。


 エミリー、大丈夫かーと言いつつこっちにやってくる。

 顔が妖怪みたいに腫れた物体Xに!


 ギャーッッッッッッと叫んで逃げる私たち。何で逃げるんだよと殿下の声。

 

 因みに後から聞いた話なんだけど、私が男爵夫妻と一緒に屋敷から出た後、国王陛下がやってきて、

 陛下から、

 

「さっさと」

 右フック。

「探しに」

 左フック。

「いかんかーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 アッパーカットを食らったのだそうだ……。 

 

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