私一人でも行くから
「家に帰ってない?」
青ざめる私。それ以上に青い顔……いやもう白くなってる男爵夫妻。
あまりに帰りが遅いから、今日は王宮に泊まるのかと思ったらしい。
警吏には連絡しましたか? と聞くとまだと言う。
私は家令のトマスに、警吏に捜索願を出すように命じた。
「大げさだよもう」と殿下が言う。
女の足でそんなに遠くは行ってないんじゃないのと。
「あんたは黙ってて!」
私が一喝すると殿下は黙り込んだ。
「他に、娘さんが行きそうな場所をご存じありませんか?」
私の問いに、夫妻は顔を見合わせ、辛そうに首をふった。夫人の方が、あの子は引っ込み思案だから、友だちらしい友達もそんなにいなかったと言うと、
「あーら、わざわざ豊胸の魔法かけておっぱいを大きくして、人の婚約者にちょっかいかけていらっしゃったようですけど?」
母様の声だ……。今この時にそれ言う?
すると男爵夫人は真っ赤になった。それは怒りではなく恥ずかしさからであろうことは表情から見て取れた。もう、母様ヤメテ!
「そ、その事は娘に変わりまして幾重にもお詫びを」
「うちのバカ娘が、本当に申し訳ない」
そんな、今謝られても、と言いかけた私を母様が押しのけた。
「謝って済むなら警吏は必要ございませんことよ? 今の今までご自分の娘のやってることを放置なさって来たくせに」
ふん、と母様が鼻を鳴らす。ご夫妻ますます小さく……。そんなご夫妻に母様がますます居丈高に言いつのった。
「それにこんな夜中にご自分の娘のご相談? 来るところお間違えではなくて?」
私はついに叫んだ。お母様! と。
「何よ」
「いい加減にしてよ! 子供がいなくなって心配してる人を相手に何考えてんのよ!」
するとそこにトマスがやって来た。警吏の方がお見えになりましたと。
夫妻と一緒に屋敷を出ようとする私に、殿下が言った。君が行って何するんだよって。迷惑かけるだけじゃんって。
どこまで他人事なんだ? そもそも誰のせいだと思ってんの?
とはいえ、私が来ても何にも解決しないのよね。でも、屋敷で待ってるなんてとても耐えられない。
警吏の人らが聞きだした情報によると、アリアナさんは王宮の中庭を抜けて、庭師が使ってる城壁の門から外に出たらしい。彼女が身に着けていた桃色のドレス姿を、庭師とその仲間が目撃している。
街の外に出てなければいいが、と警吏の人が呟く。我が国は田舎ではないが街の外はだいたい森が広がってて、そこには結構な数のモンスターがいるのだ。
森に迷い込んでしまっていたら、助かる確率は低くなると言う。
ほかにも人買いに連れていかれてる可能性もある。国王陛下のお力でそう言う連中はかなり減ったそうだけども。
「その点に関しては、王都の出入りを厳しく取り締まっておりますから」
警吏の人が慰めるように言うのへ、男爵夫妻は力なく頷いた。
それにしても王都と一口に言っても広い。私の家の屋敷の敷地も含めて他の貴族の屋敷もある。それとは別に商人の住む通りやらなんやらがある。
どうしよう。
警吏の人達がしらみつぶしに探すしかないと話し合ってた頃、アリアナさんらしい人が橋の上でずっとたたずんでたと言う情報が入って来た。
そうか、橋だ。
この国は夜になると冷える。橋の下には寒さをしのげる壁がある。そこから地下道の入り口があるから、もしかしたら寒さしのぎにそこにいるかも知れない。地下道から水をくみ上げ、それをボイラーで温めてるから多分暖かいはずである。だって胸露出してる薄着だったし……。
それにパーティ用の靴を履いてる。王都の門までは行けまい。貴族の令嬢が裸足では歩けまい。
この辺は悔しいけどあの馬鹿王子の言うことが当たってた。そんなに遠くは行ってない。
言われた橋まで来ると、桃色の布の切れ端が。あ、これ彼女のドレスの色だ。小さい宝石が縫い止められてる。
橋の下に降りてみる。警吏の人があたりを捜し回ってる。私は地下道の入り口を見た。すると靴跡があった。ヒールの。
もしかしたら見間違いかもしれないけど、こんなに綺麗になにかのあとがつくことはない。
男爵夫妻に、ここにいてくださいと私はいい、ドレスの裾をまくりあげると私は一人地下道に入っていった。
後ろから、警吏の人が来るまで待ってと言う声がしたけど、私には聞こえていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます