大変なことになった!

 帰りの馬車の中で、私は知らない間に寝ていた。

 侍女のミリアが上から毛布かけてくれてた。ありがと。

 

 屋敷に着くと、家令のトマスが迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

 ただいまー。

 ん? トマス、顔色悪いよ。どしたの?


 私がそう聞くと、トマスがなんか口の中でゴニョゴニョ。何? 何?

 

 すると隣にいた侍女頭のアメリアがそっと耳打ちした。


「殿下がいらしてるんです」と。



 ……。



 はぁ?!


 と思ったそこのあなた。

 これ別に珍しいことじゃないの。


 殿下は私に怒られると、なぜか私の家に来る。

 

 さっきのパーティでも、えみりーのばかやろーと泣きながら会場から出て行った。

 そしてそのあと私の家に来たというわけ。

 

 てか毎回思うんだけどさ。

 

 どうして自分の家に帰らない?!


 鉢合わせたくなくて、私は正面玄関からじゃなくて台所の入り口からそーっと屋敷に入った。自室に落ちつくと侍女のミリアに手伝ってもらって着替える。あーもうこのままベッドに沈みたい。でもそんな訳に行かないよね。曲がりなりにも王族が来てるんだから。


「エミリー、聞いたわよ。貴方また私の可愛いフィリップちゃんに意地悪したんですって?」


 居間に降りて行った私を待ちかまえていたのは、私を老けさせたような顔の女性。私のお母上、アンヌ・リーシェ・オブライエン。

 そばかすも私とおんなじ位置にあるお母様はお怒りだった。


「こんなにお顔が腫れるほど叩かなくてもいいでしょうエミリー。貴方はほんとに暴力的なんだから!」


 すると母様の後ろでそーだそーだとアカンべしてる殿下のお姿が。


 貴方そんなところにいたのねアホクサと口の中でつぶやき、私は殿下の顔を見ないようにして言った。叩かれるほどの事をなさいましたのでと。

「何をなさったと言うの?」

 ちょっと、この男、何やったのか話してないのか?!

 私はお母さまに一から丁寧に説明した。するとなんと母様、何かと思ったらそんな程度で? とおっしゃった。

「そもそもそれは男爵令嬢が勝手に勘違いなさってたからじゃなくて? それに貴方がそこまで怒る必要ありますの?」

「あります」

 婚約破棄するしない関係なく、一国を治める人間がこんなので良いはずがない。

 こんな人間ってどういうことだよと殿下が言うのをさり気に無視し、私は言った。


 これは私たち女性への侮辱だ!

 だいたい、女をなんだと思ってんの?

 

 すると母様、なんか私を軽蔑したような顔でご覧になる。なんでだよ。

 なんか言いたいことありそうな顔。でも言ったら私が傷つくからやめとこって感じの顔。

 だから私いってやった。言いたいことがあるならどうぞって。

 すると母様。べーつに、と言って、フイリップちゃん、お腹すいてない? お夜食作ってくるわねー、なんて猫なで声で……我が母親ながらキモイ。何なのよ全く。


 ちなみに、殿下の顔を公共の場でぶっ叩いたあと、さすがにしまったとは思ったわ。でも、両陛下は仰せになった。よくぞやってくれたと。


 ああ、だからこいつは家に帰らないのか……。納得。


 でも私もいい加減くつろぎたいし、

 帰ってもらいたい。


 と言うわけで殿下にその事を丁寧にお伝えする。「帰れ」と。


 すると殿下、ふん、と腰に手を当て私を睨みつけて威嚇態勢。

「謝ってもらうまで帰らないからな」だって。


 まあまあさっきからずいぶん強気だ事。泣いて帰った癖に。

 ああ、お母さまがいるからか。あー、


 面倒くさい!


「誰にですか?」

 すっとほけて聞いてみる。すると殿下はイラッとした顔でおっしゃった。

 お前だよと。

「どーして私が謝らなきゃいけないのです?」

「僕の顔をひっぱたいたろ?!」

「だからそれは、貴方がそれ相応の事をしでかされたからです」

 ぶっ殺されないだけ有り難く思えと口に出かかったが呑み込む。

 とそこで私は不安になった。まさかと思うが一応聞いてみる。


「悪いことなさったと言う自覚はおありですか?」


「ないよ」


 マジか?!


「だって僕は好きでも何でもないっての。パーティの時も言ったろ?」

 

 なのになんで叩かれなきゃいけないんだよと真顔で言う男が目の前に。


 もう、どうにもならん。誰かコイツを埋めてしまえ。

 と私がイライラしていたら、お夜食が出来ましたよって母様が。


 夜食か。私も馬鹿の相手していたらお腹がすいたな。何か食べようと思った私の脳が言う。

 なんか忘れてないかと。


 なんかもう、色々あり過ぎて頭が混乱……。


 ん?


 そ、そうだ、確認するの忘れてたわ。


「男爵のご令嬢にはちゃんと謝ったんでしょうね?!」

 そう、肝心なのココだよ。

 とそこで私は自分の質問の愚かさに気付く。


 悪いと思ってないのに謝りに行くわけがない。


 と、言うことは、アリアナさん、あれからどうしたんだろう。ちゃんと屋敷に帰ったんだろうか。ああ、何で確かめなかった私。


 一人アワアワしてると、王宮から使いが来た。なんと男爵令嬢のご両親と一緒に。


 娘が帰って来ず、殿下と一緒かもと思ってここまで来たそうだ。




 ま ず い。



 あんなこっぴどいフラれかたされて、もしかしたら。



 もしかしたら……!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る