第Ⅳ話 女海妖(男)の恋は簡単じゃない

 「トリドヒュス、よくもこんなことをやってくれるわね」

 

 ギリシア宮殿みたいな場所で、トリドヒュスと郁香は縄で縛られ、地面に跪いている。


 図星されたエリハティアが逆ギレで、二人を無実の罪に着せられた。その名は反乱罪。


 「あれが長老?そんなに若いのに?」郁香が自分の目を疑うほど、長老と呼ばれたのは、エリハティアと互角ごかくできる美人三名。彼女たちはそれぞれの玉座に座って、高いところからトリドヒュスたちを見下ろした。


 「若いのは見た目だけ、実際にもう老けすぎて引退した。左の方はすでにボケたよ」トリドヒュスが目線で示した左の長老は確かに一人で別空間にいるようで、鏡を手に持ち、投げキスを練習している。


 「バリバリの現役じゃん!」


 「罪人トリドヒュス」真ん中の長老が威厳よい声を発した、「あなたの弁駁べんばくを聞かせてもらおう」


 「全くの事実無根じじつむこんです!」


 「では、この場でこのまま女を巨魚島ケートスに捧げても問題ないか?」


 「それは……」トリドヒュスは郁香を一目見て、言葉を詰まった。


 「やはりエリハティアの言う通りだ。さては獲物に惚れたなぁ。実に一族の恥だ!」右の長老がそう言って、宮殿内の他の女海妖セイレーンが一斉にブーイングしはじめた。


 「あんたの処分は後で詮議せんぎする」真ん中の長老はエリハティアに向いて、「まずは一族の誇りエリハティアを表彰しよう」


 「親愛なるエリハティアよ、貴女は今まで魅惑してきた人間の数はノルマより遥かに超え、今日も一族、巨魚島ケートスのため、反乱者を捕まえた。貴女の忠誠心は十分示された。願い事を聞かせてもらおう」右の長老がそう言った。


 「牢屋にいる岡田洸平という人間を賜りますようお願い申し上げます」長老に対し、さすがのエリハティアも普段の傲慢をしまい、大人しそうに要求を述べた。


 「ほう……」真ん中の長老の目付きが少し変わった。


 「あの、絶対にそういう愛情とか、恋とか関係なく、ただ下僕として頂こうかなと考えております。け、決して他意たいはありません」


 ——絶対他意たいしかないだろ!!!


 郁香は恨めしそうでエリハティアを睨んだ。


 「エリハティア」威圧な声が響いた。彼女が思わずビクッとした。


 「人間はすべて偉大なる巨魚島ケートスに捧げるしきたりは?」


 「……忘れません」


 「ルールはルールだ。たとえ貴女の要求でも例外はない、いいか?」


 「承知、しました」エリハティアは何かを抑えるように、拳になった右手に力を入れた。


 「わかればそれで良い」長老は視線でエリハティアを牽制し、次の話題に移った。


 「それでは、トリドヒュス、覚悟はしたなぁ」


 トリドヒュスはただ無言のまま、目を伏せている。


 「気高い女海妖セイレーンには男はいらん!ろくでなし、みっともない男はいらん!」右の長老の言葉に群衆が煽がれたように、そうだ!そうだ!と加勢した。

 

 「トリドヒュス、あんたに下し処分は——」


 「待って!」郁香は勢いよく立ち上がった。


 「おかしいじゃないか?男として生まれたのはトリドヒュスの罪じゃないだろう?彼は女海妖セイレーン(男)として苦労してきたにもかかわらず、同族のあんたたちが彼を助けようとしない上、しょうもない言いがかりばかり浴びせた。そして今はこうも簡単に彼を排除?」ここまで言って、郁香はもう堪えられないようで、叫びに近い大きい声で、


 「必要とされない人なんぞいない!」


 自分の発した言葉に刺さったようで、郁香の涙がポロポロと落ちた。


 「なんで庇う人一人もいないの?なんで誰も手を差し伸べないの?みんなわかってんのに、のせいじゃないって」


 雲行きが少し怪しくなった。


 「浮気したのは課長なのに、なんで私が辞めなきゃいけないの?これ完全にパワハラだろ?郁香、ありがとう、助かったよといっつも言ってる同僚たちもみんな黙ってて、誰一人も部長に本当のことを証言してくれない。ああ、なるほど、私がいなくてもいいんだね。だから助けもしてくれない。その必要ないもん。だって誰も私を必要としないんだ」


 「えっ?今俺の話してるよね?えっ?」トリドヒュス、だいぶ混乱している。


 「だけど、ここで同じことが再演して、やはり……」郁香は涙を拭き取り、意志の固い目で長老たちを凝視し、


 「必要とされない人なんぞいない!」


 「それもう言った」エリハティアはそうツッコミしたが、なぜか笑っている。


 郁香はトリドヒュスを見て、「ああ、スッキリした」と言いながら笑顔をこぼした。それは前と違って、生き生きとした笑みなのだ。


 「静かに!!たかが人間のくせに、神聖の場で口を挟むな!トリドヒュス、あんたの処分は——」


 「結婚じゃ!」左の長老が突如としてそう言った。


 「……」宮殿内は静寂ばかり。


 「ワシは結婚式が見たいのぅ」ピチピチの容姿に反する話し方がいかにも衝撃的だ。


 「お姉様!」二人の長老はビックリしたようで、左の長老を責め立てた。「今は処分の話!」


 「婚姻こそ一番の処罰じゃ。人生の墓場だのぅ」左の長老はオホホホホと高らかに笑った。


 「あの、あたしも同罪にしてください」エリハティアは自ら手をあげた。


 「エリハティア?!!」


 「そうかい?よし、よし、それではそれぞれ結婚の刑じゃ!」と最後の判決が下された。


◇◇◇


 皆さんはご存知でしょうか?


 美しい歌声で、海の旅人たびとを破滅させるあの伝説の女海妖セイレーンの世界においても、結婚は人生の墓場という説がある。


 私の名は岡田郁香。職場恋愛で人生に絶望した人間だ。


 遥か昔、ほぼ男しかいない大航海時代の海、それは危険しか言いようがなかった。だけど、そんな時代はもう終わった。今時の海は私の傷心を癒やし、ちょっとずつ希望の欠片を取り戻すに最適な場所。


 そう思った私が正しいのだ。


 海というのは、どんな時代であっても不思議なところだ。


 女海妖セイレーン(男)と出会った時点ですでに恋に落ちる結婚させる運命が定められた。この恋はこれから愛を育むだろう。


 Till死が death私たち do us分かつ partまで

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女海妖(男)の恋は簡単じゃない 早川映理 @hayakawa0610

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