答え合わせ

 前日前夜の冷え込みが嘘の様な、温かな昼下がり。


 教会の応接室には、対面して座るシスターブロンシュとヴィクトーの姿があった。


 二人は、終始穏やかな雰囲気で言葉を交わす。


「では、私どもがお邪魔した日も、いつもの様に、信者の方々のお悩み相談を受けていたのですね?」


「その様な大それたことでは。ちょっとした雑談です」


 ヴィクトーは、持参した鞄から写真を取り出し、机に置いた。


「この方とも、お話しされましたか? あの時、礼拝堂にいらっしゃったので」


「ええと。……ええ。確か、不眠で悩まれていた方かしら?」


「不眠で……なるほど。その他に、何かおかしな言動はありませんでしたか?」


「いえ、全く。眠れないのならと、確か……」


「こちらの本を、お譲りになったのでは?

 ええ。彼女の書棚を調べたのですが、この本だけ、他のものと毛色が違いましてね?」


 写真の横に置かれた小説を見て、シスターは柔らかく微笑んだ。


「そうだったかもしれません」


「その時、彼女に何か、お話しなさいましたか?」


「ええ。貴女にも神のお導きがあります様に、と」


 シスターブロンシュは、花のように微笑む。

 ヴィクトーは、目を細めて小さく頷き、立ち上がった。


「……お時間を頂き、有難うございました。

 いずれまた。シスター ブロンシュ」

 

「ええ。道には気をつけてお帰り下さい」





「鑑識によると、昨晩惨殺された女性の殺傷痕は、連続殺人の被害者のものと同様で、テオ=モローの受けた傷跡とは一致しませんでした。

 また、テオの鞄からこの女性の血液が付着したコート、手袋、凶器のナイフが出たことから、これまでの連続殺人は、テオの犯行と見て間違いないでしょう。

 ロラ=マテューは、夫が殺人犯と知り無理心中をはかったもの、と言う見解で宜しいですかね」


「被疑者死亡での幕引き。後味の悪いことですね」


 ため息を吐きつつ応じる上司に、ニコラは苦笑いを浮かべる。


「それは、まぁ。

 でも、これ以上被害が増えないのは、喜ばしいですよ」


「そうでしょうかね。

 私は気に入りませんが、仕方なしに調書をまとめるとしましょう」


「うへぇ。それが一番大変だ」


 悶絶するニコラに机の上に、ヴィクトーは持って来ていたファイルを並べ始めた。


「はぁ。ところで、この事件に教会は、あまり関係なかったわけですけど、シスターに会いに行った理由は、結局ただの注意喚起だったわけですよね?

 大した情報も取れなかったし、また、取る気もなかったようですし?

 確かに魅力的な女性とは思いますが、仕事中にわざわざ。職権濫用も良いところだ。ねぇ?係長」


「だから君は、考えが浅いと言われるのでは?」


「はぁっ?」


「これは、ロラ=マテューの枕元に置かれていた小説で、事件の数日前、シスターブロンシュが彼女に譲ったものです。

 ニコラ君は、読書は好きですか?」


「好きでは無いですね」


「でしょうね。

 君が小説を読んでいる姿は、想像できません。

 ああ、一方的に君を侮辱するつもりはないですよ。かく言う私も、恋愛小説に興味はないので。

 参考までに、課の女性に聞いたところ、巷ではハッピーエンドが好まれるそうです」


「は? 何の話です?」


「まぁ、最後の章だけで良いですから、それを読んでご覧なさい」


 ニコラは渋々本を手に取ると、最後の章を読み始め、数分後眉を顰めた。


「え……これ」


「見た目上バッドエンド。但し、他の人には理解出来なくとも、二人だけは幸せでした。

 メリーバッドエンドと呼ばれる終わり方だそうですよ。

 まぁ。実際の事件において、殺害された側が真に幸せだったのかは、闇の中ですけどね」


「こんな……いや。でも、まさか、これがきっかけで?」


「まず、教会に行った時点で、ロラは夫が連続殺人の犯人であると気づき、悩んでいたと仮定します。

 彼女は、元々信心深く、思い込んだら一直線な人だと、彼女の上司が仰っていました。

 その彼女が、このような精神的に追い詰められた状態で、信頼できる相手から『これが救いだ』と差し出されたら、どうでしょう」


「それで、作品に沿って犯行に及んだと? 」


「但し、シスターは本を譲っただけ。

 運任せな部分も有りますし、殺す様に命じたわけではないですから、教唆を主張しても、まぁ、こちらが負けますね」


「いやいや! 流石に飛躍しすぎっていうか。

 第一、ロラに夫を殺させて、シスターに何の得が?」


「単純に得で考えるならば、教会の運営資金が、信者の寄付で賄われていることが挙げられますが、それが直接的な理由ではないと、私は考えます。

 思い出してみて下さい。我々が教会に行った時のことを。

 我々が帰ったあと、シスターは、礼拝堂にいた人々の悩み相談に応じていました。

 あの時、礼拝堂に居たのは、ロラの他は、連続婦女殺人事件の被害者遺族だけです。

 彼女の信じる神は、果たしてどちらの味方をしたのでしょう? 」


「う。でも、偶然ってことも……」


「それが、この一回きりなら、『偶然が重なった不幸な事件』なのでしょうが……何れにせよ、今回は私の力不足です」


 ヴィクトーはため息を落とす。


「そう言った理由で、私は彼女を見張っているのです。こういうきな臭い事件の時は、欠かさずに。

 なかなか尻尾を掴ませてくれませんがね。

 君は純粋ですから、間違っても彼女に近づかない方が良いですよ」


 ヴィクトーは、窓から見える丘の上の教会を仰ぎ見た。

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そのシスターは丘の上の教会にいる 丸山 令 @Raym

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