最終話 敬語はまだ外せない
初詣を済まして、少し遠回りして帰ることにした。
雪はもう止んでいて、だんだん太陽がお空にのぼってくる。溶けかかったアスファルトの上の雪を避けながら、私たちは歩いていた。
それでも、ブロック塀の上に降り積もる雪はまだ溶けていない。
「さきほど、何を祈っていたんですか?」
タイヨウ君に言われたので、「タイヨウ君の健康含める世界の平和」と正直に答えた。
面白そうに、タイヨウ君が笑う。
「スケールが壮大ですね」
「最初はもっと自己中心的なお願いしてたんだけど、あのおみくじ見ちゃったらね……」
さすがに「いかがわしいことができますように」なんて言うのは恥ずかしすぎたので、そこは誤魔化しておく。
健康大事。健康だけは何物にも替えられない。
「タイヨウ君は? あ、いや、お願いごとって言ったらダメなんだっけ」
「いえ、俺は神様には願ってなくて」
感謝を、とタイヨウ君が言った。
「イオリさんとミヅキさんと一緒に、またお正月を過ごせたことが嬉しくて」
「……」
その顔が、本当にあんまりにも嬉しそうに微笑んだものだから、私は少し胸が締め付けられた。
私が無自覚に接していた時、タイヨウ君はその分、追い詰められていたのかもしれない。ずっと、私たちの信頼を裏切っているとか、あの家から出ていかないといけない、と思っていたのかも。
私だけじゃなくて、私のお父さんや亡くなったお母さんのことだって、タイヨウ君は大好きなのに。私、あの家を出たいだなんて考えてた。
「……ごめん」
「え?」
「私、自分のことばっかりで……」
なんて言えばいいんだろう。
結果オーライとはいえ、彼の居場所を奪うとか考えないで告白したこととか、ずっと好意に無自覚だった自分とか、なんか色々申し訳なくなって、頭の中でグルグルしてしまう。
テンパってようやく出てきた言葉が、
「私さっき、『タイヨウ君といかがわしいこと出来ますように』って祈っちゃってた……」
だった。
……いやアホかな私!?
出てくるにしたって、せめて「キスしたい」にしとこうよ私! なんでそんな一発アウトなワードが出てくるの!
恥ずかしいやらなんやら、真っ赤になってしまった顔を隠すために、私は前のめりで前を歩く。
「今の忘れて本当にごめん!」
そう言った時、ぐい、と強い力で引っ張られる。
その反動を利用して、そのまま私はタイヨウ君の胸元まで引き寄せられた。
「ふみゃっ」
ふわ、とタイヨウ君のにおいがする。
そのまま抱きしめられて、あの、と震える声が降ってきた。
「……それ、どこまでやっていい?」
あ、敬語が抜けている。
などと呑気なことを考える頭とは正反対に、心臓がドドドドと鳴っている。
「き、」
スまで?
という言葉が出る前に、「キスは?」と早口で飛んできた。
言葉で返事するのは恥ずかしかったけど、あいにく私の頭はタイヨウ君の胸のところにある。無言でうなずくことはできない。
「キス、……したい、な」
する、と出てくる本音。私の頭は直接口に繋がってるのかな?
そう言うと、タイヨウ君はすごい長いため息をついて、
「やっぱり出ます、家」
そう早口で言って、キスをしたのだった。
……彼が常に敬語を外せるのも、近い、かもしれない。
【カクヨムコン9短編】幼なじみが私にだけ変わらず敬語を使ってくる。 肥前ロンズ @misora2222
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