第1話 新学期の僕

 今日は九月一日。長い夏休みを終えいよいよ新学期を迎える、そんな一日だった。

 朝少し遅れそうになった僕はいそいそと朝食を食べ、制服に着替えると昨日準備しておいた鞄を背負い家を飛び出す。靴べらも使わないで足先でとんとんと足を靴に入れ、「いってきまーす」という声だけを残して家の敷地を出た。

 久々の学校、かつ今日は金曜日なので授業もなく土日に突入できる。学校への行き帰り以外特に面倒を被らないそんなこの日、僕の足取りは特に重くもなく少し急ぎ足で学校へと向かった。

 住宅街を抜け、大通りにたどり着く。夏休み中旅行にも行かずほとんど外出をしていなかった僕は随分と身体が鈍っていたらしく、この時点で若干息を切らしていた。

 目の前の信号が青に変わる。一斉にその場にいた数人が向かい側へと歩くが、その中に僕と同じ学校の制服の姿はない。

 ……まずい、本格的に遅れたか。そう思った僕は、急ぎ足で渡りきりその先の道に全力疾走を始める。


 …………この時、少しでも左右を見る余裕があればよかったと今になって思い出す。

 ただ急げ急げと心をあせらせながら走っていた僕が左に曲がれるT字路に差し掛かった時。左から何かを積んだ川崎ナンバーの白いハイラックスが大通りに向かい右折しようとしていた所に、僕は突っ込んだのだ。

 最後に覚えている感覚は、僕と運転手と助手席の男が叫ぶその声。轢かれると言う感覚を覚える間もなく、どうやら僕は命を落としたようだ。

 ──それからどうなったのか、僕には知るよしもない。死人に口なしという諺の通り、僕には何かを言うことはおろか見聞きすることすらできないのだから。

 全てを思い出し、僕は改めて目の前の神を名乗る少女の方に目を向けた。


「……思い出した?」

 無表情なまま僕に聞いてくる少女。思い出してみたはいいもののまだ完全に飲み込めてはいない僕は、小さくうんと首を縦に振ってみる。

「……そう。さっきも言ったけど、あなたは不注意にも交差点で飛び出してトラックの下敷きになった。だから、私があなたの行く末を教えてあげるの」

 なるほど、いわゆる最後の審判とか閻魔大王の裁きとかそういう類のことが、今ここで行われるみたいだ。

 しかし、目の前にいるのがイエスキリストでもなければ閻魔大王にはとても見えない、僕と同年代の少女にしか見えない彼女だと言うのはとても信じられない。

「ちょっと待って。君が神様の一種って言ってたけど、本当なの?」

 気になったので聞いてみた。

「正確には違う。私は天国の人から募集したアルバイトみたいな感じ。神様バイトって周りは呼んでる」


 …‥予想外だった。世界中で一日何人も死んでいるのを彼女だけで裁いているようには思えなかったが、まさかバイトでやっているなんて。

「か、神様バイト? 何なのそれ、バイトって言うけど、時給とかどうなってんの?」

 流石に気になって、僕も少し食い気味に質問してしまう。そんな僕の問いにも、彼女は冷静な面持ちで回答する。

「場所ごとに募集されて、そこで死者を待って死後の行き先を伝えるお仕事。私は日本国関東地方南部担当で、時給は円換算だと多分二円? くらい」

「ええええええっ、に、二円!? 一時間働いて、たったの二円?」

 僕があまりにも大きな声を出したためか、少女は途中でしーと止めてから再び口を開く。

「……ごめんなさい、時代があの時とは違うことを計算に入れていなかった。今の円にすると、大体二千円」


 時給二千円、結構給料はいいみたいだ。よし、天国に行ったらその神様バイトっていうのでも始めてみようかな──

「でも、あなたはそのバイトを受けられない。だって、あなたは天国に行ける存在ではないから」

 高時給に浮かれていた僕に告げられた、天国に行けないという言葉。途端に地獄行きの絶望が僕の脳裏によぎった(脳があるかは別として)。

「そんな……。じゃあ僕は、まさか地獄に……」

 落胆し、膝から崩れ落ちる僕。そんな僕を、少女は表情を変えずじーっと見ていた。

「大丈夫、あなたは地獄に行くわけではないの。天国でも地獄でもない、別の場所」

 ……よかった、本当によかった。

 自販機で取り忘れられたお釣りをネコババしたとか嫌いな同級生に足を引っかけたりとか、いろいろ原因考えてたけど、本当によかった。

 そう安心した僕は、ほっと胸を撫で下ろして立ち上がる。

「で、その場所っていうのは一体……?」

 僕に質問されると、神様バイトの少女は机上の紙に目を向ける。

「善でも悪でもないあなたが行くのは、今までとは別の世界。もう一度あなたには新しい世界で人生を生きてもらって、行動を調べて行き先の最終決定をする必要がある」


 要約すると、僕は普通だからもう一回別の人生で善悪を判断する、ということらしい。

 ……ということは、いいことをすればネコババも足払いも挽回して天国に行ける、ってこと?

「特に質問がなければ、次の説明を聞いて。……あなたが行く世界は、今まで生きたような世の中とはわけが違うから」

 僕は背筋をピンと伸ばし、説明を聞く体制に入る。

「あなたが行く世界は、魔法もあって魔物もいる、そんな世界。その世界でのあなたの行動で、次が決まる」

 何やらファンタジーじみたことを言われた気がする。

 魔法? 魔物? 僕の頭には、新たな疑問符が浮かんできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『本』と一緒に行った僕の異世界はハードモード〜転生先はファンタジーな世界のはずなのに、ギルドに行っても魔法すら使えるようにさせてくれません〜 れあるん @Real756453

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ