ゲームスタート〜神野栄治〜(1)
「は? なんで俺たちまでプレイしなきゃいけないの? 時間の無駄だよね?」
「こらこら、頭ごなしに否定しないんですよ」
と、嗜められる。
それは去年の年末にプロモーションを撮影したVRMMOゲーム『
もう終わったと思っていたのに、リリースが一週間後に迫った三月の中旬、『SBO』の公式チャンネルでプロモーション担当の鶴城一晴と神野栄治に実際ゲームをプレイをしてほしい、という追加依頼――という話だった。
事務所の社長、
彗はまだ十五歳。
それで芸能事務所の社長なのだ。
卒業の時に色々あった栄治と一晴を拾うため――居場所を作るためにわざわざ事務所を作ってくれたのだから、年下といえど大恩人。
逆らう選択肢はない。
「時間は何時からなのですか?」
「午後三時からの一時間から二時間の予定です。お二人ともVRゲームは?」
「「やったことないです」」
「じゃあ初体験ですね。お二人のプロモーションは好評とのことで、今後も定期的に広告塔としてプロモーションを頼みたいそうです。こんなに長期で使ってもらえる案件、なかなかないですよ。レベル上げしておいてくださいね?」
「「う……」」
それは、確かにその通り。
栄治が渋い顔をする横で、一晴もしょぼ……と俯いている。
二人ともゲームで遊ぶ家庭環境ではなかった。
ゲームで遊ぶ、という感覚がわからない。
「売り上げに応じて“鶴神”コンビにPR用のオリジナル楽曲も歌ってほしいという話ももらっています。歌のお仕事ももらえるかもしれませんし、頑張ってください」
「歌って……俺らもうアイドルは卒業してるんですけど?」
「いいじゃないですか、五月にまたアイドルデビューするんですから。それに根強い人気ですよ、鶴神。うちの事務所公式ワイチューブチャンネルでも、栄治と一晴だけの動画の再生回数、桁が違いますし」
「それは私の栄治への愛が溢れていて、ナマモノBL好きがホイホイされているからでは?」
「自分たちの売り方をわかっていてくれているようでなによりですね。まあ、それもあるのでしょうけれどやはり学生時代で稼いだネームバリューは馬鹿にできない、ということでしょう。コメント欄にも『またいつか二人の歌が聴きたい』というのが散見しますし」
沈黙。
二人とも嫌そうである。
栄治は先輩モデルに騙されて東雲学院芸能科に入学し、嫌々星光騎士団に入れられたレアケース。
一晴は子役から抜けたあとの行き先として、時代劇の子役というイメージを払拭するため俳優として、2.5次元俳優としての幅を広げるために東雲学院芸能科にきて努力して星光騎士団に入った。
つまり、二人とも歌はそんなに得意ではない。
もちろん、アイドルグループ星光騎士団は古参ということでレベルが高いと言われている。
そのレベルに到達しているので、地下アイドルなど目ではないくらい歌は上手い。
特に栄治はストイックに自分を鍛えるよう心がけている。
自分に才能がないタイプだと自覚しているから、天才の闊歩する芸能界に食いついていられるように努力を欠かさない。
と言っても芸能界にこだわりがあるわけではなく、あくまでも仕事として。
生活のため。
二人とも、そういうタイプだ。
「プレイ、してくれますよね?」
「「は……はい」」
そう言われて手渡された未開封のVRフルフェイスマスク。
唇を尖らせたまま、二階のスタジオに移動して配信用パソコンの前まで来ると、二人でそこに箱を置く。
「彗殿にはああ言われましたが、うちにはとても持って帰れませんな」
「同じく」
一晴の家は家族が多い。
叔父がアル中のクズなので、こんな金目のものを持ち帰ったら翌日には転売される。
栄治の家は中型だが闘犬種の犬がいるので、精密機器の類は置いておきたくない。
パソコン部屋には入らないように躾てあるが、祖父が栄治のいない時間には普通に入れてしまう。
それに家にいる間は祖父と犬、家族との時間に使いたい。
こくり、と頷き合う栄治と一晴。
「しかし、やるしかありませんな」
「かったるいけれどね」
サクサクと二人でパソコンに繋ぐ。
プロモーションで配信しなければいけないのであれば、はなからスタジオの配信用パソコンに繋いでいる方がいい。
初期設定も、ゲームのダウンロードも終わって、フェイスマスクを装着してキャラクター作成を始める。
こちらもプロモーション用に、自分たちのリアルな姿をスキャンして作成。
[キャラクター名 エイジ]
決定しますか?
→はい
→いいえ
まあ、こんなものだろうと思って『はい』をタップ。
虹色の光の中、急に白い光になる。
光が開けると、真っ青な空に音符が浮いている光景。
「……なにあれ……ダサ」
音符はないだろ、音符は。
溜息を吐いて空から地上に視線を移す。
エイジが立っていたのは円形の広場。周辺はプロモーションでも見たはじまりの町『ファーストソング』。
(へー、プロモーションで見た時とはやっぱり臨場感が違うな。っていうか、VRゲームってこんなにリアル感あんの……!? ちょっと舐めてたかも)
広場から出て一晴が来るのを五分ほど待つ。
メニュー画面やシステムの確認をしながらなので、待つのはそれほど苦ではないのだが……一向に来ない。
「あ、あの、神野栄治さんですよね!? 私神野さんのファンで、プロモーション見てSBO始めたんです!」
「え? 本物? 嘘?」
「本物の神野栄治?」
「プロモーションやってるのかな!?」
「あーーーー……ちょっとキャラクターだけ作っただけなんだよね。プロモーション見てゲーム始めてくれてありがとうね。予定の時間だからログアウトしないと。それじゃあ」
「「「あ」」」
速攻でメニューを開き、ログアウトする。
マスクを外してから頭を抱える。
というか、一晴はなんであんなにこなかったのだ。
おかげで大変な目に遭った。
隣を覗き込むと、一晴は「栄治~~~」と情けない声を出している。
「なに?」
「え、栄治~、どうやって始めたらいいのですか~」
「嘘でしょこの機械音痴」
マスクを外してから、もう一度設定を見直す。
シンプルにパソコンとパットが無接続。
マスクと外付けハードディスクが繋がっていなかった。
「この機械音痴がよぉ……」
「申し訳ない」
「まあでもいいよ。開始直後にリアルの姿のままだと囲まれるってわかったし」
「え? マジですかな?」
「マジだよ。俺らがプロモーションしたから、余計みたい。キャラクター容姿のお気に入り登録と切り替えができるから、リアルとかけ離れた容姿と声作ってレベリングした方がよさそう」
「なるほど。よくわかりませんが、なんとかするということですな?」
「……素直に彗さんにゲーム詳しい人紹介してもらおう。あ、そういえば
「おお! 賛成ですぞ!」
柚子――
東雲学院芸能科時代、栄治たちの一つ下の後輩。
学生時代から声優として活動しており、声の魔術師と二つ名まで持っていた元星光騎士団のアイドル。
ゲーム中毒で、ゲーム内では必ず女性アバターでネカマプレイをするこだわりがあると真顔で語っていた自他ともに認める立派な変態。
なんか「ネカマプレイは歳を重ねるごとに味わい深くなるでしょう?」と慈愛に満ちた微笑みで言い放っていたので、アイツはろくな死に方をしないと思う。
ことゲームには、そのように造詣が深い。
スマートフォンから久しぶりに柚子にメッセージを送って、ゲームの指南を頼むことにした。
「とりあえず声はかけておいたから、あとは時間合せて色々教えてもらおう。VRゲームはとりあえずなんでもやってるって言ってたし、SBOもプレイしてるといいんだけど」
「ですな。……しかし栄治……」
「言うな。俺もそんな気がしてる」
柚子に頼むと問答無用でネカマプレイになるのではないか。
二人はそのことについて、考えるのをやめた。
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