ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~
古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中
ゲームスタート〜音無淳〜(1)
「ら、落選……!」
ベッドに倒れ込む。
憧れの学生アイドルグループ『
(ハァーーー……わかってたこととはいえ……へこむ)
十年ほど前から東雲学院芸能科で根づいている『アイドル歌手』の制度。
『グループ』もしくは『ユニット』に所属するよう定められている。
『グループ』と『ユニット』は、“アイドルグループ”と“アイドルユニット”のこと。
本格化思想の東雲学院芸能科は、自分たちの芸能活動費用は自分たちで稼ぐ。
だからこそ、グループとユニットへの加入は生きていくために必須なのだ。
有名どころは『魔王軍』『星光騎士団』『勇士隊』。
『魔王軍』はロック系やヴィジュアル系、デスボなどの系統。
『星光騎士団』はバラード系やJ-POP系。
『勇士隊』はなんでもあり。
これら以外にも中規模なグループがあり、自分のやりたい傾向を照らし合わせて選択するよう通達される。
入学一週間後のデビューライブはネットで全世界配信されるが、実力が認められればスカウトもされるという。
が、歌の苦手だった淳はどこからも声がかからなかった。
「あーーーもーーー! これでミュージカル俳優志望ってなんか情けなくなってきたんだけどぉー!」
幼少期から親が「コミュニケーション能力を伸ばすために」と劇団に所属させられて、演技やダンス、歌も教わってきた。
主軸は演技だったけれど。
けれど声変わりが始まってから音程がズレるようになってしまった。
オーディションでも「今回はタイミングが悪かったけれど、声変わりが終わってからでも所属先を探せばいいんじゃないか」と慰められる始末。
普通に話す分には問題ないが、歌は声がだみる。
淳が入りたいグループ、星光騎士団は歌唱力・ダンス・ファンサービス重視の最古参の一角。
伝統あるグループ故、入団にも最初からそれなりのレベルが求められる。
今までやってきたことを考えれば、問題なく入団できると思っていたのに。
「お兄ちゃんうるさい!」
「ち、
「なに? 星光騎士団落ちたの!? お兄ちゃんが!? なんで!?」
「歌でダメだった。声変わりしてから音程がイマイチで……」
「そっかー」
扉を蹴破られて相変わらず強烈な妹だな、とベッドから起き上がる。
サイドにツインテールのあるロングヘア。
一見すればお嬢様系なのに足癖は最悪である。
受験生なのに、隣の部屋で騒いでしまったのは本当に申し訳ない。
「あ、そうだ。でもオーディション終わったんだし、入学祝い届いたからちょっとチコの部屋来て」
「え?」
「早く!」
「はい!」
智子が今日も怖い。
言われた通り隣の部屋に向かうと、なんかでっかい箱が床に置いてあった。
なにこれ。
「じゃじゃーん。神野栄治様ファンのお兄ちゃんのためにVRフルフェイスマスク! 買ったよ! あ、ちなみにチコのバイト代で買ったから。これでいくら叫んでも問題なし!」
「え? あ、う、うん?」
「なにその薄い反応~。栄治様がCMやってた『ソング・バッファー・オンライン』が、これでできるんだよ? 嬉しくないの?」
「え? なにそれ……?」
「は!?」
ギョッとされる。
一拍の間。
嫌な沈黙が流れる。
「CM観てないの!? お兄ちゃん、それでも栄治様のファン!?」
「だって最近ネット断ちして受験勉強してたし、合格したあとは入学準備と劇団卒業の手続きと卒業前の最後の公演の練習で毎日死にかけてたし、入学したらしたで課題とオーディション対策で毎日体力尽きてたし……!」
「知ってたけど、信じられない! もう! これ観て!」
腕を掴まれてベッドに放り投げられる。
信じられるか? この音無智子は清楚なお嬢様系モデルで通っているのだ。
この外見美少女ゴリラが。
スマートフォンでワイチューブのアプリを開き、お気に入りからとあるゲームのCMを見せてくる。
それはVSフルフェイスマスクのCM。
音無兄妹最推しモデル、神野栄治と淳所属劇団出身の大御所元子役現ミュージカル俳優鶴城一晴のコンビが歌いながらプロモーションを担当している。
『VRフルフェイスマスク、ついに登場!』
『完全防音で大声を出しても近所迷惑にならない!』
『専用ゲーム
ヘルメットのような形のそれと、智子の部屋に置いてある箱にも同じ商品が描かれていた。
価格は六桁後半。
恐る恐る妹を見るとドヤ顔。
さすが清楚お嬢様モデル擬態の美少女ゴリラ。
伊達に稼いでいない。
「完全防音のVRフルフェイスマスク“静遊”で『
「“静遊”には高性能マイク以外に、ノイズキャンセラー付きヘッドフォンが内蔵なんだって。その分燃費悪くて有線だけど、歌の練習にも最適! 歌が上手ければ上手いほどゲーム内で強くなれちゃう! ね? お兄ちゃんにピッタリでしょ!? 歌が課題ってずーっと言ってたし、カラオケ行くお金もない。なにより今なら栄治様と一晴先輩の待ち受け画像が手に入るし、スタートダッシュキャンペーンで二人のサイン入り色紙プレゼントキャンペーンに応募権が手に入る」
「やる! ありがとう、智子!」
神野栄治の待ち受けとサイン色紙がトドメだった。
「栄治様、かっこいいよねぇ」
「ねぇ~。あたしも北雲より東雲の芸能科受けたい~」
くねくねとしながら兄妹揃ってスマートフォンに映るモデルの神野栄治に手を合わせる。
彼は音無兄妹のヒーローなのだ。
二人が小学校の頃、劇団の授業が終わってからスタジオの外で親の迎えを待っていた時――変な男に声をかけられた。
男は淳を無視して智子に手を伸ばしてきたので、慌てて妹を庇うように立ったが突き飛ばされてしまう。
妹が腕を掴まれた時、一人の学生が男の股間を後ろから蹴り上げる。
ぎゃあ、と妹から手を離して倒れ込んで悶絶する男に半笑いで「ねぇ、私人逮捕って知ってる?」と言いながら110番で警察に電話してくれた人。
立ちあがろうとする度に足かけして倒し、最後は背中の上に座ってスマートフォンをいじっている綺麗な顔の高校生。
二人の側にいてくれるだけでなく、呻く犯人に懇切丁寧など正論のお説教。
すぐに駆けつけた警察により現行犯逮捕された男を見送ったあと、親が現れるまで側にいて話をしてくれた。
名を名乗ることもなく、警官に対して「あー、お兄さんたちが知らないのは俺の努力不足だから」と言って立ち去ってしまった彼は、東雲学院芸能科の制服。
家に無事に帰ってから、すぐに東雲学院芸能科を検索した。
そこに星光騎士団、第二騎士団(二軍)所属、
あの日から、神野栄治は音無兄妹のヒーロー。
騎士団という名のアイドルに過ぎないはずなのに、彼は本当に、弱きを救い守る本物の
それからずっと追いかけている。
「受験が終わったらチコも買うつもりだけど、それまでにチコをエスコートできるくらい強くなっておいてね!」
「うん、わかった! ありがとう、智子!」
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