第8話告白

「ねぇ、シチロー……『最後の仕上げ』ってどういう事? これで終わりじゃなかったの?」


一芝居した後にシチローのモニタールームにやって来たてぃーだが、当初予定に無かったこの後のシナリオについて尋ねた。


「シナリオなんて無いさ。耕太君には、よ」


まるで映画監督にでもなったような口振りをしながら、シチローは煙草をくゆらせていた。


☆☆☆



 その頃耕太は、お見合い会場のすぐそばまで来ていた。


図書館から走りっ放しで、すでに体力は限界に近い状態だった……それでも最後の力を振り絞って、耕太は料亭の入り口をくぐって行った。


一方……IT社長の金田の方は、羽毛田の迫力ある脅しにすっかり萎縮してしまい、最初の横柄な態度はどこかへ飛んでいってしまっていたようだ。



やがてお見合い会場の襖が勢いよく開き、最後の主役である山口耕太が登場した!



「そのお見合いを認める訳にはいかない!!」



開口一番、耕太はそう言い放った。






「確かに僕と詩織さんとでは『住む世界が違う』のかもしれない……だけど、人には誰だってこれだけは譲れないって事が、一つ位はあったっていいだろう。

IT社長だか何だか知らないが、詩織さんの事だけは譲る訳にはいかないんだ! ……僕は…僕は…………………………






詩織さんの事を世界中の誰よりも愛しているんだ!!」








(いきなりやって来て、お見合いの最中の詩織に対してプロポーズをするこの男は一体……?)


当然の事ながら、金田は耕太の事を知らない。


困惑する金田の様子を見て、羽毛田はあるアイデアを思いついた。


「おお~っ! まさかとは!」


羽毛田は耕太を『若』と呼び、側に近寄って足下に跪いた。


「わ…若って……こ、この方が関東竜神会新宿支部の若頭の『藤堂竜也』様で……」


普通の精神状態ならば、耕太の風貌はとても暴力団の若頭には見えない。

しかし、今までさんざんに羽毛田に命の危険を脅されてきた金田は、そんな正常な判断さえ出来ない程に精神が衰弱しきっていた。


しかも、耕太の方も長時間走った後のランニングハイとでもいうのか……目は血走り妙な迫力があった。


耕太を見て怯える金田に、羽毛田が更に追い討ちをかける!


「おい! テメェ!」










んだろぉなああっ!」










「ヒッ!ヒエェェ~~~ッ! ごめんなさい~助けてくださぁぁい!(泣)」



金田は、泣きながら靴も履かずに外に飛び出し、中庭の段差に躓いて転びながら大声をだしてどこかへ逃げて行ってしまった。


それを見た耕太は、キョトンとした顔で不思議そうに呟いた。


「うん? あの人、一体どうしたっていうんだ……」






「あっはっはっは~~~♪ヒ…ヒィ~~可笑しい~♪」


突然、詩織がまるで何かがはじけた様にお腹を抱えて大声で笑い出した。


(こんなに心の底から笑ったのなんて、何年ぶりだろう。)




笑い過ぎて涙が出た。



もしかしたらその涙は、今までずっと詩織の心の中で押さえつけていた不安や苛立ちといったものを、全て洗い流す為の涙だったのかもしれない。


やがて、隣のモニタールームからシチローとてぃーだが姿を現し全員が一つの部屋に集まった。


「ありがとう! 皆さん……そして耕太さん!」


詩織は、涙の跡の残った顔を上げ感謝の言葉を述べた。

そして、意を決したように耕太に向かってその大きな決断を伝えた。


「耕太さん……私は……」


耕太は真剣な顔で、詩織の瞳を真っ直ぐに見ていた。


何秒かの沈黙の後、詩織が言葉を続けた。








「私! ……アメリカに留学しようと思います!」



あまりに突然な詩織の申し出に、一同は息を飲んだ!



「アメリカ留学だってえぇ~!?」



「ええ……父には許してもらえるかどうかまだ分かりませんけど、誰にも頼らずにアメリカで一人で暮らしてみようと思うんです。」


詩織は、お見合いの前にシチローが言っていた『自由と覚悟』について自分なりの答えを出したようだ。


「あぁ………」


耕太はガックリと肩を落とした。

その肩をポンと叩き、シチローが慰めの言葉を送った。


「まあ~最近じゃ、ネットでチャットなんかも出来る訳だし……元気出せよ、耕太君。」


それに、ひろき、子豚、てぃーだが続いた。


「ヤケ酒だったら、あたしが付き合ってあげるよ」


「私の占いじゃあ、これから先の耕太君の運勢はバラ色よ」


「詩織さんの新しい旅立ちを、耕太君も笑って見送ってあげましょうよ」


詩織の新しい旅立ちは応援したい……しかし、ようやく少し親密になれそうだと思った矢先にアメリカ留学とは……


「詩織さん……頑張って下さい」


少し寂しかったのは事実だが、それでも耕太は優しく微笑んでそう言った。


詩織は、そんな耕太に真剣な眼差しで向き合った。



そして瞳をゆっくりと閉じ、背伸びをした。



わずかに風が吹き、中庭の木の葉が揺れる音がして……








耕太の唇に、詩織の柔らかいそれが優しく触れた。








「三年待ってくれますか?」


「え……?」


「三年経って私が、一人の自立した女性として日本に戻って来る事が出来たら……

そして、その時まで耕太さんが今の気持ちのままでいてくれるのなら……

そしたらその時は、私の方から耕太さんにプロポーズしに行きます。」



詩織から耕太への、三年先のプロポーズだった。



「やったな! 耕太君」



「イヤッホゥ~♪」



思いがけない大どんでん返しに、チャリパイの面々は沸き上がった!



耕太は、涙でクシャクシャになった泣き笑い顔で“はい!”と返事をした。



☆☆☆



それから1ヶ月後……



詩織はなんとか父親を説き伏せ、アメリカへと旅出って行った。



耕太は相変わらず図書館で、百三十円のカフェオレ片手に仕事に精を出していた。


羽毛田は、シチローからせしめたジャックダニエルを飲みながら、自分の事務所で煙草をくゆらせている。


金田は、いつヤクザに狙撃を受けるやもしれないと、毎日眠れぬ夜を過ごしていた。




そして、我がチャリパイの面々は……










『毎度~お騒がせ致しております。森永探偵事務所でございます。

浮気調査から~人捜し~殺人事件から犬の散歩~~

そして、アナタの恋愛のお手伝いまで~! どんなことでも承りますよ~~~!』





☆おしまい☆













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チャリパイEp6~恋のエンゼルパイ~ 夏目 漱一郎 @minoru_3930

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ