非凡なおじさんの平凡な日常

 大隅さんの文章はずるい。
 いつもそう想う。
 最小の表現で、最大の描写を生み出しているからだ。とってもエコ。
 毎回、わたしが一行書いている間にこの方は一作書き終わっているんじゃないか、とまで想うほどだ。
 羨ましくて横目でみている。文体とは性格のようなものだから、真似したくても所詮は真似に終わるだろうし、真似したいとも想わないが、「ずるい~」とジタバタしているのだ。
 だってエコだし、早いし、突っ込みどころすらないほどミニマムだから、絶対に下手って云われない。

 そんな非凡なおじさんが、或る日、淡々と何か書き出した。
 気がつけば2023年度版が終わって、2024年度版がはじまっている。
「たいして面白くもないこんなことを書くだけで原稿料がもらえるのか」
 たまにそんな感想をプロのエッセイに対して抱いたりするが、まさにそのノリなのだ。劇的なことは何も起こらないし、世の中に悲憤慷慨しているわけでもない。

 ところが、そのたいして面白くもないことが巧い人の手にかかると、やはり面白いのだ。
 大隅さんの私生活には何の興味もないが、おじさんの日常を読んでいると、上質な餡の入った小さめの饅頭でも食べているような気分になる。
 飽きないし、お茶がうまい。
 胃にももたれない。ずるい。