桜、それは僕たちの新しい仲間

烏川 ハル

桜、それは僕たちの新しい仲間

   

 僕たちの星は、緑豊かな惑星だ。

 色とりどりの草花くさばなを咲かせる植物が育ち、鮮やかな緑色の葉を一年中いちねんじゅう茂らせるような大木も生えている。素敵な葉と美しい花の両方という欲張りな連中もいて、僕もそんな花木かぼくのひとつだった。


 近隣の星系の間では植物惑星として有名で、他の星から鑑賞に訪れる者たちも多く、時にはかなり遠くの星系から来る生命体もあった。

 あの日、僕たちの星に足を踏み入れたのも、そんな遠方からの来訪者で……。


――――――――――――

   

「素晴らしい星ですなあ、ここは!」

「まったくです。これだけ植物が立派に育つのですから、水も豊富。この星系の太陽の光も、よく届くのでしょう」

「地球型の惑星ですね。大気の成分も、我々の地球とかなり似ている」

 僕たちを見回しながら、感嘆の声を上げる生命体。彼らの会話から判断すると、どうやら地球という星から来た種族であり、自分たちを地球人と呼称しているらしい。

 その地球人たちは、最初は異様な重装備を着込んでおり、顔も完全に隠しているほど。しかし、そこまでして身を守る必要はないとすぐに悟ったらしく、薄着に変わる者が出始める。特に、頭を包む球状の防具――彼らがヘルメットと呼ぶもの――は、全員が脱ぎ捨てていた。


 素顔を見せた地球人たちは、二足歩行タイプの宇宙生物だった。僕たちの星を訪れる生命体の中で、一番よく見られるタイプだ。

 植物鑑賞が好きな種族のようで、僕たちを眺めて幸せにひたっている。僕たちとしても嬉しくて、できれば「ありがとう」と告げたいのだが……。

 残念ながら、それは不可能だった。こちらがいくらテレパシーを飛ばしても、地球人には全く届かないからだ。

 そもそも僕たち植物生命体は、動物生命体と意思疎通するのが苦手。しかし、ここまで完全に無視されるのは珍しかった。

 おそらく地球人たちは、僕たちみたいな意思を持つ植物と出会ったことがないのだろう。それどころか、そうした生物の存在自体、全く想定していなかったようだ。

『珍しいね。惑星間航行が出来るほど発達した文明を持ちながら、これほど想像力が欠如した種族とは……』

『そんな言い方はダメだよ。せっかく僕たちを気に入ってくれた種族なんだから』

『そうだよ、そうだよ。たとえ言葉も意思も伝わらなくても、精一杯のおもてなしをしよう!』

 そんな会話を交わしながら、僕たちは仲間同士で笑い合うのだった。


――――――――――――

   

「これほど素晴らしい惑星に立ち寄れたのですから……。記念に植樹をしていきましょう」

「おお、グッドアイデアですな! ここを花見のための惑星にしましょう!」

 僕たちが聞いているとも知らずに、彼らは彼らで計画を立てて、大いに盛り上がっていた。

 地球人も僕たち同様、それぞれ個体ごとに別々の意思を持つ生き物であり、

「いや、それはめた方がいいのでは? 旧暦の地球の国々でも、他国から迂闊に外来種を持ち込むのは問題になったと聞きます」

 というように、反対意見を述べる者もあったが……。

「ああ、歴史の教科書に載っていましたね。確か、日本という島国だったかな? ブラックバスとかブルーギルといった魚が北米大陸から入ってきて、本来の固有種が激減したとか」

「それは草木じゃなく魚の話でしょう?」

「いや、草木でも似たような話があったとか。それも日本が関わる話で、逆に日本からアメリカに『クズ』というつる植物が持ち込まれた結果、大繁殖して困ったそうです」

「だとしても、大丈夫ですよ。むしろそうした実例があるからこそ、他国に持ち込まれても問題なかった草木を選べるじゃないですか!」

「そうですね。今ちょうど話題に挙がった日本からアメリカへの植樹の例で、桜という樹木がある。あれならば何の問題も発生しなかったはず」

「おお、桜! かつて日本では花見といえば桜鑑賞を意味したくらい、桜は花見に適していたそうですね! ならば花見惑星への植樹には最適だ!」

 周りに説得されて、持論を撤回する形になっていた。


 こうして、僕たちの周りに『桜』という木々を植えたあと、地球人たちは「また来るよ!」「今度は桜が咲いた頃に!」などと言いながら去っていく。

 桜は僕たちの星にしっかりと根付き、地球から来た新しい仲間として、僕たちからも歓迎された。

 ただし残念ながら、

『桜くん、こんにちは!』

『僕たちの星へようこそ!』

 いくら呼びかけても、全く反応してくれない。

 意思を持つ植物の概念が地球人にないのは、そうした植物が周りにあっても気づかなかったわけではなく、その手の植物生命体が地球には全く存在しなかったかららしい。

『まあ、仕方ないよね。この星ですら、意思を持つ植物は僕たちの種族だけなんだし』


――――――――――――

   

 地球人が「花見惑星への植樹には最適」と言っていたように、桜は美しい花を咲かせた。

『うわあ、凄い!』

『おいおい、大袈裟だな……』

『だって、見てごらん。見たことない色だよ!』

 仲間の一人が言うように、桜の花は、僕たちの星に咲くどの花とも異なる色だった。

『赤と白を混ぜたみたいな色だねえ』

『不思議な色だなあ。赤よりも薄いのに、赤よりも明るい……。光学的にいえば、明度は大きくて彩度は小さい赤、ってことになるのかな?』

『うん、これを「桜色」と定義しよう!』

 というように、地球人たちの再訪より先に、僕たち自身が桜の花見を楽しむほどだったが……。


 驚いたことに、やがて僕たちの仲間の間でも、桜色の花を咲かせる者が現れ始める。

 それらは全て、まだ意識を持たないような若木たちだった。

 桜の花粉を受粉して交配現象を引き起こし、その種子から育って、桜の遺伝子の混ざった新種が誕生したらしい。

『うむ、良いではないか。これはこれで、次が楽しみだぞ!』

 新種誕生に最も喜んだのは、老齢の仲間だった。


 僕たちの種族は、ボディとなる樹木が年老いて朽ちそうになると、意識を若木に乗り移らせることで、フレッシュなボディを獲得。そうやって永遠の寿命を繰り返す植物生命体だ。

 そして老齢の仲間は予定通り、桜色の花が咲く新種へと意識を移したのだが……。

『どうだい、新しいボディは? 花の色が違うと、樹体の感じも違うかい?』

『……』

 元々それほど寡黙なタイプではなかったのに、新しい木に入ってからは、いくら話しかけても返事してくれない。

 最初のうち僕たちは、

『新種の樹木だから、今までとは少し勝手が違うのかな?』

『慣れるまでは、そうっとしておいてあげよう』

 と、遠巻きに眺めるようにして見守ることにした。

 しかし、いくら待っても、二度と彼が言葉を発することはなく……。


 事ここに至り、ようやく僕たちは気づく。

 交配により生まれた新種が桜から受け継いだのは、咲かせる花の色だけではなかった。意思を持つことが出来ない植物生命体という致命的な要素まで継承してしまった、という事実に。


――――――――――――

   

 故郷の地球では、問題にならない程度なのだろう。しかしこの星の木々と比べたら、桜の繁殖力は驚異的なレベルだった。

「おお、凄い! 満開の桜だ!」

「これほど桜が増えるとは……」

「見てください! こっちは明らかに違う木なのに、桜そっくりの花を咲かせていますよ!」

 再訪した地球人たちが大喜びしたように、桜そのものも爆発的に増えたし、僕たちの種族との交配もどんどん進んでいく。

 いつのまにか、僕たちの種族本来の樹木は、僕だけになってしまった。僕と会話できる植物生命体は、もう周りに一本も生えていないのだ!


 この体が朽ち果てたあとに乗り移るべき木々も、意思を持てない新種ばかり。つまり、いずれ僕の意識も消滅するしかないわけで……。

 最初は新しい仲間として歓迎した桜だったが、その桜のせいで、僕たちの種族は絶滅を迎えることになる。

 だから僕は、いつのまにか桜を嫌いになってしまった。本当は持ち込んだ地球人の方を恨むべきだけど、滅多に来ない地球人よりも、常に周りにいる桜の方に強い嫌悪感をいだく。それは仕方のない話だよね?




(「桜、それは僕たちの新しい仲間」完)

   

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桜、それは僕たちの新しい仲間 烏川 ハル @haru_karasugawa

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