桜降る季節まで。

李紅影珠(いくえいじゅ)

第1話

「うぅ……」


 立ち上がったもののその場で蹲ってしまい、クラスメイトが心配そうに顔を覗き込む。


「小野宮さん、大丈夫ですか?」


 昨日から調子が悪いままだ。吐き気と腹痛がおさまらない。立っても座っても横になっていても、辛い。

 あまり頭が良くないので授業1つでも受けられないと不安になるのに、欠席なんてしたくない。


「平気です……いつも申し訳ないんだけど、ノート貸してくれる?」


 つい昨日も古文のノートを借りたばかりだけど、昨日は早退してしまった。


「もちろんです。でもその前に、保健室に行ってください」

「さらは元気です」

「そんな青白い顔して言われても説得力ないですよ? あの、肩、貸しますから」


 そんな、迷惑をかけるわけには……


「小野宮さんっ!?」





「ん……」


 あれ、寝てた? ああ、またやっちゃったみたい。もう授業始まってる時間。もどらないと。


「こら、なにしてるの? まだ寝てなさい」


 先生。さらの、あんまり見たくない顔です。決して嫌いなどというわけではなく。保健室が、嫌いなのです。


「でも授業……うっぷ」


 きもちわるい……お腹も痛くなってきた。


「うぅ……」

「何か飲む?」


 ベッドに腰掛けて来たのはやっぱり先生でした。授業中ですからね。

 首を横に振るので精一杯。水を飲む余裕もない。呼吸が浅くなっていく。


「薬、持ってきましょうか。少し楽になるわよ」


 これにも首を横に振る。だって、薬飲むの苦手なの。


「ふっ、ふぅ……ゔぅ……」


 先生が宥めるように、腰のあたりをさすってくれる。苦しいことには変わらないけど、少しだけ和らぐのを感じる。


「小野宮さん、いつも頑張ってるって、クラスの子が言ってたわよ。私は教室でのあなたをを知らないけれど。ここが嫌いで、勉強のことを考えて教室に戻りたがってるのも知ってる。誰も小野宮さんがサボってるなんて思ったりしないわよ。まあ何が言いたいかっていうと、今は寝てなさい」


 とても寝れるような状況じゃないはずだけど、先生の手が思った以上に心地よかったらしく、さほど時間が経たないうちにまた眠ってしまった。


 



「……?」


 寝てたんだっけ……。あれ、誰かに手を握られている?


「起きたか?」

「……これは?」


 知らない人がさらの手を握ってます。ポニーテールのキリッとしたカッコいいお姉さん。ジャージを身に付けていて、部活生だということはすぐに分かりました。


「君が握ってきたんだ。寝言でお姉さん? の名前を呼んでて。随分苦しそうだったし、ホームシックにでもなってたのかと。離すのも気が引けて、起きるのを待っていた」


 先生、は、いないみたい。


「ごめんなさい。あの、部活、なんですよね。さら、もう大丈夫ですので」


 教室に荷物を取りにいかないと。ああもう。結局一コマも受けてないじゃないですか。帰ってごはんを食べたら、勉強しなくちゃ。結局ノートを借り損ねちゃった。

 やらなきゃいけないことはまだたくさんあります。時間は限られているんだし、早く取り組まないと。

 勢いよく立ち上がったものの、すぐに足がふらつきまた床にしゃがみ込んでしまう。


「待て。すぐに帰る準備するから、待ってろ」

「いえ、あの、心配してもらわなくても」

「そんな格好で言われてもな。わたくしは、病人を1人で帰すようなことしない。寮生か?」


 そういいながらお姉さんは、さらをお姫様抱っこして、またベッドに寝かせてくれました。


「桜花寮生です。でもあの、部活……」


 この人も用があって来たはずだし、部活生なら邪魔するようなことできません。


「寮生ならなおのこと。実家住みなら保護者に連絡ってのもありだがな。この寒い中、寮まで帰るのは酷だろう。わたくしがおぶってやる」


 そんな。寮までは、元気な時なら大したことはないとはいえ、そこそこの距離がある。さら、重いのに。それに、


「荷物が……」

「うん? ああ、昼食を持ってきてたか?」

「ああいえ、あの。食堂でとってますので。でも、鞄に勉強道具が」

「なに。1日くらい勉強しなかったとて、そう遅れはとらんだろう。そうか、それならこのまま帰っても問題ないな。じゃあ着替えてくる。すぐに戻る」


 さらが拒否する前に、お姉さんは保健室を出ていってしまう。なんてことでしょう。こうなっては一人で帰るわけにも行きません。大人しく待っていることにしましょう。寮にも勉強道具は全くないわけではありませんから。


 さっきみたいな酷い腹痛や頭痛は治っています。お姉さんを待っているこの時間も、何かしていないと落ち着かない……それくらい、さらには時間が惜しいのです。

 今度はゆっくりと立ち上がります。先生の机の上には、毛糸玉が1つとかぎ針のセットが。流石先生です。さらは保健室の常連なので、時間つぶしの為に最低限のセットを置かせてもらっています。先生は呆れることなく、むしろ無理に教室に戻られるよりいいと言ってくれました。再びベッドに戻り大人しく編み物を始めます。この時期ですし、マフラーでも編んでお姉さんを待っていましょう。

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