第4話
お気に入りの手芸屋さんでお買い物を終えてショッピングモールを歩いていると、紫咲さんが歩いているのが見えた。向こうも気づいてこちらに向かってくる。
「もう、大丈夫なのか?」
昨日とは違い髪をおろした姿だ。制服姿で肩からスポーツバッグを提げているので、今日も部活だったみたい。顔色を確認するようにそっと頬に手を添えられる。少しひんやりしていて、暖房の効いた屋内にいる今はとても気持ちいい。
「はい。昨日はお礼も言えなくて。ありがとうございました」
「いや、気にしなくていい……ご家族と一緒なんだな」
前を歩いていた皆が、さらに気づいて戻ってくる。
スマホもあるんだから、置いて行ってくれてもいいんだけど。
「そうなんです。紫咲さんも?」
「ああ。バッグを買い替えたくてな。ついでにぶらぶら歩いていたところだ」
ぺこりと軽く頭を下げる紫咲さんに、興味津々な顔をした皆は遠慮なく話しかけ始める。
「こんにちは!」
「あら、桜来ちゃんのお友達?」
「もしかしてさっき話してた?」
「うん、そうだよ」
昨日の話をしたこと、知られるのがちょっと恥ずかしいけど。
「紫咲弘美です。桜来さんの同級生です」
「弘美ちゃん! 昨日は桜来がお世話になったみたいで!」
「いえ。大したことはしてません」
「カッコいい子じゃない! 何かスポーツをしてるの?」
そんなにいっぺんに話しちゃ紫咲さんが困っちゃうよ。
どうしようと思いながらも、見ているしかなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「剣道部に入ってます」
「ねえ、これから時間ある? 弘美ちゃんの話聞きたいし!」
「ちょ、音夢お姉ちゃん、」
困ったように家族団らんの時間を邪魔するわけには、と断ろうとする紫咲さんに、今度はママが音夢お姉ちゃんに賛同しながら、「じゃあカフェに入りましょう!」と腕をとって歩き出す。
「ご、ごめんね紫咲さん、迷惑だよね」
「いや、そこまで言うなら……わたくしも、小野宮さんのこと知りたいし」
え、さらのこと?
なんでだろう、って思ってたら、お姉ちゃんたちがいくらでも話せるって自慢気に言い始めました。余計なことを話しそうで怖いです。
紫咲さんはそろそろどこかでお昼を食べようとしていたらしく、昨日のお礼に奢るから遠慮なく頼んでね、とママが言う。
「ママ、このパフェ頼んでいい?」
「私にも分けてー」
「さらはグレープフルーツジュース」
「私、このホットケーキ」
「和奏、食べ過ぎじゃない?」
「歩いてお腹空いたんだもん」
「お昼あんなに食べたのに……」
「叶香ちゃんも食べるでしょ?」
「少しもらうわ。弘美ちゃん、決まった? 本当に、遠慮しなくていいからね」
お腹いっぱいに食べたはずのみんながあれもこれもと頼み、弘美ちゃんも勢いに負けたのか「えっと、じゃあ、明太パスタで」とつぶやいた。
大丈夫かな、緊張しすぎてないといいんだけど。
「弘美ちゃんは料理とかする?」
「休日はできるだけ自炊してます。運動してるし、できるだけバランスよく……といっても好きなものに偏りはしますが」
さらは基本的に食堂で食べるかみぃが作ってくれるかなので、自分で作ることはありません。というか、手伝わせてくれないのです。
「桜来にお肉を食べさせてほしいのよ。野菜ばかり食べてて心配なのよね」
「む。果物も食べるし、みぃが持ってきたパンや焼き菓子だって食べるよ」
サラダが大好きなので、野菜の割合が多いのは認めるけど。野菜は体にいいんだから、それで良いじゃない。
「いやいや、さーちゃんはもっと太らないと、音夢も心配だよ。鉄分摂るならレバーだよ」
「確かに、昨日すごく軽かったから心配だったんだ」
小松菜とかブロッコリーとか、鉄分の多いものはちゃんと摂ってるよ。「横山先輩は料理をするのか?」と聞かれ、さらが体調が悪くて食堂に行けないときはお腹に優しいものを作ってくれる、と答えた。
みぃは大学に行っても実家には帰らず寮暮らしを続けるつもりらしい。できるだけ節約できるように今も少しずつ料理の勉強をしていて、自分で作って食べているところは見かける。サラダしか食べないって分かってるから、さらがそれを食べることはほとんどないけどね。
「今日戻ったら、泊りに来ないか? 明日簡単に作れるものを教えるし、筋肉もつけた方がいいからストレッチを教えるよ」
紫咲さんのお部屋にお泊まりで?
中等部からいるけど、誰かの部屋にお泊まりに行ったことってなかったかも。
「そうしてもらった方がいいわ、さーちゃん」
「帰りも弘美ちゃんが一緒なら安心ね」
「桜来、来年から美守ちゃんは大学生で、ルームメイトがどうなるか分からないんだし。ちゃんと身の回りのことできるようになっておかないと」
確かにみぃは面倒見がいいけど、さらもちゃんと出来てるつもりなんだけどな。そう思いながら、ママに分かったと答える。
「紫咲さんも桜花だったよね? ルームメイトさんの都合は大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
即答だけど、何故か苦い顔の紫咲さん。さらがお泊まりに行くんだから、他に都合のいい日に合わせたっていいんだけど。本当に大丈夫かな?
「小野宮さん……桜来って呼んでも大丈夫?」
「もちろん。えっと、弘美ちゃん」
こういうの、やっぱり照れちゃいますね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます