第5話

 今日は桜来がわたくしの部屋に来る。それも泊まりがけだ。部活が終わってからショッピングモールを歩いていて偶然家族と一緒にいるところに出会った。本人は少し居心地が悪そうだったが、桜来の趣味や小さい頃の話を聞けてわたくしは楽しかった。

 部屋は普段から綺麗にしているし、夕食の買い出しは帰りに済ませている。最後の問題はルームメイトだ。2人を会わせたくはない。彼女はわたくしと馬が合わないから。


「……どうも」

「ああ、いらっしゃい。どうぞ」


 少し緊張した面持ちで部屋に来た桜来は、最低限の着替えと枕だけを持っている。そうするように言ったのはわたくし。じゃないと勉強道具を持ってきて話が出来ないんじゃないかと思ったからだ。なるべく早く寝てもらえたら、彼女と顔を合わせる可能性も少なくなるだろう。


「あの、」

「すまない。考え事してた。荷物はそこに置いてくれ。じゃあ、さっそく夕食を作りに行こうか」


 共同のキッチンに向かいながら、嫌いなものやアレルギーを確認する。生魚が苦手なのか。あんなに偉そうなことを言ったが、実は料理は久しぶりだったりする。人並みにできると言ったのは嘘ではないし、実家にいる時はよく作っていたが、最近は食堂で済ませることが多かったな。


「そういえば」

「うん?」


 少し顔が赤くなっている。


「さらばっかり、不公平じゃないですか。もっと、弘美ちゃんのお話も聞かせてください」


 確かに、桜来自身は恥ずかしいと言っていたな。知り合ったばかりのわたくしに過去を知られるのは不本意だったかもしれない。


「そうだな。じゃあ、どんな話が聞きたい? 」

「……みんなが、知らないことがいいです。みぃに部活のこととか、聞いたので」


 横山先輩……あれから、大丈夫だろうか。


「落ち込んでたか?」

「いいえ。またお茶する約束をしたのって、嬉しそうでしたよ」

「……そうか。それなら良かった。着いたな。作りながら話そう」


 キッチンに入ると、わたくしたち以外にも何組か料理をしているところだった。なるべく混雑する前に来たかったのでちょうどいい。


「あっ! 紫咲さん!?」

「え! 料理するんですか!?」

「今までここで会ったこと無かったのにぃ!」


 ……こんな事態を避けるために、だったんだが。こっそり耳打ちする。


「実は、こういうことがあるからここに来るのは久しぶりなんだ。料理はちゃんと出来るから、心配しないでくれ」


 買い物袋から材料を取り出す。まずは野菜を切るか。


「包丁、使えるか?」

「はい」

「じゃあ、人参を短冊切りにしてくれるか?」

「はい」


 えっと、みんなが知らない、わたくしのことか……そうだな。どこまで知っているのか疑問だが、好きな物、とかか?


「って、桜来!!?」

「?」

「それじゃ指が切れる! 危ない!」


 慌てて包丁を取り上げる。


「……聞き方を変えるぞ。包丁を使って家族や横山先輩との料理を手伝ったことがあるか?」

「……いいえ。切れればいいのかなって」


 ふぅ、と息を吐く。気づいて良かった。昨日の横山先輩や今日ご家族と一緒にいるのを見て、すごく大事にされてるのは分かったが。危ないからと持たせないのは、なんとなくありそうな話だ。


「いつもはどんな手伝いをしてた?」

「レタスをちぎったり、混ぜたり、あと……盛り付けたり」


 ……そういうことか。でも、やっぱり料理はある程度出来ないといけないよな。教えるべきか。


「いいか、包丁はこう持って、片手は……」


 まさか、手先が器用な桜来が料理できないとは驚きだ。出来ないと言うよりは、してこなかったせいだろうけど。後ろから桜来の手を取り、一緒に包丁を持つ。まさか、ここから教えることになるとは思わなかったな。






 料理が完成する頃には、ちょうどご飯時になり共同キッチンにも人がたくさんになった。


「紫咲さんって料理も出来るのね!」

「かっこいい〜!」

「私にも教えてください!」


 いつの間にか周りに何人か集まっていたし、居心地の悪い思いをさせてしまった。早く部屋に戻ろう。


「それほどでもない。教えるのは、またの機会にしよう。今日は1人じゃないから」


 教えることがたくさんで余裕がなく、結局わたくしの話をすることが出来なかったが、食べながらでも出来るだろう。真面目に話を聞いてくれたから、もう少し練習すれば1人でも料理出来るようになるかもしれない。しばらくは誰かが見ていないととても包丁を持たせられないが。

 部屋に着いて、食事を始める。


「……多分、これを知ってる人はいないと思うんだが……実は、わたくしは可愛いものが好きなんだ。編み物とか園芸とか……あとは、甘いもの、かな」


 家族くらいしか、多分知らないと思うんだが……。部活動のこともあってか体育会系のイメージが強いらしく、このことは知られるのが恥ずかしいと思って誰にも言ったことが無かった。


「さらも、お礼に何かしたいと思ってたんです。何か作って、今度プレゼントしますね」


 今日のお昼と桜来の話が聞けたこと。それで充分だと思っていたが、義理堅い彼女はそれで気が済まないらしい。


「本当か? 昨日、横山先輩に作ったものを見せてもらって、羨ましいと思っていたんだ。楽しみに待ってるよ」


 こくんと頷く。何を作るか迷っているのか、それからは静かに食事を進めていた。





 ガチャ


 良かった、今日も門限ギリギリだ。お風呂あがりのストレッチの効果もあってか、桜来はもう寝てしまってる。


「あれ? お客さん?」


 しーっと彼女に注意すると、それを無視してまた1人で喋り出す。


「え、女の子部屋に入れるなんて珍しいね。彼女?」


 こいつは全然人の話を聞かない。露出の多い服、派手に化粧をして、香水の甘い匂いがパッと部屋に広がる。うねるような明るい茶髪は蛇みたいだ。女子高生とは思えない。実際、高校生らしからぬ遊びをしている。それで帰りがいつも遅いんだ。遊びのことを知った当初は注意したものだが、全く聞く耳を持たないので諦めた。まあ、他人のわたくしが口を出すことでもなかったのかもしれない。


萌香もか。煩いと言っている。彼女が起きるだろう」


 ドサッと鞄を下ろして化粧台からポーチを、クローゼットからスウェットを取り出す。


「分かったわかった〜」


 帰ってくるとすぐにシャワーを浴びて化粧を落としに行く。それから戻ってきた時の方が大変かもしれない。

 ヒヤヒヤして眠れないな。

 そして案の定、数十分後帰ってきた萌香は面白がってよく喋った。いつもはすぐベッドに潜り込んでいるんだが。


「初めてじゃん、彼女連れてきたの」

「友人だ。……近付くな。馬鹿が移る」


 無防備な桜来の寝顔を見られたくなかった。掛け布団とわたくしの体で見えてなかったはずだが、好奇心が勝った彼女にはそんなのお構い無しだった。


「へぇ、流石モテモテの弘美ちゃん〜。可愛い子だね」

「だから、黙っていろ」

「はいはい〜」


 やっと諦めたのか、化粧台に座ってスキンケアを始める。こいつと話すのは本当に疲れる。


「でも、勿体ないよね〜。この学校、すっごく可愛い子ばかりなのに、ほとんど男と関わりないんでしょ。女同士より、間違いなく男とヤる方が気持ちいいのにね〜」


 彼女は、そういう遊びをしているのだ。なんでそんなことが出来るのか、わたくしにはさっぱりだ。


「やめろ。聞こえるだろ」


 明日は萌香よりも早く起きて、桜来を朝食に誘おう。それから出かければ、彼女と対面する事にはならないはずだ。


「わーこわ〜い」


 付き合ってられない。わたくしも寝よう。相手をするからいけないんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る