第7話

「さーちゃん! どこ行ってたの? 帰ってきたらいないから心配しちゃった」


 まだ夕方だけど、家族で会う時以外にこんな時間まで帰ってこないのは珍しいことかもしれない。

 結局、こんな時間まで動けずに弘美ちゃんのベッドで休んじゃった。


「弘美ちゃんのお部屋」

「弘美ちゃん、って紫咲さんの!? ……もしかして昨日からお泊まりしてたとか……」

「うん」


 予想通り、頬を膨らませてぷりぷり怒り始めるみぃ。


「なんでみぃも呼んでくれないの!」

「だってみぃはお友達と遊んでたんでしょ?」

「紫咲さんとお泊まりなんて聞いてない! ていうか弘美ちゃんて何! みぃも紫咲さんのこと弘美ちゃんって呼ぶ!」

「それは本人に言ってよ。じゃあ、あとで弘美ちゃんがお迎えに来て一緒にお風呂に行くからみぃも来る?」


 お友達とお風呂ってすごくいい響き。まあ、今日は湯船には浸からないけど。


「いく!」


 ケロリと機嫌を直して嬉しそうに準備してるけど、約束までは時間がある。さらは勉強でもしてようっと。


「ねえ、紫咲さんの部屋に泊まったってことは、ルームメイトの子にも、その、会ったんじゃない?」


 ふと、思い出したようにそう聞かれる。


「うん。萌香ちゃん。すごくいい人だったよ」

「そう? それならいいんだけど。あんまりいい噂聞かないから」


 みぃがそんなこと言うなんて珍しいな。


「噂のことは知らないけど。弘美ちゃんも、最初はさらと会わせたくないみたいだった」

「ルームメイトが言うなら噂はやっぱり本当なのかもね。さーちゃんが嫌な目にあってないならいいの」


 有名人なのかな。


「うん。友達になれたの……じゃあさら、時間まで勉強してるね」


 今週分、ちゃんと追いつかなきゃ。




「弘美ちゃん、上がったら部屋に来ない? フルーツ用意してるから、3人で食べましょ?」


 椅子に座って息を吐く。弘美ちゃんを挟んでみぃと3人で洗い場です。

 みぃは弘美ちゃんに名前で呼ぶ許可をもらって上機嫌。


「じゃあいただきます」


 すごい……揺れてる。思わず自分の胸を見る。気にしてるわけじゃないんだけど、この差はいったいなんなのか。お姉ちゃんもおっきいのになー。


「どうかしたか? 桜来」

「弘美ちゃんの、お姉ちゃんのよりおっきくて柔らかそうだなって」


 高校生になってからはあまりだけど、お姉ちゃんにはよく抱きしめられてた。小さい頃はその柔らかさが好きで自分から抱きつきにいってたけど。


「さーちゃんセクハラ?」

「違うけど。みぃ知らないの? すっごく柔らかいんだよ」


 自分は幼児体型だし、姉妹もいなかったよね。みぃ。だから知らないんだ。


「あー……」

「知らないしっ! んもう! さーちゃんのむっつりスケベ!」

「知らないからそんなこと言うんだよ。じゃあ、洗い終わったからさらは先に上がってるね」


 お腹の調子はもう良いから、部屋に戻ったら今のうちにまた勉強しなくちゃ。


「部屋、1人で戻れるか?」

「大丈夫。いっぱい寝て今は調子がいいから。お部屋で待ってるね」


 さらが大丈夫って言うんだから大丈夫なのに。


「さーちゃんの大丈夫は信用出来ないから待ってて。みぃたちもすぐ上がるし、弘美ちゃんがいる方が安心だから」

「ああ、その方がわたくしも安心だ」

「……わかった」


 子どもじゃないのに。濡れた体をタオルで拭いて、素早く寝巻きに着替える。ドライヤーで髪を乾かしてからスキンケア。家族がみんな女だからか、中学に上がったあたりからスキンケアについては結構煩く言われている。さら自身はあんまり興味も無いけど、みんなが良かったものをその都度さらの分も買ってくれるので、使っている物は使い切る度にコロコロ変わる。おかげで今まで肌のトラブルで悩んだことはないな。


「桜来?」

「萌香ちゃん。入ってたの?」


 鏡に映った萌香ちゃんはまだ上がってきたばかりで頭をタオルで拭いてるところだ。


「実はね。やっぱこの時間に来ると結構人多いのね」


 そういえばいつも門限ギリギリに帰ってくるんだっけ。この時間に入るのは珍しいんだ。


「少ない方だと思うよ」

「そーなんだ。ねえ、いいもの使ってるのね。少しもらっていい?」


 萌香ちゃんはお化粧するみたいだし、スキンケアもやっぱり気を使ってるのかな。


「いいよ。さらはよく分からずに使ってるんだけどね」


 萌香ちゃんは着替えを済ませて洗面台に戻ってきた。自分でもいろんな種類のスキンケア用品を持ってきていて、意識してちゃんと揃えて習慣づけてるのってすごいなって思う。さらは家族に言われ続けてなんとか慣れたけど、自分1人だったら何もしないよ。時間がかかるし、面倒だし。同い年くらいの子はみんなするのが当たり前かもしれないけどね。


「これ、結構な値段するんだよ? バイト代貯めて買おうかな。自分で買ったんじゃないの?」

「化粧水はお姉ちゃんで、クレンジングは叶香ママ、乳液は和奏ママ、かな。今使ってるのはね」


 そっか。普通は自分で買う物なんだよね。やっぱり甘え過ぎてるのかも。


「ふぅん……いいね、桜来は末っ子なんだ?」

「うん。お姉ちゃんが2人いる」

「そんな感じする。意外と甘えん坊でしょ」


 自立しようって、頑張ってるつもりなのに。


「そう思う? ダメだよね、甘えちゃうの」

「いいじゃん? 末っ子の特権でしょ。それにちゃんと頑張ってるんだしさ。甘えっぱなしなわけじゃないし」


 末っ子の特権、か。


「あ、あたしそろそろ行くね。ありがと。じゃ、」


 返事をする前に萌香ちゃんが出ていってしまうと、入れ替わるように弘美ちゃんとみぃが上がってくる。


「ゆっくり入ってて良かったのに」

「いーの! 今度一緒に入る時ゆっくりしよ!」

「それがいい」

「……楽しみ。ほら、風邪ひいちゃうよ」


 早く服を着るように促す。さらの方はもう準備ばっちりで、鏡の前でボーッとする。明日からまた学校だ。そろそろお腹は落ち着くはずだし、集中しなきゃ。あと、弘美ちゃんにお礼のプレゼント。早く渡したいな。頑張って作ろう。

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桜降る季節まで。 李紅影珠(いくえいじゅ) @eijunewwriter

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