第2話
午後の授業に出られなかったこととか、テストへの不安とか、先生への申し訳なさとか……。そういう憂鬱な気持ちを紛らわせるのに、編み物はちょうどいいのです。次は誰に何を贈ろうか、と楽しい方向に気持ちが変わっていくから。
黙々としばらく編んでいると、お姉さんが戻ってきました。
「それは?」
「えっと、マフラーを……あ、別にサボってたとかじゃなくて、」
「それは分かっている。まだ顔色があまり良くないな」
顔を上げると、心配そうなお姉さんと目が合います。ふと、その制服姿を見てびっくりしました。大人っぽいから上級生だと思ってたけど、彼女は同級生のようです。
「わたくしは1年2組の
「5組の小野宮桜来です。あの、ほんとに、大丈夫です」
1人で帰らせるなと、先生に頼まれたんだ。と笑いながら、机の上に書き置きをしている。折れてくれる気はないらしい。せめて自分で歩こうと思ったけれど、動き出すとまた気分が悪くなってくる。結局、やっぱり無理してるだろう、と見抜かれてしまって紫咲さんにおんぶされることになった。
「これくらいの距離、すぐだから。それより、寮生活は寂しいのか?」
寝言で呼んでたなんて恥ずかしい……。
「ぜ、全然。ただ、何かあるとお姉ちゃんに頼る癖がついちゃってて。家族には週に1回会ってるし寂しくはないですよ」
本当はもっと少ない頻度でいいのに。昔から、お姉ちゃんたちは私に対してすごく過保護だ。
「それはまた、過保護だな」
紫咲さんにもお姉さんがいるらしい。すぐに会えるけど、家に帰るのは大体長期休暇の時だけだそうだ。普通はそうだよね。うちは皆過保護すぎるんだよ。
「これ以上、頼らなくても自分でやっていけるようにって、寮生活を選んだんですよ?」
ごはんも作れるし、勉強も頑張ってる。夜もちゃんと寝れるし、そもそも寮生活が始まってもう4年も経つんだもん。実家だってそんなに遠くないんだから、一人で帰れるのに。
「寂しいわけじゃないなら、少し安心したよ」
沈黙が落ちる。紫咲さんの背中は温かくて、声も心地よくて話すのが楽しい。初めて会ったけれど、この沈黙も気まずく感じることがない。
それどころか、だんだん、瞼が重くなってきた気がする。寮はすぐそこなのに……。
「ん……みぃ?」
「あ、さーちゃん、起きた?」
頭がボーっとしたまま、ルームメイトを呼ぶ。3年生の横山
「夜ごはんはどうする? 食べられそうなら、お雑炊作ろっか」
「サラダでいい」
「んもう、だめだめ。体調の悪いときは胃に優しいものだよ。それにしてもさーちゃん、ずるいよ! みぃに内緒で紫咲さんと仲良くなるなんて!」
みぃは、紫咲さんのファンらしい。確かにかっこよくて綺麗な人だなとは思ったけど、まさかファンクラブまで存在するような人気者だとは思わなかった。剣道部に所属しているらしくて、いかにかっこよくて素敵な人なのかをひとしきり語ったあと、ご飯の準備に部屋を出て行った。
それから、ごはんの間は寝てる間に紫咲さんとどんなお話をしたのか聞いた。
「ほんとにびっくりしたんだよ? なかなか帰って来ないなと思って1階に降りたら、紫咲さんがさーちゃんをおんぶして困ってたんだから」
部屋の場所を聞きそびれたことに気づいたけど、呼んでも起きないし、よく眠ってるみたいだったから起こすのも申し訳なくなった。そう思っているうちに寮についてしまったところに、みぃが気づいて声をかけたらしい。
うぅ、紫咲さん、ごめんなさい。やっぱり、自分で歩けば良かったかな。……どのみちおんぶしてもらうことになった気がする。
「呼んでも、ほっぺをつんつんしても起きないんだもん。それで、そのままベッドまで運んでくれてね。だからお礼にお茶のお誘いをしたの」
さーちゃんの分もあるから具合がよくなったらドーナッツ食べてね、と言いながら、眉をへにょんと下げた。
「いつもはもっと離れたところから見てるんだもん。ちょっと熱くなって、つい告白しちゃったんだけど、振られちゃった。やっぱりいろんな人から告白されるらしくって。でも、どれも断ってるんだって」
ファンクラブがあるくらいだもんね。そういう対応も慣れてるんだろうな。住んでる世界が違うな。
「それでね、その後はさーちゃんのお話をしてたよ。コースターを見て、さーちゃんが作ったんじゃないかって。だから私が使ってるものいっぱい見せてあげたの」
なんだかんだお世話になっているみぃには、同室ということもあってよく作ったものをあげている。みぃはいつもツインテールだから髪留めのゴムが多いけど、部屋にはぬいぐるみやポーチやペンケース、ほかにもいろいろと私が作ったもので溢れてる。
気分で作るものが大半だけど、みぃからはリクエストもあったり。
「楽しそうに見てたから、紫咲さんも髪が長いからさーちゃんに作ってもらうといいわって言ったの」
そういえば、ポニーテールにしてたっけ。部活の時につけるものだから飾り気はなかったけど。今日のお礼にちょうどいいかも。時間もそんなにかからないし。
「勝手に作ったら迷惑かな?」
「そんなことはないと思うけど、さーちゃん、紫咲さんを取るつもり?」
みぃったらほっぺを膨らませてるけど、そんなわけないでしょ。
「お礼にちょうどいいかなって思っただけ」
「そう? 振られちゃったけどたくさんお話しできて楽しかったなぁ。また会う約束もしたのよ? 今度は3人でお茶しようね、さーちゃん」
「うん」
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