夏の思い出
山本Q太郎@LaLaLabooks
夏の思い出
もうすぐ夏休みという日の授業。まだ一限目の授業が始まったばかりなのに眠くて仕方がない。中学校の勉強にどんな意味があるのだろう。授業に全然関心が持てな。再来年は高校受験なのに。それとも夜遅くまでテレビゲームをやっていたせいだろうか。眠気に抗えず意識を失い不気味な夢を見た。眩いばかりの光の洪水と地の底で鳴っているような不気味な音。
テケリ…テケリテケリ……
顔を上げると先生も椅子に座り腕組みをして俯いている。前の席の前田も隣の川柳さんも机に突っ伏している。甘く重い空気が教室に充満している。先生まで。と思うまもなくまた眠りに落ちた。学校が終わると昇太の家に寄って一緒にゲームをしたけど、あまり盛りあがらなかった。家に帰って部屋にいるとお母さんにご飯だと呼ばれた。居間に降りるとテーブルには温められたコンビニお弁当が並んでいた。お父さんはなんだコンビニかというとお母さんは泣いてしまう。「ふざけるな、一日何をやってたんだ」とお父さんが大声を出すと、お母さんは興奮して喚き返す。弁当は自分の部屋でゲームをしながら食べた。そういえばいつから両親は喧嘩をするようになったんだっけ。お父さんの給料が下がったのだろうか。ゲームをしながらぼんやり考えた。
毎日どうしてこんなに眠いんだろうと思っていたら日曜日。毎週楽しみにしている超能力バトル漫画が載っている雑誌を買い逃した。その漫画の連載が始まってから買い逃した事はない。売り切れる前に買わなくちゃ。近所の本屋に行くために自転車に乗ってすぐ後悔した。外は猛烈に暑い。吹き出してきた汗が乾かず気持ち悪い。たった十分の距離なのに本屋に着いたらへたり込んでしまった。しかも雑誌は買えていない。定休日でもないのに本屋が閉まっていた。もうどうでもいいかな。それでも大きな本屋のある隣街まで行ってみようか。自転車なら二十五分。朦朧としながら自転車を漕いでいるとおかしなことが気になった。家を出てからずっと誰も見てない。気がする。この辺では一番賑やかな街なのに人影がない。昼間の住宅街はこんなだろうか。しかもこの暑さだ、誰だってエアコンの効いた部屋から出たくない。それでも人のいない寂しさで嫌な想像をしてしまう。
「世界はとっくに滅亡していて自分が唯一生き残った最後の人類になっている」という想像。子供っぽい想像だと思うがやめられない。せめて誰か一人、走っている車の一つでも見かけたら。不安がこみ上げる。何度も通った知ってる道だけど何かおかしい。さっきの怖い想像のせいだろうか。いつもと違う妙なことが気に掛かる。
もう昼過ぎなのにゴミ収集場にまだゴミが放置されている。
路地の道を塞ぐように斜めに白いハイエースが駐車している。
買い物袋やペットボトルが道端の溝に溜まっている。
玄関の扉が開けっぱなしの家がある。
けど気のせいだ、変な出来事が重なっただけ。暑さに喘ぎながら坂の上まで着いた。ここからは長い下り坂で、坂を降りきった先は急な上り坂になっている。坂をできるだけブレーキをかけずに降りて、その勢いで今度は登り坂を一気に登る。今日もいつものように下り坂を走り降りたが途中で倒れているジュースの自販機に道を塞がれた。
「ええっ?!」ジュースの缶も散らばっているので仕方なく止まって自転車を降りた。こんなの初めて見た。地震だろうか。それにやっぱり誰もいない。そのまま自転車を押して登った。
坂の上は見晴らしがいい。雲ひとつない青い空に太陽だけが輝いている。電車の高架が右から左へ真っ直ぐ伸びている隣の様子が一望できる。が今日は違った。電車の線路は真っ黒な穴に分断されていた。駅があるあたりに巨大な穴が空いている。信じられない光景だ。声が出ない。穴の側面はビルの地下フロアーや地下駐車場らしき断面が見える。下水道の水が流れ落ちている。異様で怖かったがそれ以上に興奮していた。穴を直接見たくて仕方がない。足早に街へ向かった。
街にも人はいなかった。車が路上に乗り捨てられている。ドアは開きっぱなし。中を覗いたが誰もいない。助手席には新聞と雑誌と財布が置いてあった。どうして騒いでいる人がいないんだろう。大量のダンボールが積み上がっていた。羽虫がたかり嫌な匂いがしている。食材が入ったスーパーの買い物袋やサンダルが落ちている。箱入りのドーナツやトイレットペーパーなどいろいろな物が車道にも歩道にも投げ出されていた。女性物の服や下着や靴が脱ぎ捨てたように一人分落ちている。信号は点いておらずコンビニの店内も暗い。散らかっているがひっそりとしている。いつも賑やかな街がうす暗く静かで見覚えのない場所に思えた。周囲に気を取られ歩いていたから物陰にいた女性に気づかなかった。びっくりして大きな声が出た。けれど、老女は地面に座ったままじっと虚空を見つめている。「何があったんですか?」と聞きたかったけれど、まともな感じはしないのでやめた。よく見るとあちこちに人が座り込んだり寝転んだりしている。ようやく人がいたのに不安が高まる。ちゃんとした人を探していると、何かが視界の端で動いた気がした。しかし、よく考えるとこの状況で動いている人がいたらそれは良い人だろうか。心臓が高鳴り体の関節が凍った。目立たないようにゆっくりしゃがんで気配があった方をよく見た。遠くてよくわからないが、ビルの入口付近に誰かがいた。
物陰から近づくとガラスが割れる音がする。家電量販店のパソコン売り場に二メートルほどもある黒い円柱状の樽のようなものが二つあった。全体は黒っぽく油をかぶったようにぬるぬるとして、光が当たるとシャボン玉のように虹色の光がキラキラと輝いている。あれは何だ。機械とかぬいぐるみには見えない。あんな生き物は見たことがない。それは樽状の上部から伸びた管のようなものをしきりに動かしてキーボードやパソコンを持ち上げている。知能を持っているように見えるが、今まで見たどんな生き物とも違っていた。背中には畳んだ傘のようなものがぶら下がっていて、開いたり閉じたりしている。樽の上に生えた木のようなトゲトゲはつねにぐねぐねと揺れている。
あたりに気をつけてこっそりとそこから離れた。別の場所でもあの樽のようなものを見かけた。物陰に隠れ見つからないように駅へ向かった。できるだけ路地を歩いていたが大通りにでた。都内を廻っている幹線道路だ。広い道なので遠くまで見通せる。目立たないようにビルの陰に隠れ様子を伺った。道路には乗り捨てられた車やトラックが連なっている。さっき見た樽のようなものとは違う何かが蠢いているのが見えた。遠目には影が揺れているように見えたが、よくみると黒い蛇が何百匹と群れている塊だった。無数にのたうつ何かの群れが固まって、輪郭の曖昧な巨大な毛虫のようだ。それが道路や車の上で何個ものたうっている。あれは絶対関わらない方がいい。どこかに行くまで身動きできなかった。他にも得体の知れない物をいろいろ見た。姿形は様々だ。空を飛んでいる羽虫のようなものもいる。ふわふわと風に流されている巨大な白い綿毛の塊のようなもので、垂れ下った紐のように細長いものが振動していた。地面を這う泥沼も見た。藻の腐ったような緑色をして、ぐずぐずと泡立ちながら不快な臭いを発している。はじめは汚水が漏れているのかと思ったがそれはゆっくりと移動していた。一番数が多いのは、浮遊する赤黒い内臓の塊のような何か。人体図鑑で見た内臓のようなものを垂れている。そはべちゃべちゃと体液のようなものを垂らしながらいくつも連なって何処かへ飛んいった。あまりの光景に現実感がない。胃の中のものがこみ上げてきた。口の中に嫌な味が広がる。だけど恐怖は感じなかった。心の奥底ではざわざわと何かが湧き上がっては渦巻いている。けれど意識までは登ってこない。心と意識の通路を誰かに断ち切られたようだ。
駅に近づくほど得体の知れないものは増えている。人はみな腑抜けのようになって倒れている。あれらは人間に危害を加えるだろうか。襲われているところは見ていない。むしろ人を気にしていないように見える。早く逃げたほうがいいと思う。それでも穴を見たいという欲望に逆らえない。駅前には得体の知れないものがあちこちにいた。何十何百と群れをなして行進している。ビルの屋上にはびっしりと何かがとまっていた。鳩やカラスではない。ビルやお店は何かがひっきりなしに出入りしていた。突然陰が落ちたので見上げるとビルを跨ぐほど足の長い象のようなものが歩いていた。足の数は8本ほどあり頭のようなものはない。それはゆっくりとどこかに向かっていた。いつの間にか見通しが悪くなっていた。霧が出ているようだ。駅に近づくほど霧は濃くなてゆく。淡い影にテールランプやウインカーの光が目立つ。つまずきながら歩いていると頭を掴まれた。頭が割れそうな力でぎっちりと抑えつけられている。思わず叫び声をあげ、とっさに両手でそれを掴んだ。地面をひきづられ不意に体が浮いた。足には地面の感触がない。苦労して見上げると樽のようなあれが見えた。4枚の羽のようなものを広げ羽ばたいている。
頭を掴んでいるものに必死でしがみついた。風が強く身震いするほど寒い。頭がズキズキと痛み耳鳴りがする。突然、霧が晴れた。首を回せないので足元はわからないが、街並みは見えた。と、不意に頭の痛みから解放された。そのまま真っ直ぐに落ちている。首が自由になって街の様子がよく見えた。穴からは煙が湧き上がっている。穴の壁にはおびただしい数の何かがびっしりと壁にしがみついて次々と登っていた。地上にたどり着いたものは周囲に散らばっていく。そんな景色を眺めながら恐怖は感じなかった。それどころか味わったことのない幸福感が湧き上がってくる。
夏の思い出 山本Q太郎@LaLaLabooks @LaLaLabooks
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