2瑠未かあさん
「あ、ああっ……この度はーっ!」
瑠未を確認するや、巌が光速で土下座をかます。いつにもまして、高い芸術点を叩き出しているように感じるのは、気のせいだろうか?
「もーしわけございませんでしたあっ!!」
静寂。
「あ、あのう……」
沈黙に耐えかねた父が、そろりと頭を上げ、母に視線を送る。
「……」
だが瑠未は、その懇願するような眼差しに気づいていないかのように背中を向けた。そして、からら……と、どこか物悲しい音を立てながら、引き戸が閉められた。
「ただいま、浩太」
「おかえり、母さん」
再び振り返った彼女は、息子に視線をやり、微笑んでいた。
「元気だった?」
「う、うん、まあ」
「そう、それはよかったわ」
シックな黒のパンプスを脱ぎ、玄関を上がると、流れるように正座をしてそれを揃えた。
牛原瑠未 巌の妻にして、浩太の母である。
快活そうなショートヘアとネイビーのジャケットに同色のスカートをびしっ! と着こなしている様は、まさにベテランの出来る女、なのだが……その童顔と低身長(155センチ)のために、40歳にはおよそ見えない。いや、それどころか、20代前半と言われても、だれも疑わないような若々しい容姿をしていた。
「母さんこそ、大丈夫だった? 今回は、結構長かったけど……」
「ま、そこそこ……ね?」
はふう、と息を吐き、おどけてみせる瑠未もまた、巌に負けず劣らずの優秀な科学者であり、その才能を求める国内外の研究機関から引っ張りだこなのだった。
「でも……浩太の顔を見たら、何か元気出てきたぞ! えい!!」
「や、やめてよ、母さん!?」
唐突に浩太に抱きつき、不足していた息子成分を補給する。
「えー、いいじゃない。久しぶりなんだからー」
「い、いや、ぼく的にはうれしかったりもするんだけど……」
「……ん?」
浩太の右手は下方向を差し、その視線は後方へと飛んでいた。
「「……」」
そこには、どこか羨ましそうに見ている巌とみるくちゃんの姿があった。
「ふむ」
す、と浩太から離れた瑠未が、真剣な面持ちで初対面となる美少女に向かった。
「あなたがみるくちゃん?」
「!?」
いきなり声をかけられ、びっくりしたみるくちゃんが、居間に逃げ込んだ。
「あら? 逃げられちゃった……」
ちょっぴり残念そうな母が、逃走先を見ていると……。
ぴょこ! じー……はっ!? ささっ!
ぴょこ! じー……はっ!? ささっ!
ぴょこ! じー……はっ!? ささっ!
「ふふ、かわいい!」
柱の影からこちらを窺っては慌てて顔を引っ込めるみるくちゃんの姿に、瑠未の笑顔が爆発していた。
「よーし……それじゃあ」
いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女が一気に距離を詰め、罠を張るように待ち伏せをする。
ぴょこ! じ……!
そこに現れたかわいらしいお顔と、待ち受けていた可愛らしいお顔が鉢合わせした。
「みるくちゃーん!」
「っ!?」
そして躊躇なくその華奢な身体に抱きつくと、頬ずりを開始した!
「あっ!? 母さん、危ない!」
浩太が青い顔をしたのも無理はない。ついさっき同じような事をして、大惨事一歩手前だったのだから。
だが……。
「お? お? だーれ?」
ちょっぴりふやけたお顔で、みるくちゃんが聞いた。
「私は浩太のお母さん。つまり、みるくちゃんのお母さんでもあるのよ~!」
「あたしの……お母さん?」
「そうよ~」
頬ずりをやめ、今度は一心不乱に頭をなでなで。
「お母さん……え、えへへ……」
今まで見たことのない、はにかんだみるくちゃんの笑顔が、そこにあった。
────────────
「それで……これは一体どういうことなのか、今一度きちんと説明してください」
居間に場所を移し、母の詰問が始まった。
「だ、だから……みるくちゃんは、浩太のために作ったアンドロイドで──」
「うそ仰い!」
直に畳に正座している巌に、ぴしゃりである。
「ひっ!?」
「私が巌さんの好みを知らないとでも、思っているのかしら?」
鞄からおもむろにタブレット型PCを取り出すと、何やらフォルダーを開き、画像を提示した。
「……」
冷や汗を垂らし、震えだす巌。
「母さん、それは何?」
「ごめん浩太……子供にはまだ早い資料なの」
「あ……みるくちゃん、お茶を淹れるの、手伝ってくれる?」
「??」
それだけで察した浩太は、不思議そうにしているみるくちゃんを引き連れ、台所に消えた。
『儚いホワイトセレナーデ』
『ポニーテール白濁書』
『爆乳!? ちびっこ大作戦!!』
瑠未が透明感のある美声で、淡々といかがわしいタイトルを読み上げていく。
『いけない関係 お父さん、やめて……』
「瑠未さん、やめてー!?」
半泣きの巌が叫んだが、怒り心頭な母は、構わず続けた。
『妹は、年下!』
「ぷっ」
だが、あまりにも当然なタイトルに、瑠未も流石に吹いてしまった。
「……どれもこれも、みるくちゃんによく似た女の子が登場していますね?」
「……」
「これは、巌さんのエロゲコレクションのほんの一部なわけですが……」
「……ぜ、全部の内容を……把握しているんでしょうか?」
その問いに、瑠未は重々しく首肯した。
「は、ははは……」
巌からは、乾いた笑いしか出てこなかった。
「まあ、趣味は人それぞれなのでとやかくは言いませんが……」
「……」
「アンドロイドを作って自分の欲望のはけ口にするとか……ないわー」
ドン引きな視線とクソデカため息に、小さくなるしかない。
「で、でも、欲望のはけ口とかじゃなくて、清く正しい恋愛を──」
「あ?」
なんとか勇気を振り絞って反論を試みたが、その一言で終了であった。
「とは言えです。離婚の件は、一旦保留にしましょう」
「え?」
「実は、あんな可愛い娘が、欲しかったんです」
「そう、ですか……」
突然のクールダウンに、鳩が豆鉄砲な巌。
「ただし、みるくちゃんに指一本でも降れたら……その時は、わかってますよね?」
総毛だつような表情を貼り付けた瑠未に、激しく首を縦に振る父であった。
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