2公園のみるくちゃん!?

「みるくちゃ~ん、どこにいるの~っ?」


 大声を出すタイプではない浩太が、必死に声を張り上げている。すれ違う人たちは、妹でも探しているのかしら? と心配そうな視線を送っていた。


「早く……早く見つけないと……連続暴行魔みるくちゃんが、爆誕する!?」

 まあ、実際は、別の意味で必死だったわけだが……。


 とりあえず、牛原家の周りをぐるりと一周してみたが、どこにも見当たらなかった。


「路地裏とかに入っていってたら、厄介だなあ……」

 ため息をつきつつ、住宅街によくある袋小路のような道へ足を踏み入れた。

「地元民じゃなきゃ、絶対迷うよね……」

 同じような景色が行けども行けども続く、まるでダンジョンのような細い道が、無責任に手招きしているように見えた。


「ここにもいないか……ねえ、女の子見なかった?」

 行き止まりのブロック塀の上でじっとしていたハチワレに、声をかけてみる。

「……なー」

「って、わかるわけないか……」

 迷惑そうにそっぽを向かれ、自虐的に微笑んで今来た道を引き返した。


「子供が行きそうなところって……あ、もしかして!」

 何かを閃いた浩太が、走る。

 体育以外で、いや、こんな全力疾走なんて、小学生以来かな?

 息を弾ませながら、彼はそんなことを思っていた。



 ────────────



 きぃ……きぃ……


 牛原家からさほど離れていない公園のブランコが、物悲しく揺れていた。


「……ひっく……ひっく」

 それに座り、俯いてべそをかいているのは……みるくちゃんだ。

「ここ……どこ……?」

 GPS機能搭載の彼女なら、鼻歌まじりで帰還可能なわけだが……。

「ぐすぐす……たしか……まっぷ? があったけど……」

 ストレージ内のご町内マップが、脳裏に浮かび上がる。

「?」

 スパコンなみのCPUが、ものすごいスピードで処理を行い、現在地から牛原家までの最短ルートを割り出してナビをしてくれているのだが……。

「??」

 みるくちゃん、全く地図が読めないのである。

「おーときかんもーど? なーに、これ?」

 見かねたかのように巡行AIからの提案が、マップ下部になされているのだが……人格AIが幼すぎて理解できない。


 牛原博士が開発した高性能AIは、各分野を担当する複数のAIを、人格AIが主となって束ねていた。その弊害が、今起きていたのだ。


「……ぐす……浩太」

 心細さに、感情が決壊しそうになったその時。

「あ、いた! みるくちゃん!」

 不意に、救世主が現れた。


 インストールされている声紋と一寸の狂いもない、なんだか落ち着く声。

 どこか間の抜けたような、決してイケメンではないその顔が、汗にまみれて息を切らせている。


「こう……た……?」

 くしゃ、と泣き顔がさらに歪んで……。

「浩太ー!」

 がしゃしゃん! とブランコが乱暴に揺れたかと思うと、みるくちゃんが消え去った。


 どーん!


 そして、間髪入れずに彼のみぞおちに衝撃が!


「ぐ、ぐふぇえええぇえっ!?」

 たまらず吹っ飛ぶ浩太のお腹付近には、しっかっ! と抱きつくみるくちゃんがいた……!


 どが、ごろごろごろごろ……ごろお!


 地面に激突した二人が、豪快に土煙を上げて転がっていく。


 げん!


 何にぶつかったのだろうか? 今や公園内は、完全に視界を遮られていて状況を確認できない。



 もくもく……ふぁさー……。



 えー、速報です。牛原浩太くん、どうやら目つきの悪いパンダ型の遊具に激突した模様……!?


「う、う、浩太ー! 怖がっだよーう!!」

 完全にKOされた彼にしがみつき、みるくちゃんの号泣が止まらない。

 だが……。

「……」(白目を剥いている)

「浩太ー!」

「……」(口から泡を!?)

「なんどが言っでよおおぉっ!?」

 びえーん! と一際大きな泣き声と共に、何を血迷ったのか、みるくちゃんが右拳を振り上げた!


「こ、う、たー!」


 ぶおん!


 まず彼の顔に到達したのは、台風のごとき烈風だった。

「……ん……んあ?」

 その風圧に意識を取り戻した浩太の目に飛び込んできたのは、小さく真っ白な拳。

「ひ!?」

 それが、視界を覆うように大きくなってくる。

「ぬ、ぬおー!?」

 必死に顔を右に逸らすと、すぐ横を暴風が吹き抜けた。


 ずわー……どっごーん!


「……あ、あぶな──」

 浩太の顔をかすめて地面に突き刺さった拳から、みるくちゃんに視線を向ける。


 にやー……!


「ひいぃいぃっ!?」

 その幼く可愛らしいお顔が、死体蹴り上等のヒールキャラのそれになっていた……!


「……お?」

 だが、それも一瞬だった。

「浩太、気がついた!」

 ぱあ、と可憐な笑顔が咲き乱れ、両手を彼の胴に巻きつけてくる。

「ストーップ!」

 それを、青い顔をした浩太が必死に遮った。

「……ん?」

 ベアハ──くらいの所で腕を止め、首を傾げるみるくちゃん。

「ベアハッグはダメだよ? ぼくの命がいくつあっても足りないからね……あと、マウントポジションも、やめようか?」

「……う、うん」


 よほど心細かったのか、素直に浩太を解放すると、ゆっくりと立ち上った。


「ふー……」

 様々な感情がまじりあったような息を大きく吐くと、彼も上半身を起こした。

「……無事でよかったよ」

「こ、浩太!?」

 その言葉に、みるくちゃんの胸が、どきぃ! と高鳴る。

「本当に良かった……狂犬みるくちゃんの被害者が、いなくて……」

 そう、公園までの道すがら、負傷者はいなかった。パトカーにも救急車にも遭遇していない。

「……浩太?」

 ほんのりと頬を染めていた少女が、その言葉に真顔になった。

「ん? なに?」

 だが、心底安堵していた浩太は、その変化に気づかない。

「あたしを何だと思ってりゅのおっ!」


 みるくちゃんは怒りで盛大に噛みながらも、右足を跳ね上げた。


「あ!? 見えちゃう──」


 側頭部に鈍器が飛んできているというのに、浩太は男の性には勝てなかった。プロゲーマーも真っ青の動体視力で、一緒に跳ね上がったスカートの中身を確認すべく視線を飛ばす。


 ご!


(って、スパッツじゃーん!?)


 黒いそれを視界の端に収めつつ、浩太は再び闇に飲まれていった。

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