3吊り橋効果って、知ってる?

「あははははー……待ってよー、みるくちゃーん!」

「うふふふふー……い、や!」


 あたたかい春の日差しが降り注ぐ公園で、二人はじゃれ合うように走っていた。


「待て待て~」

「べー、だ!」


 初々しいカップルのようで、誠に微笑まし……いや、痛々しい!?


「よーし、こうなったら……おっぱいのさきっちょを、押しちゃうぞ~!」

「あ? それはだめだよ?」


 すっかりドン引きのみるくちゃんが、急停止して振り返る。


「ひっ!?」


 鬼瓦が、そこにいた。


「そんな悪い浩太には……」

 ふっ、と目の前から彼女が消えると、両足を掴まれたかのような感覚に続き背中に衝撃が走った。

「あれ? 青空が……!?」

 視界いっぱいに、抜けるような青空が広がっていた。

「回転せよ! みるく流……じゃいあんとすいんぐ!」

「ひゃあああぁああぁっ!?」

 ふわ、と浮遊感を感じたあとは、地獄だった。


 ぶおーん、ぶおーん……ぶおーん!


「あ、や、やめてーぇええっ!?」

「きゃっきゃっ!」


 回転数は爆上がりしていき、いまや台風の目も真っ青である。


「あ、あ、あああああー……っ!?」



 ────────────



「……あああああー……ああっ!?」

 浩太は意識を取り戻し、困惑した。

(なに? この回されてる感……って言うか、頭に血がのぼる!?)

 ふと自分の足の方向に視線を飛ばす。

「ひっ!?」

 そこには満面の笑みで彼の両足を掴み、回転を続けるみるくちゃんの姿が!


「みみ、みるくちゃん!? 一体何を!?」

「お? やっと起きた! んとね、浩太を起こそうと思って……じゃいあんとすいんぐ!!」

「ああっ、正夢ですか!? 頼むからそんな雑な起こし方はやめて!?」

「えへへ~!」

「褒めてなーいっ!」

「よーし! それじゃあ、ふぃにっしゅの時間だよ! はいぱーにとろたーぼ……おん!!」

 笑顔の狂い咲きと共に、彼女はさらに回転数を上げた。

「うぎゃああぁっ! 目が、目が回るううぅっ!?」

「きゃっきゃっ!」


 無邪気と言うか何というか……ご愁傷様です!?


「いっくよー! せーの──」

「待ってみるくちゃん!」

「う? なーに?」

「フィニッシュって、どうするの?」

「もちろん、投げっぱなし!」

 当然と言わんばかりの言い切りである。

「それはダメ!」

「えー、なんでー?」

「ぼくがぼくじゃなくなっちゃうから!」

 そう、物理的な意味で!

「じゃー、どーしろと?」

「ゆ、ゆっくりおろして欲しいです」

「えー……」

「お願い! 何でもするから!!」

「……わかった」

「そーっと、そーっとだからね?」

「ん」

 どこかしゅんとした表情で、だけど言われた通りに回転を緩めていき……。


「ぜえ、ぜえ……助かった?」

 浩太はようやく地面に辿り着いた。

「でも……うぷ」

 青空はぐわんぐわんと回り、目を閉じてもその酔いからは逃れることが出来ない。


 結局、回復して立ち上がるのに、約15分もかかってしまった。



 ────────────



「よし、じゃあ帰ろうか……」

 未だに青い顔をしている浩太が、力なくつぶやく。

「えー、少し遊んでいこうよー」

 逆に、初めての公園でテンションが爆上がりしているみるくちゃん。

「何でも言うこと、聞くんでしょー?」

「……」

 どこかいたずらっぽい笑顔で見つめられ、浩太は戸惑った。

(ほ、本当にアンドロイド……なんだよね? それなのに……ぼくはドギマギしてる?)

「……わかったよ」

 頬が熱くなるのをごまかすように、少しそっけなく言っていた。


「じゃー、何して遊ぶー?」

 そんな浩太の気持ちなど、微塵も理解していないみるくちゃんは、嬉々として遊具の品定めをしている。

(……ちぇ、ぼくだけ意識しちゃって、バカみたいじゃないか)


 父、巌には、恋愛の何たるかを教え込めと言われた。だが、実際は、彼の方が教え込まれている。そんな気がして……。

 何だかそれが面白くない浩太は、彼女にも同じ感情を味わわせたくて、少しいじわるをすることにした。


「ねえ、みるくちゃん」

「なーにー?」

「吊り橋効果って、知ってる?」

「しらなーい」


 どこか上の空で、例のパンダの遊具とにらめっこしているみるくちゃん。


「そっかあ。恋愛の初歩的なテクニックなんだけど──」

「ほう! それなら受けてたーつ!!」


 またもやどこぞからの受け売りを披露する浩太に、恋愛=格闘技の認識になっているみるくちゃんが食いついた。


「よし! では、あっちの吊り橋型遊具に移動して、恋愛ブートキャンプを開始する!!」

「おー!」


 ──1分後。


「では、みるくくん! まずは君が乗りたまえ!!」

「はーい!」

 吊り橋型遊具のほぼ垂直の階段を、みるくちゃんが、うんしょ、うんしょと登っていく。

「……」


 じー……!


 それを無言で見つめる浩太。その視線の先は……もちろん、スカートの中で……。


(く、やっぱり……スパッツ……なのか!?)


 険しい表情を貼り付けつつ、それでも鼻の下は着実に伸びていたわけで……。

「……」

 ドン引きなみるくちゃんに気づくのが、若干遅れた。

「は!? 何も見ていませんよ?」

「……」

 そう言いながら土下座をかます浩太に、みるくちゃんのジト目が止まらなかった。


「ふー、よし! それでは吊り橋効果について、説明する!」

 颯爽と吊り橋上に登ってきた浩太が、教官風を吹かす。

「……」

「お願いします聞いて下さいお願いします」

 そして颯爽と巌ばりの土下座が、再度炸裂する!


 ──気を取り直して遊具の中央付近まで進んだ二人。


「あのね、こういった高い所とかで、ぐらぐら揺れたりすると、ドキドキするよね?」

 さあ、味わうがいい! そんな心の声と共に、浩太は少し吊り橋を揺らし、説明を開始した。

「……?」

 だが、みるくちゃんにはピンと来ていない。

「うーん、ちょっとわからないか……じゃあ」

 にやり、とした浩太が、盛大に吊り橋を揺らした。

「どう? ドキドキする?」

「うー、全然」

「そ、そう……」

「これのどこが特訓なの?」

 どこか悔しそうな浩太に、みるくちゃんが質問する。


「え、えーと……本当だったらこの揺れで怖いと思ってドキドキしちゃって、一緒にいる異性に恋愛感情を持っちゃう、とかなんとか……」

「恋愛感情?」

「す、好きになっちゃうって、ことだよ?」

「ふーん……でい!」

 みるくちゃんが軽く足踏みすると、やばいくらいに吊り橋が揺れ始めた!

「あ、ちょ、やめてー!?」


 ばったんばったん! と激しく上下運動を繰り返すそれに、浩太はたまらず手すりのロープにしがみついた。


「おー! いい揺れだよー! どきどきしてるー? あたしのこと、好きになったー?」

「な、なるかー!」


 そして、浩太の悲鳴にも似た絶叫が、ご町内に響きわたる。


 恋愛ぶーときゃんぷの道のりは、長く険しい物になる。そんな予感のした、始まりだった……。

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