脳筋AIみるくちゃんの恋愛ぶーときゃんぷ!?

豆井悠

ぷろろーぐ

1みるくちゃんを探せ!

 4月の穏やかな朝だった。

 まだ肌寒さの残る住宅街に、すずめたちのさえずりが、心地よく響いている。


 と、そのまどろみを誘うような空気を打ち破り、極大な爆発音が響き渡った。


 爆心地の階上で寝ていた牛原浩太うしはらこうたは、たまらず目を覚ます。


「……またか」


 まだ眠たい目をこすりながらベッドから這い出すと、そのまま一階へ向かう。

 居間の中は、何かの爆発ですべてが吹っ飛んだようなありさまだった。


「……はあ」


 しかし、ため息一つでその状況をスルーすると、大の字でのびている容疑者に声をかけた。


「父さん、今度は何をやったの?」

「……お、おお、浩太か。じつはだな」


 ゆっくりと起き上がった父が、室内を見まわす。

 通りに面していた壁がすっかり破壊されていて、通行人がチラチラとこちらを窺っていた。


「はっはっはっ! 風通しがよくなったな!」

「いや、そうじゃないでしょう!?」

「さて、瑠未るみさんが帰ってくる前に、直さないと」

「それも大事だけどさ、どうしてこうなったのかを聞いてるんだけど?」

 浩太はマイペースな父、牛原巌うしはらいわおを手慣れた様子で詰問する。

「ほら、父さん科学者じゃん」

「知ってるし」

「出会いの季節到来に~、ちょ~っとおセンチになっちゃってえ……もう一回恋愛したくなっちゃったあ♪」

 41歳の春だというのに、さらりと恐ろしいことを口にする巌。

「科学者関係ないよね? それに妻帯者だよね?」

「だって……瑠未さんとは、お見合い結婚だったんだよ? 学生時代はま~ったくモテなかったし……だ、か、らあ……ドッキドキな恋愛に憧れてるの!」


 呆れる息子に向かって、ぱちりとウインク。


「……それで?」


 だが、さすがはこの父の息子である。

 平然とおぞましいウインクモノを受け止めて、なかったことにした!


「お……それでね……」

 若干ひるんだように見えた巌だったが、こちらも気にせずに会話を続行する。

「高性能AIを搭載したアンドロイド、【みるくちゃん】を作ってみたんだ! アンドロイドなら、浮気にならないだろう?」

「まあ、それは母さんに判断してもらうとして、アンドロイドを作っただけで、どうしてこのありさまなわけ?」

「うん、じつはね、AIに恋愛ってやつを学習させるために、父さん秘蔵の美少女ゲームとか恋愛シミュレーションゲームとかのデータを、読み込ませようとしたんだけど……」

「したんだけど?」

「間違えて……格ゲーのデータを読み込ませちゃいました!」

「はあ? なんで?」

「えと、うっかりね、フォルダ名を同じにしてたみたい……てへ♡」


 史上最悪な……おぞましさで地球が吹っ飛びかねない威力の、てへ♡ だった……。


「で、やべっ、てなって、電源切ろうとしたんだけど、すでに起動していたみるくちゃんにぶん殴られて、なんか、気功弾みたいなのをぶち込まれちゃいました!」

「ました! じゃないでしょう!」

「う~む、電源を落とそうとしただけなのに、死ぬところだった……」


 いや、この爆発規模なら普通死ぬよね? と思いつつ、覗き込んでいたお隣さんにきっちりとあいさつする浩太。


「で、浩太にお願いがあるんだけど……」

「なに?」

 嫌な予感に、嫌悪に満ちた表情を、隠しもせずに提示した。

「みるくちゃんをね、連れ戻してくれないかな?」

「連れ戻すう?」

「うん! 父さんをぶん殴った後に、『あたしより弱いヤツをボコりに行くうっ!』とか言って、飛び出して行っちゃったんだよ」

「なに、その外道なセリフは……」

「ほら、父さんヒールキャラマニアじゃん? そのフォルダの中身がさ、ヒールキャラのデータで9割ほど埋ってたんだよね~」

「……そうですか」

「できればそのまま連れ戻してほしいんだけど……」

「は? ぼくには無理でしょう?」


 浩太は小柄な高校2年生であった。帰宅部なのであった。


「格闘技なんて、やったことないし」

「はあ……じゃあ、電源落として連れてきて」

「えー、もっと無理でしょう……」

 運動は苦手ではないが、人並みなのだ。

「みるくちゃん、と~ってもかわいいんだぞ?」

「!?」

 だが、そこは思春期ど真ん中の高校生である。

「やりましょう!」

 さらには巌の息子なのである。

「うむ。では、みるくちゃんの電源を落とすか、最悪リセットボタンを押して無力化して連れ戻ってくれ!」

「了解です!」

「ちなみに、みるくちゃんの電源ボタンの場所と、リセットボタンの場所は……」


 そう言って父は、あ、やべ、という顔をした。


「電源ボタンの場所は?」

「み、みみ……」

「耳? なんでそんな所に……ったく、女の子の耳なんて触ろうとしたら、そりゃ、ぶん殴られるでしょう?」

「い、いや、違う。耳じゃない」

「じゃあ、どこ?」


 沈黙が、荒れ果てた居間を支配した。


「……み、右のおっぱいのさきっちょ」


 ちゅんちゅん、と、すずめが長閑のどかにさえずりを再開していた。


「はあああっ!? なんてところにつけてんのさっ!?」

「科学者たるもの、見た目の美しさと、ドキドキ感をつねに追い求めなければならないのだ!」

「む、無理だ……そなとこ、そんなとこ押せないっ!」


 そこで浩太は、はっとした。


「まさかとは思うけど、リセットボタンは……」

「左のオッパイのさきっちょ!」

「バカーっ!」

「なっ、親をバカ呼ばわりとは! 浩太、ちょっとそこに座りなさい!」

「そんな大事な物を、おっぱいのさきっちょにつけるあなたが正座しろっ!」

「……はい」


 鬼の形相の息子に、巌は素直に正座した。


「はあ……」

 と、浩太が、極大なため息をついたところで、父のスマホに着信が!

「ちょっと失礼」

 正座父が、礼儀正しく断りを入れ、スマホを取りだす。

「げっ! 瑠未さんっ!?」

 画面を見るや、驚きすぎて危うくスマホを落とすところだった。

 すーはー、と息を整え、いざ応答。


「あ~、もしもし瑠未さ──」

『おはようございます、

 どこか刺々しい他人行儀な挨拶に、親父の顔が、一瞬で氷点下だった。

(怒ってる、怒ってるよっ!?)

 ジェスチャーで、ばたばたと浩太に報告する。

「る、瑠未さん? 何か──」

『私も科学者よ? 家中に極秘で仕掛けてある監視カメラで、全部見ていたの』

「ごごご、ごめんなさいいっ!」


 スマホを拝むように、お手本のような土下座であった。


『みるくちゃん……だっけ?』

「は、はいいい」

『人間だろうがアンドロイドだろうが、浮気は浮気。そっちについたら、話し合いが必要ね』

「まま、待って下さい! みみ、みるくちゃんは、実は浩太のために作ったものでして……」

『はあ?』

「ほほほ、本当でございますう~っ!」

 畳に思いきり額をすりつける。

『……わかりました。それでは離婚は一旦保留にしますが、何か罰を差し上げますので、お楽しみに』

「はは~っ! ありがたき幸──」


 感謝の言葉の途中で、ぷつっ、と、唐突に通話が切れた。


「……あ~、というわけだから、浩太。みるくちゃんのことは……ぐっ……おまえに……くうぅ……任せた……」

 惜しい事をした、そんな心中が駄々洩れな中年オヤジであった。

「はあ!? 何をどうすればいいのさ?」

「とりあえず連れ戻して、おまえが恋愛の何たるかを教え込むんだ」

「ええっ!?」

「で、彼女にでもしちゃいなさい。そうしないと父さんは瑠未さんに……頼むう!」

 巌が息子の両足に、情けなくすがりつく。


「わかった、わかったから放してよっ!」

 そんな父を足蹴にしながら、なんとか浩太は自由になった。


「で、みるくちゃんは、どこへ行ったの?」

「ふむ、わからん」

「わからんて……」

「だって、父さんをぶん殴って、そこから出ていっちゃったんだもん」


 ちょっぴり口を尖らせながら、壁だった空間を指さした。


「まったくもう……で、どんな容姿でどんな背格好なの?」

 そこで巌の顔が、ぱあ! と輝く!


「よくぞ聞いてくれました! みるくちゃんはな、みるくちゃんはなあ、父さんの夢と希望がた~っぷり詰まった、最っ高の女の子なのだあ~っ!」

 いや、捕まるよ、おっさん、と浩太の目が言っていた。

「あどけないロリっこフェイスに、父さんは、父さんはーっ! はあはあ、ポニーテールに大きなピンクのリボンが目印だぞ!」


 ドン引きな息子を置き去りにして、親父は続ける。


「ちっこいが、それなりにお胸はある。色々ボタンもついてるしね!」

「い、いや、そういう事じゃなくて、どんな服を着てるとか……」

 なんだよ、早く言ってよ的な視線を向けてくるロリコン

「え~とね、おまえの学校の女子用制服を着ているぞ!」

「父さん……父さんが、どうしてうちの学校の女子用制服を?」

「だって、おまえんとこの制服、めっちゃ可愛いじゃん!」

「あ~、母さん聞こえてる? この変態……どうしようか?」


 間髪入れずに、ぴぴぴぴぴ……と、監視カメラから赤いロックオンレーザーが父の額にっ!


「な!? 瑠未さん? 違うんですう!?」

 何も違わない事は明白で……巌、再び土下座の人となる。


「はあ……どうなるかわからないけど、とりあえず行ってくるよ」

 そんな父にため息をつきつつ、浩太は玄関から普通に出ていった。

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